1:都の玄関口・3

 女神のお膝元へと続く港町の宿はさすがの大きさで、エルミナたちも無事に部屋をとることができた。

 城以外は山のふもとの小さな村ぐらいしかないドラゴニカと、田舎と揶揄されることもあるグリングランでは見ないような立派な宿屋に、ふたりは顔を見合わせる。


『都会ってすごいわねぇ……』

「ええ……」


 しかし、呆然とばかりもしていられない。

 宿が決まったなら、リプルスーズでやるべきこと――買い出しや情報収集など、この町にはまだ用があった。


「ミュー、お部屋で休んでる? これから道具を揃えたりあちこち回ろうと思うのだけど」

『エルミナひとりで行かせられるワケないでしょ。さっきみたいなケダモノ男が出ないとも限らないわよ!』

「それはミューの勘違いだってば……ああ、さっきの人を見かけたらきちんと謝らないと」


 宿屋を出て歩きだしたエルミナがまず向かったのは道具屋だった。村でも多少買い揃えたが、今は少し時間に余裕がある。

 さて、何を買おうか……棚を眺めて考え込んでいた視界の端に、黒尽くめの男が映った。

 旅人風の出で立ちだが、屋内なのにマントについた大きなフードを深くかぶっている姿が妙に目立つ。


『ち、ちょっとエルミナ、あの男なんかアヤシくない?』

「またそんな……失礼よ、ミュー」


 そう言いながら、エルミナにとっても彼は気になる存在ではあった。理由は見た目の怪しさではないが……


(ピンとのびた背筋、隙のない立ち姿……)


 壁に掛かった商品の一覧表を眺めていて背を向けているが、後ろ姿からでもわかる。この男は強い、と。


「……なんだ?」


 さすがに騒がしかったのか、男がエルミナたちを振り返った。


「あっ、ご、ごめんなさ……」


 その姿を認めた瞬間、エルミナの言葉が止まる。

 フードの下から現れた深紫の髪に整った顔……そして何よりも、スッと切れ長の真紅の瞳――この世界において、狭間の者である証の色に。


「この目か? 俺が“何”かわかったなら、関わらない方がいい」

「え? あ、あの」

「それじゃあな」


 青年はこれ以上エルミナが何か言う前に、さっさと道具屋を出ていってしまう。

 黒マントの後ろ姿は、人混みにすうっと融けて、追いかけることは叶わなかった。


『今のって、ハーフエルフ……よね?』


 人間とエルフの間に生まれたハーフエルフは、どちらからも疎まれ心無い言葉を投げかけられるという。知識としては聞いていても、実際に触れるのは初めてだった。


(ああ、気を悪くさせてしまった……)


 ドラゴニカの王女が知っていた世界は、城とその周辺のごくごく狭いものだったのだと改めて思い知った。

 しょんぼり肩を落とすエルミナに慌ててミューが『次行きましょ!』と背中を押す。

 道具屋では世界地図と、多少の補充程度の買い物をして外に出た。


「ほいほいほーい! みんな見てってー!」


 と、そこに。沈んだ気持ちを下から押し上げるような明るく弾ける少女の声。

 見ればひとりの少女が街角で人を集め、大道芸をしていた。西方の砂漠地帯に多い褐色の肌にさらりとした布地の衣装。向日葵色の短く跳ねた髪をターバンでまとめ、大きな人参色の目は活き活きと輝いて。ともすれば少年にも見える彼女は、両手にダガーを持っていた。


『わぁっ……!』


 ミューが思わず声をあげたのは、少女がダガーを高く放り投げ、四、五本あるそれを次々にキャッチしたからだった。彼女の動きに躊躇いはなく慣れた様子で、最後の一歩にはその場でくるりと踊るように一回転までする余裕も見せて。

 歓声に笑顔で応えるとダガーを置き、今度は鈴を鳴らしながら軽やかな足さばきでほとんど曲芸ともいえるアクロバティックなダンス。

 そのどれもが楽しそうな笑顔で、見ている側もつられて笑っていた。

 元気いっぱいの踊りの締め括りにひときわ高く跳び、宙返りからの華麗な着地で、その場から再び歓声と拍手喝采が撒き起こる。


「はい、おしまい! 良ければおキモチちょーだいね!」


 少女は人懐っこく愛嬌たっぷりにカゴを差し出し、見物料を求めた。


「実はここに来る船代で路銀尽きちゃってさー、もうスッカラカンなんだ!」


 あまりにもからからと笑いながら言うものだから、観客たちも笑いながらそのカゴにお金を入れていく。

 太陽のような子だ、とエルミナは少女を好ましく感じた。


「少しだけなら余裕あるかしら……?」

『しょーがないわねぇ』

「まいどっ!」


 こちらも笑顔を貰ったから。

 チャリン、と小銭が落ちる音を最後に、エルミナたちは少女のもとを立ち去った。

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