焼き魚

 あるところにそれは強欲で残忍な領主さまがいました。その領主さまは焼き魚が好物で夕食の膳には必ず尾頭おかしらつきの魚を所望しました。そのくせいい具合に焼かれた表の部分をほんの少し箸でつまむと「おかわり」と言っては奉公人にその皿を下げさせます。


 当たり前のように奉公人はすぐさま新しい焼き魚を用意しては領主さまにお出しするという事が日常的に行われておりました。


 疑問を持ったり口答えなどするものならばすぐさま打ち首になるので奉公人は領主さまの機嫌を損ねないように黙って従うしかありません。


 奉公人は毎日のように出る領主さまの食べ残しの焼き魚を最初は勿体ないという気持ちがありましたが処分しろという命令に逆らえず思案したすえ土に埋めることにしました。


 ただ土に埋めると犬や猫が掘り返すのと毎夜の余計な仕事が面倒になりいつの間にか近くの池に投げ捨てるのが常となっておりました。

 

 そんな月日が流れたある日のこと領主さまの近くの池におかしな噂が立ちました。


 その池で釣れた魚は焼かれたような色をして片面の一部がなくなっているというのです。


 奉公人はその噂に震えあがりました。


 一方、領主さまは面白がって自らその奇妙な魚を捕らえると言い出しました。怯える奉公人を連れた領主さまはかの池で釣りをされましたが何一つ釣れません。

 領主さまは早々に飽きて帰ってしまわれました。


 そうこうしているうちに噂だけがどんどん広がっていきました。池で捕れた魚を食べると不老不死になるという、まことしやかな話まで立っています。


 不老不死の噂を聞くとますます池の魚が欲しくなった領主さまは奉公人に今日の夕餉ゆうげには噂の魚を出すようにと命じました。

 

 奉公人は仕方なくいつも魚を捨てている池に行き釣り竿を下げますがこれまた一向に釣れません。どうしたものかと考えた末、いつもの焼き魚の表の身を奉公人が先に箸でつまんで取っておきました。


 そうしてこちらが件の魚でございますと素知らぬ顔をして領主さまにお出ししたのです。


 領主さまはその魚を一目見て怒りで顔が真っ赤になり「これは本当に噂の魚なのか」と奉公人を問い詰めます。


 問われた奉公人は脂汗をにじませながら「確かに間違いございません」と答えますがその答えを聞き終わる前に領主さまは奉公人の首を刀で切り落としてしまいました。


「件の魚は切り身の姿で泳いでいると聞いている」


 殺された奉公人は自分が捨てた領主さまの食べ残しの魚が泳いでいると思い込んでいたのです。


 首を切られた可哀そうな奉公人は領主さまの手により池に打ち捨てられました。


 しばらくすると件の池に人魚が出るという噂がたちます。


 その人魚は頭が魚で首から下が人の姿をしており、夜な夜な現れては片面の一部が欠けた焼き魚を領主の屋敷に投げ入れるようになりました。


 屋敷にはネズミがあふれかえり病で次々と死人がでたそうです。



おわり


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