6.夕暮れの馬鹿話と誰かの怖いもの

 次の日は曽田さんの家には行かず、ぼくは放課後、三日ぶりに登校してきた凛太朗とファストフード店にいた。

 凛太朗の体調不良の原因は風邪だったらしい。ナントカは風邪を引かないというのは全てに言い切れるものじゃないのだな、と思った。


「で、どうだった? 日曜日は」

 しばらく何も食べられなかったと言って、凛太朗は餓鬼のようにハンバーガーを貪りながらそう訊いた。ぼくもお腹が空いていたので、フライドポテトをがつがつと食い漁りながら凛太朗に返事をした。


「どうって言われても特に……普通かな」

「普通? 何その普通って? そういう返事って、俺よく分かんない。けどまぁ、いいや……それでその彼女、曽田さんとはいい感じになれた?」

「いい感じって……日曜日のはそんな感じの集まりじゃなかったんだよね?」

「そうじゃないからって、そうする必要もない。ま、別に何もなかったんなら何もなかったで別にいいけど」

「別にいいなら最初から訊かないでよ。あ、でも曽田さんの家には行ってる」

「何それ」

「曽田さんの妹が引きこもりみたいになってて、曽田さんに一度話してみてくれないかって頼まれてその妹に会ってる。まだ全然成果は出てないけど」

「何、そんなことやってんの? なんかいいように使われてるような気もするな」


 そう言って凛太朗は手元のコーラを啜った。君がそれを言うのか? とも思ったけれど、この件に関しては別に嫌々やっている訳でもない。自己責任自己責任と世間で時に忌み言葉のように言われ始めて久しいけれど、ぼくはその言葉はそんなに嫌いじゃない。最後のポテトを口に入れて、今度は質問を返した。


「で、凛太朗の方はどう?」

「別に、普通」

「今ここでそう返すかな? 自分で言うのはいいんだ」

「大人しくしてるよ、今は誰とも付き合ってないし。あー、でも最近ナースと知り合った。身体だけの付き合いだけど、美人で胸がでかくてエロい。会った日は大抵俺、生気を全部搾り取られてる気がする」

「へぇー……そりゃよかったね……そのナースが妖怪生気搾り取りじゃないことを願うよ……」

「あ、もしかしてそうなのかも。身体の柔らかさとか人間じゃないみたいなんだよね」

「……なんだろうな。近況をうっかり訊いてしまった数秒前の自分を消し去りたい」


 ぼくが呆れたような諦めたような声を上げると、凛太朗は追加のオーダーをしに席を立った。戻ってくるとトレイには、数個のハンバーガーとナゲットが当然のように載っている。バカの大食いというストレートな言葉も浮かぶけれど、まぁその辺りはそのとおりでしかないのでこの件は突っ込まずに流すことにした。


「ところで櫻井と草野はどうだった?」

 席に戻った凛太朗がハンバーガーの包みを開く片手間に、不意に訊いた。ぼくはやや無表情の顔を上げて、平坦に返した。

「どうと言われても別にとしか言いようがない。その仲睦まじさに号泣したいとか、その姿を見たくないからどっかにこもりたいとか、どうしようもないからうじうじうじうじ虫みたいに悩み続けたいとか、そういうのを聞きたいんならそう言うけど」

「いや、全然聞きたくない」


 あっさり答えて、凛太朗はハンバーガーにかぶりついている。じゃあ訊かないでよと再度思うけれど、ぼくも今この件をこうして口にして、ちょっと気分がすっきりした気もした。


 窓の外を見ると、ちょうど女子中学生の集団が歩いていくのが目に入った。

 可奈子が、とか曽田さんが、とかいうのではなく、ぼくは窓の外を歩いていく彼女達を見ながら昨日のカフェでの一件を思い出して、ふと口にした。


「女の子って難しいし、ちょっと怖いよね」


 見た目はどの子も可愛いのに、あの張り詰めた空気感と一撃必殺で相手を仕留めようとするあの言葉の応酬は何なのだろうと思う。少女の皮を被った別の生き物のよう、とも言えた。


「俺もそう思う」


 凛太朗からは絶妙なタイミングで返事が戻って、ぼくは無言でコーラを啜る。


「だけど俺達なんかより、ずっと大変だと思う」


 続いた言葉にも無言で相槌を返して、再度コーラを啜った。


 夕食前の束の間の空腹を満たしてファーストフード店を出た後、ぼくは凛太朗と別れて帰路についた。

 行きつけのファストフード店は学校の近くにあって、ここに立ち寄るといつもとは違った道を通って帰ることになる。市の中心を流れる大きな川の傍を歩いてしばらく行くと住宅地に入り、そこも過ぎると少し寂れた通りがあって、潰れたコンビニや本屋が数軒あるのが見えてくる。

 たまにしか通らないからこの道を歩くと、ちょっといつもとは違う気分になる。右足から踏み出すところを左足から踏み出してみるとか、エスカレーターじゃなく階段で上がってみるとか、そんないつもとは違う感覚を味わえていた。


 些細な浮かれ気分で潰れた本屋の前を通り過ぎようとした時、目の前を黒い物体が横切った。それは一羽のカラスで、どこかからか飛んできたそれは本屋の錆びた看板の上に舞い降りた。そこには既に二羽のカラスがいて、三羽揃った瞬間に、一体何に対してなのか一斉に鳴き声を上げた。

 ぼくはカラスを嫌いじゃないけれど、いつまでも不規則に繰り返されるその鳴き声を聞いていると、不安になる。動物は人よりも敏感だ。人なら気づかないことでも、彼らには気づかれている気がして、不安が増していく。怯えた目で見上げれば、最後に降り立ったカラスが再び舞い上がって、威嚇の動きを見せた。

 ぼくは耳を塞ぎ、彼等に背を向けて、足早にその場を離れた。

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