池の魚


 ある夕暮れ時のことでした。貧相な身なりの男が釣り竿を持ってとある池をのぞき込みながら思案顔でうなっておりました。


 通りかかったお坊様がどうされましたかと声をかけると振り返った男はその姿を見て、ぶしつけではございますがお坊様とお見受けしました、どうかわたしに助言をくださいとこの村に来たいきさつを話しだしました。


 男は、長患いで先の短い母親が魚を食べたいと言うのですが家に魚を買うお金がなく池で魚を釣ろうと遠い山村からやってきました。ですがこの池の魚を食べると呪われて死ぬという噂を村人から聞き釣る勇気がありませんという。


 お坊様は少し考えて、母親が死ぬのを待つだけの身なら呪われて死ぬも寿命が尽きるも同じではないでしょうか、と答えました。


 それを聞いた男がなんてむごい事をおっしゃるのかと嘆くので、お坊様は魚を食べたいという母親の最後の願いを叶えてあげたいのならこの池の魚を捕るのが一番早いでしょう。ここの他に魚が捕れるところはありますかと聞き返しました。


 言われてみればその通りですと、男も覚悟を決めたのかお坊様にお礼を言ってから池に釣り糸を下げました。


 するといきなり糸が引っ張られるではありませんか、男はすぐさま勢いよく竿を振り上げると見事な魚が釣れていました。


 喜びいさんで魚を手に取る男でしたが釣れた魚がどうにも奇妙なものでした。


 その魚は焼いたあとがあり腹の部分が一部欠けています。


 男はおかしな魚もいたものだと思いましたが釣れたのはそれ一匹でしたのであきらめて籠に入れ持ち帰ろうとしました。


 それを見たお坊様が少しお待ちをと紙と筆を袋から出して何やら書き始めました。


 紙を何度か折ったあとこの手紙とその魚を持ってこの地の領主さまのところにお行きなさいと男に手渡しました。


 男はこれにはなんと書かれているのですかと尋ねましたが気になるならご自分で読めばいいでしょうと言ったきり教えてくれませんでした。


 男は不審に思いましたが字が読めないので言われたままに領主さまのところに行く事にしました。


 ですが男はこの村に初めて来たため道が分かりません。通りかかったお寺で尋ねようと挨拶をした男が顔をあげた途端、寺の住職は顔色を変え領主さまに何の御用なのですかと聞きました。

 

 男はこれまでの話をした後に手紙を見せましたら住職は青ざめた顔で少し待ちなさいと言い残し本堂の方に行ってしまいました。


 男が待っていると先の魚と手紙はこちらで預かって供養をいたしますので代わりにこれを持っていきなさいとお札と手紙を渡されました。


 男は言われたとおりに領主さまのところに住職が書いた手紙とお札を持って行きました。すると受け取った領主さまは大層喜んで少しですが金子きんすを包んでくれました。


 男は貰った金子で魚と薬を買って母親に飲ませる事ができました。


 のちに男がお寺にお礼に行きますと住職があの時のことを話してくれました。


 あの池の近くに住んでいる狸が釣り人を見ると化かしては酷い目に遭わせて笑っていたのだが最近では特に手の込んだことをするのだと。そこで男が狸の手紙にはなんと書いてあったのですかと問いますと、


 知らない方がいいこともありますよと住職はニヤリと笑ったそうです。

 

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