蝙蝠と蝶

志葉九歳

第1話

 田舎が嫌いだ。

 遊ぶところもなければ、人も陰湿で排他的、それでいて、いかにも人情に溢れたような面をしている奴らが顔に愛想笑いを張りつけて挨拶をしてくる。そんな田舎が僕は嫌いだ。

 だからこの帰省期間、大学に入って一年目の夏休みという重要な時期の帰省はとても無駄で無益で、不快なものになる。そう思っていた。




「ぼさっとしてないで、早く降りろ」

「わあってるよ……」


 父親に促されて車から降りる。聞きなれた小汚い訛りのある言葉もこの一週間は嫌という程聞くんだろうな。そんなことを考えながら車の中から荷物を下ろす。本来なら今頃は大学近くの寮で一日中APEXをしていたはずなのに。

 そんなことを考えながら思い出すのは2日前。普段は鳴らない僕のスマホが急に震え出した。表示されていた名前は『父親』。僕と40歳近く離れ、齢60も近いというそんな父親はつい最近、いつのまにかスマホデビューを果していた。しかし、LINEの使い方すらわかっておらず、未だにこうして回線通話をかけてくる。


「何」

『何じゃないだろ。休みだからってどうせ昼間まで寝てたんだろ、お前は』

「うるさいなぁ……起きてたよ」


 この父親はとにかく小言が多い。碌でもない母親と離婚した後、僕を男手ひとりで育ててくれたことには感謝しているが、なにぶん世代なのか性格なのか、とにかく馬が合わない。努力で何とかなった時代に努力で何とかしてきた寡黙な職人気質の父親と、現代風無気力自堕落息子だ。そうなるのも当然だろう。


『それならいいけど。お前、夏は帰ってくるんだろうな?』

「あー……帰んなきゃダメ?」

『ダメ? じゃないだろ。お婆ちゃんの七回忌だぞ? 忘れた訳じゃないだろ?』

「……覚えてるよ」

『明後日迎えに行くから、荷物をまとめとけよ? 親戚一同も呼ぶから、一週間くらいは居ろよ?』

「わかった……」

 その言葉を聞いて父親は電話を切った。ため息をついた僕はとりあえず部屋の掃除から始めた。また小言を言われても面倒だし。 エアコンもない下宿は熱くて、噎せ返りそうだ。




 とりあえず、2日ほどの法事を終えた。親戚たちには根掘り葉掘り質問攻めにあった。大学はどうだ勉強はどうだ女はできたか。もううんざりだ。

 家を出た。夕方の日差しでも肌に刺さるように痛い。湿度も高い。それでも僕は深呼吸をした。土の匂いがした。それか、木の匂い。草の匂いだ。昔からこの匂いが嫌いだった。人を拒む匂い。土地を閉ざす匂い。この街では息ができない。さながら酸欠状態の金魚のようにぱくぱくと空気を求めている、そんな感覚だ。僕の居場所はここじゃない。




『ちょっと友達と遊んでくる』


 父親とのSMSにそれだけ送信して歩き出した。倉庫に行けば僕が高校時代使っていた自転車がまだあるだろうことはわかっていた。物持ちのいい父のことだ。簡単に捨てるはずはない。だけどそれに乗ってしまったら、また窮屈な田舎生まれ田舎育ちの自分に戻ってしまうような気がして、この街が世界の全てだった頃に戻ってしまうような気がして。それで僕は自分の足で歩き始めた。目的地は無い。遊べる友達なんてのもいない。どうせ平日だから、学生は夏休みでもみんな働いているだろう。それくらい地元の高校の進学率は低かった。ぶらぶらと歩いていると駅の近くまで来た。だだっ広いバス停とロータリーだけがあるはずの駅前は、いつの間にか工事用のシートに囲われていた。駅ビル化の計画があるらしい。そんなことをしても若者の流出も高齢化も止まりはしない。だけど、それでも、変わらないと思っていた景色がいつの間にか変わっていた。あの頃から変わっていないのは───


「僕だけ、か」


 吐き捨てるように、言葉にしてみたら途端に寂しさのような、疎外感のような、鋭くて冷たい感情が胸を突き刺した。同級生の中にはきっと、結婚して子供がいるやつもいるのかもしれない。19歳なんてのは、そんな歳だ。この、駅舎のなり損ないですら、寂れた街のシンボルのようなものだ。

 これがある日突然に大爆発したら滑稽で爽快だろうな。それを思うと少し口角が上がった。歩調が早くなったのは、駅前の交番を警戒したからなんかじゃない。ゲーセンにでも行こうかとも思った。財布を開けると5000円。これならそれなりに楽しめるかもしれない。だけど辞めた。学生時代通いつめた場所は、あの自転車と同じように、僕を奈落に引きずり込もうとしているように感じたから。その田舎という奈落は一度落ちたら二度とは這い上がれないだろうから。

 目的もなく街を歩いていると、夜になった。時間が過ぎるのが早い。今年の春先から今日までも早かった。その数カ月は、18年で凝り固まった僕の脳を壊すには十分過ぎるほどの刺激だった。僕はまさしく井の中の蛙であった。今になって見るこの忌まわしき故郷は、肥溜めのようにすら移った。あるいは沈みゆく沈没船に例えてもいい。群がる人々は決して逃げ出そうとせず、まだ助かるつもりでいる。あるいはこの土地での死を尊ぶべきものだとでも言いたげだ。そんな雰囲気が吐き気がするほど嫌だった。

 道の先に光が見える。コンビニだろうか。小腹を満たすため、僕は寄ることにした。




 ───蝶だ。そう思った。

 コンビニの誘蛾灯に誘われたのは蝿や蛾なんかじゃない。蝶がそこにいる。そう思った。一人の女が、コンビニの車止めのところにいた。この辺だと危うく通報されかねないそんな佇まいと垢抜けた容姿だった。

 髪は黒、というか深い青。前下りに切りそろえられたショート気味の髪の隙間からはゴテゴテしいピアスが露出している。服も装飾が多くそれでいて黒を基調とした、なんというか、かっこいいもの。ボトムスは膝の部分が大きく開き、紐のようなもので繋がっている。サブカル系?というのだろうか。オシャレではあるが明らかにこの田舎では浮いていた。そんな女が、地べたにストロング系缶チューハイを置き、項垂れていた。そんな蝶に僕は見とれていた。




「あ〜、ガキだ〜」


 その女は開口一番間の抜けた声でそんなことを口走った。


「……なんすか」


 一瞥して言葉を投げかける。関わったらまずいタイプなのはわかっていたが、かなり体調が悪そうな様子を見てなんとなく心配になってしまった。


「この辺の子〜? にしてはヤンキー臭くないね〜。陰キャのチー牛?」


 ……通報したろうかな。


「なんなんですかホントに」

「冷たいな〜。田舎の人間は暖かいんじゃね〜のかよ〜」


 ストロング缶を傾けながら言う女。その発言に少しムッと来た。


「……田舎の人間が優しいのはその土地の人間にだけですよ」

「へ〜。の割には君は付き合ってくれんだ?」

「僕は───」


 他の人とは違うので、と言いかけてやめた。逆張りだとか言われそうだから。


「僕はどちらでもないので」

「ふ〜ん。じゃあコウモリだ?」

「コウモリ?」


 急に有翼哺乳類の話をし始めてどうしたんだろう。


「知らない? コウモリの童話」

「……知らないです」


 本は結構読んでいるつもりだったけど、童話は正直管轄外だ。


「じゃ〜教えてあげるよ〜」


 そう言って女はまたグイッと缶チューハイを煽った。ふと腕が視界に入る。なんというか、洗濯板のようだった。少しゾッとした。痛々しい。自分の肌まで切れているような気分になって身震いする。


「えっとねぇ〜」


 あまり回ってない呂律で語り出す。


「動物たちと鳥たちが喧嘩しててぇ〜、そんでコウモリがね〜、え〜っとぉ」

「仲裁したんですか?」


 あまりにも要領を得ないので先を促すように返す。


「それがねぇ〜、逆なの」


 僕の目をじっと見つめている。


「逆?」

「そ、どっちの肩も持って、どっちにも味方したんだよねぇ」


 また視線を空にやって語り出す。


「あ〜……」


 だいたいそういうことするやつの末路は想像に難くない。高校の時のクラスにもそんなどっちつかずの奴がいた気がする。因むと僕ではない。


「そんでそれがバレてぇ、鳥にも動物にも『お前はどっちの味方なんだ〜』って詰められちゃってさぁ」

「それで僕がコウモリなんですか? それって悪口じゃ」

「あ〜いやいや、そういうつもりで言ったんじゃなくてね?」

「ふーん?」


 悪口じゃないってんならなんなのか聞かせてもらいたいな。


「田舎者なのに都会の感性に当てられて、田舎者にも戻れない。かと言って都会っ子の仲間にもなれない。君、そーだろ?」


 急に僕の目を見据えて女が言う。酔ったような口調からいきなり真面目になったのも驚いたし、何より、今まで俯いたり上を向いたりで良く見えていなかった女の顔が街頭に照らされてハッキリ見えると、思ったよりもずっと端正で、幼くて、もっと言えばドタイプでドキッとした。


「ん。やっと目が合ったね〜少年」

「……」

「ん〜〜〜」

「な、なんですか急に、人の顔まじまじと見て」

「ん〜〜〜。あ! わかった!」


 僕の顔を悩んだように唸りながら永らく見つめたあと急に女は大きい声を出した。


「何がわかったんです?」

「メガネ似合わないねぇ君」

「本当になんなんですか」

「外しなよ、そっちの方かっこいいよ」

「目、悪いんで」

「んなこたぁ知ってるよぉ、伊達メでそれだったらセンスね〜し。いいから、今だけでいいから外しな〜?」


 初対面なのにこの女、失礼すぎる。鬱陶しいけど、かと言って放っても置けないし。少し付き合ってやるか。


「外しましたけど、どうです?」

「お〜、ちょっとブスだけど腐れバンドマンの元彼に似てるわ〜! あはははは!」


 自分が座ってる車止めをバンバン叩きながら笑う女。


「……そうですか」

「うわ〜! その表情とか朝帰りした時のあたしに見せてたやつにほんっとそっくり!!! ツラは良かったけどあいつえっち死ぬほど下手くそだったんだよなぁ〜」

「……」


 触れづらい話で困る。大人はなんでみんな酒を飲むと面倒になるんだろう。


「お、赤くなってんなぁオタクくん」


 ……言わせておけばこの女ァ。


「……サブカルクソ女に言われたくないんですけど。あと、オタクくんじゃなくて戸羽翼って名前があるんですけど」

「へ〜最近の子はリテラシーないね〜。初対面の人にフルネーム名乗るとかさぁ。あと、あたしもサブカルクソ女じゃなくて……シュナって名前だから、覚えときな〜」

「サブカルクソ女の自覚はあるんですね」

「うるさいぞツバサくん」


 煽りに乗って名前を教えたもののマズったかもしれない。『くん』が完全に『くゥん⤴︎』って感じの発音だ。耳に障ることこの上ない。


「あなたもうるさいですよ、シュナさん」

「へへ〜。結構ノリいいね〜。あと、呼び捨てでい〜よ」


 何故か満足そうなシュナさん。


「一応目上の人なんで」

「ふーん? ツバサくんはいくつ?」

「今年で19なります」


 誕生日はまだまだだけど。少し背伸びをしたくて、そう伝える。


「なんだ〜、1個下じゃんお前〜」

「え!」


 思わず声が出る。てっきり24とかその辺かと……。


「え、女性に年齢聞いといて驚くとかちょっと失礼すぎない? 普通にデリカシーないよ君。そんな老けて見える?」


 年齢はそっちが勝手に言ったんだろ……。


「いや、老けてって言うか……大人びて見えたので」

「何とかいい言い方にしようとしたのは褒めるけど、意味一緒だかんねそれ〜」


 満更でも無い顔でまた1口、チューハイを飲もうとして。


「ん? あ? もーこれ入ってねーや! ツバサくーん、追加買ってきて〜! レモン味ね〜」

「さっきの話聞いてました? 僕まだ18すよ?」

「あれ? 19つってなかったっけ? てか18って酒飲めねんだっけ? あたし15くらいから飲んでたからわかんねーや。16歳から買えんじゃね?」

「仮にそうだとしても15歳で飲んでるのはアウトじゃないっすか」

「るせ〜な〜! こまけ〜こたぁいいんだよ! それに、さっきのキモメガネならともかく、今なら買えるっしょ〜」

「いや、買いませんからね?」


 未成年に酒を買わそうとすんな! 大人のくせに!


「だってあたし動けないも〜ん」

「だったら尚更ダメですよ」

「お願い〜! ね? 金なら買ってきた後で多めに払うからさぁ」

「……わかりましたよ」


 押しに弱いなぁ僕。ま、こういうのも経験経験。どーせこのへんなんて滅多に来なかったし、顔覚えられてないだろ。ワンチャン同級生とかがレジやってたら気まずさはあるけど買える可能性は高くなるだろうし。


「レモンの長い方2本ね〜」

「はいはい……」


 渋々財布を開いて5000円がそのまま入ってるのを確認して店の中に入る───


「あ、それと」


 ───前に呼び止められる。


「なんですか……」

「この缶も捨てて〜」


 そう言ってプルプルしながら空き缶を3本渡してくる。ほんっとにこの女は……。




 結果から言うと年確もなしに買えてしまった。コンビニでは面倒だから年確しないってのは都市伝説でもないらしい。


「これで良かったですよね?」


 そう言ってシュナさんに買ってきた缶を見せる。


「そ〜これこれ! なんだかんだ結局はこれに戻ってくんのよ!」

「はいどうぞ。それと、お水もちゃんと飲んだ方いいですよ」


 言われた缶2本と、ミネラルウォーターの入ったペットボトルを渡す。


「え〜頼んでないのに気が利くね〜。偉いぞ〜」


 シュナさんはそう言うと急に手をガバッと広げて僕の頭を抱きしめるように撫でてきた。


「ちょ、やめてくださいシュナさん!」

「え〜? シュナさんって誰だ〜?」

「あなたですよ! それすらわかんなくなったんですか?」

「あ〜そ〜だったそ〜だった! あたしがシュナで〜す! お前がさん付けと敬語やめるまであたしはやめないからな〜」


 酒臭すぎる! ええい! どうにでもなれ!


「わかったから! やめて!」

「む〜意外と素直だな〜。も〜ちょいからかい甲斐あると思ってたのに〜」

「ほら、さっさと飲んで帰って。もう深夜なんだから。なんだったら送ってくよ?」

「お〜? あれか? 送り狼ってやつ? ヒュ〜ゥこわ〜い」

「あんまりふざけたこと言ってると僕だけ帰るよ?」

「うわ〜それは困る! 捨てないで!」

「はいはい。捨てないからさっさと飲むか帰るか! 決めて!」


 ほんとに酔った大人ダルすぎる……。二度と関わりたくない。とか言いつつ、酔っぱらいの解放は大学でそこそこ慣れてしまった。


「飲む!」

「じゃあ飲んで。あんまり急がなくていいから」

「ツバサくんも!」

「は!? 僕も!?」


 突然の発言にさすがに面食らった。僕も? この人正気か? いや、正気では無いのか、酔ってるし。それにしてもまともじゃない。


「未成年に飲酒をさせるとさせた人が処罰されるんだよ?」

「い〜からい〜から! バレなきゃ犯罪じゃないって〜。それに気持ちよ〜くなれるよ?」

「ホントダメだからそういうの!」

「なんだよぉ! あたしの酒が飲めねぇってのかよぉ……」


 うわ、リアルでこれ言ってる奴初めて見た……。


「うっ……ぐすっ……」


 しかもなんかガチ泣きし始めたし……。


「……一口だけでもいいですか?」

「うん!」

「嘘泣きかよ!?」

「も〜言質取ったもんね〜だ!」

「将来碌な大人にならないだろこいつ……」

「残念でした〜! もう碌でもない大人で〜す!」

「こいつ……」

「ほら飲んで! イッキ! イッキ!」

「それはまじで洒落にならないんで! やめよう!」


 渋々、缶のプルタブに手をかける。シュコッ、と音を立てて缶が開く。心なしかジュースより栓が軽い気がする。


「さ、グイッと行こう!」

「……」


 縁に口をつけて、缶を傾ける。初めにいかにも人工の甘い香りがして、それから炭酸の刺激が舌の上を走る。最後に───


「苦っ!」


 苦味を感じる。あまりにも苦い。それに、手指用消毒スプレーのような匂いが鼻を抜ける。噎せ返りそうになるのを堪えて、1口、ごくんと飲み込む。やはりその感想としては


「にがい……」

「あははははははは! ガキだガキ!」

「1個しか違わない人に言われたくないんですけど……」


 口元を袖で拭く。まずいったらありゃしない。


「はじめてならしょーがないよ〜。あたしもまだ苦いもん。ほら、お水も飲んで! もうあたし先に口つけちゃったけど」

「……」


 『関節キス』。そんな単語が脳裏を過ぎる。……ガキじゃあるまいし、気にしてどうする! そう思って僕は右手に渡された水……と、間違えて左手に持ったままの缶チューハイをがぶ飲みした。

 そこからの記憶は、無い。




 朝起きると、戸羽翼は大きな吸血コウモリになっていた。ような錯覚を覚えた。まずは頭痛、そして倦怠感。自分の体ではないように腕が重い。次に気がついたのは───


「───知らない天井だ」


 自分が全く知らないどこかにいるということだった。どこなんだここは。


「お、気づいた? ツバサくん」

「シュナさん……?」

「じゃなくて?」

「あ、シュナ」

「うん。記憶はあるみたいだね。あ、無理しないで。そのまま寝てていいから。水飲めるようだったら飲んでもいいけど」


 体を起こそうとした僕を制しながらシュナが言った。……ほんとに昨日と同一人物か?


「昨日僕あれからどうなって…… 」

「んー、どこまで覚えてる?」

「シュナから水を受け取ってそれから……」

「あ〜。その辺ね。間違ってストゼロ一気にがぶ飲みしちゃって、それからうーうー唸りだしたから一旦座らせて、でも君の家とかわかんないからマネージャー呼んであたしの泊まってるホテルの部屋に連れ込んだってわけ」


 んー、いまいち状況が理解できない。


「あ、あの……親は」

「それなら問題ないよ、スマホうるさいから君の指でロック解除して、『父親』って連絡先にSMSで『今日友達んち泊まることなった』って送っておいたから」

「あ、ありがと……」

 

 ギリ犯罪なのはまぁ許すか……。


「いや、昨日はほんとにごめん! あたしのせいで迷惑かけた! ちょっと前後不覚になってた! これからはお酒ちょっと控えるね」


「あぁ、お大事に……」


 色んなことが起きすぎてイマイチわかってないのでそんな生返事しか返せなかった。とりあえずなんも起きてないってことでいいんだろうか。


「てか今何時!?」

「今? だいたい12時くらい」


 時計を見ると、確かに11:45くらいを指していた。


「ま、あとちょっとゆっくりの横なってから帰んな〜」

「じゃあお言葉に甘えて」

「うーい」


 そう言うと、シュナはあろう事か僕が寝てるベッドの中に入ってこようとする。


「え? ちょ! は?」

「いや、うろたえんなって、そもそもあたしの金で泊まってるホテルなんだからあたしが寝るのは当たり前でしょ」

「あ、いや、それはそうなんだけど……。えっ? てことは夜とかは」

「この部屋にベッドふたつあるように見える?」

「ミエナイデス」

「ま、そゆことよな」

「……!」


 なんで起きてなかったんだよ僕!!! 人生最大の役得チャンスを逃してんじゃねぇか!!!


 とか何とか言いながら、13時になって体もだいぶ軽くなったので、荷物を持ってシュナに送られながらホテルを出た。横になってはいたけど休んだ気は全くしなかった。昨日はあんなに酒臭かったのに、なんで今日はこんなにいい匂いがするんだ。そんなことを感がているうちに1時間がすぎたのだった。

 家に帰る道を歩きながら昨日までにあったことを思い出す。夜のコンビニ前で酔っ払いことシュナに絡まれてそれから……。


「あ」


 金返してもらってねぇじゃん。1000円と少し。どうやって請求したもんか……。そう思ってると、スマホが震える。父親からの連絡だろうか。面倒だから無視しようかとも思ったが、無断外泊になってしまったのは事実なので一応返信しよう。そう思ってるスマホを付けると……。


「……シュナ?」


 登録した覚えのない相手からのLINEだった。


 メッセージの内容は『そういえばお金返したいから今夜も会える?』とのこと。向こうから来てくれるならそれはそれでいい。

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蝙蝠と蝶 志葉九歳 @shiba9tose

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