1:都の玄関口・4

 次いで見つけたのは、露天のアクセサリー売り場。布の上に並べられたネックレスや腕輪が陽の光をキラリと反射した。


(あ、きれい……)


 特別高級感があるというものではなく、手に取りやすい雰囲気で派手すぎないデザインもエルミナの好みのものだ。

 こんな状況でなければ、じっくり眺めていたい。そう感じた彼女の足が僅かにそこに留まる。


「あら、気になるなら見ていけばいいじゃない?」

「え?」


 風に乗って香る花のような、甘やかな女性の声。

 エルミナが振り向くと、桃花色のふんわりした髪をサイドで緩く束ねて肩にかけた女性が蒲公英色の目を優しく細めてこちらに微笑みかけていた。


「あ、あなたは……?」

「通りすがりの魔法学者のおねーさんよ。それより、見たところあなたドラゴニカの竜騎士さんね?」

「あっ、はい」


 装飾的で軽めのものとはいえ鎧を身に着けて槍を携え、竜であるミューを連れているのだから一目瞭然だろう。エルミナは隠すことなく頷いた。


「自分は戦士だからアクセサリーなんて必要ない、なんて思っていないかしら?」


 どきり。図星を突かれた心臓が小さく跳ねる。そんなエルミナを見て、女性はふふっと笑って言葉を続ける。


「アクセサリーの中にはね、持ち主を守る魔法がかけられているものもあるの。その防御力は結構バカにできないわよ」

「そうなんですか……」


 お守りだと言ってアクセサリーを身に着けている竜騎士を見たことがあるが、本当に身を守ってくれるものだったのかもしれない……ドラゴニカの城での記憶が蘇り、エルミナが一瞬遠い目をする。


「ざっと見た感じ、このお店の商品にもいくつかそういうのがあるわね。コレとか……買っちゃおうかしら」


 流れるような説明にエルミナたちがぽかんとしている間に、女性は赤い石がついた金のペンダントを買っていった。


「それじゃ、失礼するわね」

「あっはい、ありがとうございます!」


 颯爽と去っていく女性にお辞儀をすると、エルミナは改めてアクセサリーに視線を落とす。

 一部始終を眺めていた店主が、行き場をなくした手でぼりぼりと頭を掻いた。


「あの美人さん、ちゃっかり魔法効果のあるやつ買ってったなぁ」

「魔法学者さんってすごいんですね……」

『そ、そういうもんなの……?』


 エルミナたちは呆気にとられながらも、とりあえず余裕ができたらまた買いに来ようと心に決めて店をあとにする。

 そんな、いくつもの出会いがあった港町でのひととき。

 夜になって宿に戻ったふたりはもうへとへとで、荷物を置いて諸々済ませたら即ベッドに飛び込んだ。


『はぁー、いろいろあったわねぇ』

「つ、疲れた……」


 ふたりにとっては初めての中央大陸……というよりも、ほとんどドラゴニカを出たことがなかったため、何もかもが初めてだらけで。

 青い海原に賑わう市場。世界のあちこちから集う人々や物で賑わうそこは、刺激的できらめいていて……


「……世界がこんなに広いだなんて、考えたこともなかった」

『そうねぇ』

「強くならなくちゃ……そう思っていたけれど、それだけじゃダメ」


 今日一日で、エルミナは自分の生きてきた世界の狭さ、己の無知さを痛感した。

 魔族を倒すべく強くなるのはもちろんだが、ドラゴニカの王族として、ただ力が強いだけでは……

 エルミナの脳裏に蘇ったのは、強くも気高い姉の姿と、力ばかり振りかざす傲慢な魔族の姿。


「わたしは本当に何も知らなかった……世界を、知らなくちゃ……もっと、もっと」


 その言葉を最後にエルミナの瞼が重くなり、沈み込むように眠りに落ちる。

 旅の疲れはもちろん、ここまで気を張っていたのだろう。久しぶりのやわらかなベッドがそれを緩ませた。


『やっと、休んでくれたわね……』


 相棒が完全に眠っているのを確認すると、ミューはベランダからこっそり外へと抜け出す。


『エルミナ……強くなるわよ。一緒に、ね』


 小さな竜の目に、優しい光を湛える月が映る。

 港町リプルスーズの海はこれから起きることなど有り得ないかのように、閑やかに凪いでいた。

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