旅立つ者 残る者(二)

☆☆☆



 生者の塔から発射された四つの光の玉は天へ昇り消えていった。キサラ達は無事に現世へ帰還したのだ。

 見届けたシスイの口元が自然とほころんでいた。


「おまえがそんな風に笑うのは久し振りだな。エナミと話せて良かったろ?」


 傍に立つミユウがからかった。


「……そうだな。あのまま彼から逃げ続けなくて良かった。ミユウ、俺を引っ張り出してくれたおまえには感謝している」

「えっ……あ、まぁ、俺は先輩だから?」


 二人のやり取りを見て統治者も微笑んだ。

 皮肉屋で俺様気質。だが素直に褒められると照れてしまう。そんなミユウのギャップを統治者は愛おしいと思っていた。まだ本人に伝えられていないが。


「それでは私は執務室へ戻ります。シスイ、後は宜しく」

「はい」


 次期統治者のシスイは、試験的に地獄のエリア管理をいくつか任されていた。ここもその一つである。

 瞬間移動用に時空のゲートを開いた統治者へ、ミユウが慌てて声を掛けた。


「久し振りにお会い出来たのに、あるじ様はもうお帰りなんですか!?」

「ええ。シスイに引き継ぐ前に溜まった仕事を少しでも片づけておかないと。ミユウ、人手不足なのであちこちの地獄で管理人を務めてもらっていますが、もうしばらくお願いしますね」

「はい、それは……」


 最後まで聞かずに、統治者は時空の渦の中へ身を投じた。ゲートが閉じると、野原から統治者の存在が完全に消えていた。


「……あーあ、行っちまったよ」


 取り残されたミユウがシスイに愚痴た。


「相変わらずそっけねぇの。あの人さ、本当に王様を辞めた後に俺と一緒に居てくれると思うか?」

「ああ。責任感の強いあの方がようやく引退する気になったのは、おまえと一緒になる為だ」


 シスイに断言されたミユウは指先で鼻の頭を掻いた。


「そか……、それならいいんだ……」

「まったくおまえときたら、あるじ様を前にした途端に気弱になるんだな」

「仕方がねーよ。俺はあの人に愛されている自信がイマイチ持てない。通じ合ってるおまえとエナミが心底羨ましいぜ」

「………………」

「ん? どした?」

「……そうでもないんだ。俺はエナミを裏切ってしまったから」


 目を伏せたシスイ。ミユウは意味が解らず首を捻ったが、少し考えてから思い当たった。


「他のヤツと寝たことか。それに関しては仕事みたいなモンだろ。おまえは地位を盤石なものとする為に、今は少しでも支援者を増やしておかなければならないんだ。天界の神々は男も女も色を好む方が多いから、そういう対応になる場合も有るさ」

「ああ。使えるものは何でも使うつもりだ。この容姿も武器にしてやる。……だが、俺だけを想ってくれていたエナミに対しては申し訳が立たない」

「言わなきゃいい。言わなくてもいいことは黙っとけ」

「もう言った。他の者とも情を交わし関係を持ったと」

「この馬鹿っ……!」


 ミユウは頭が痛くなったが、それがシスイだよなと諦めた。


「……次にエナミと会った時に訂正しておけよ? 交わしてないと。心の中に在るのはおまえだけだって」

「あの時は……、エナミに俺のことを嫌ってもらいたかったんだ」

「でもエナミは受け入れたんだろ? それでもいいって」

「ああ……」


 また沈んだシスイの背中をミユウはバシンと叩いた。


「もう開き直れよ、俺だっていろんな相手とヤッてる。こっちの世界には夫婦制度が無いから、性に対してみんな奔放なんだ。現世の常識で考えるなよ」

「そうだな……」

「あーもう、俺が相手して慰めてやるよ! 暗い顔すんな!!」

「いや、おまえとは寝ない」


 すげなく拒否したシスイにミユウは詰め寄った。


「ああん!? 情を持たずに神々とはヤれるのに、親切で素敵な先輩である俺の誘いは断るのか?」

「断る」

「何で!」

「おまえと寝ると、情が生まれそうだから」

「え………………」

「……………………」


 意外なことを言われてミユウが頬を赤く染めた。シスイはミユウにそんな反応を返されると思っていなかったので焦った。

 二人は見つめ合ったまま固まってしまった。


『……あの~』


 遠慮がちに声を掛けたのは黒い鳥であった。我に返ったシスイが鳥を咎めた。


「案内人、何処へ行っていた? エナミの傍で彼のサポートをするように命令したはずだ」

『居ましたよ。ただ統治者様がおいででしたので、遠慮して席を外していました』

「逃げたな」

『だってだって、王様ですよ!? 許して下さいよ、下っ端役人だった私は権力を持つ上の方が怖いんですよ!』


 案内鳥は人間だった生前、地方役所に勤めていた。


『それはそれとして魂が一体、北側から生者の塔へコソコソ向かっていますが、放置していいんですか?』


 ミユウとシスイが北方面を見ると、刀を差しただらしない服装の男がソロリソロリと塔へ近付いていた。


「案内人、あいつの素性は解るか? 魂の色はくすんで汚いが」

『あいつは火付け盗賊です。地獄の説明に行った時にそう自慢してきました。仲間と共に大店おおだなを襲って、店主家族と住み込みの従業員を合わせて、二十一人殺害したのが一番の大仕事だったと』

「やっぱ極悪人か。なら現世へは還せねぇな」


 ミユウが所持する大鎌を大地に突き立てた。発生した衝撃波が地を走り、火付け盗賊だった男の肉体を破壊した。


「下層で悔い改めな」


 抜いた鎌をクルクル回してミユウはポーズを決めた。


「俺一人じゃ監視の目が緩むな。シスイ、管理人を最低もう一人補充してくれよ」

「そうしたいが適した人材が居ない」

「強くて崇高なこころざしの持ち主はそうそう居ねぇか。嘆かわしいねぇ。エナミのパーティは粒ぞろいだったがな」

「ああ。だが一人、気高いが破滅の気を背負うヤツが居た」

「誰? エナミの姉ちゃん?」

「いや、彼女は単純思考だが根底には愛が有る。闇墜ちはしないだろう」


 シスイは思い出した。統治者も言っていた。「一名、複雑な立場に身を置く者が居るようです」と。


「……トキと言う男だ。とぼけた振る舞いをしていたが、彼の瞳の奥にはエナミと同じ危うい色が潜んでいた」

「エナミと同じ……」


 それは目的の為には大量虐殺も躊躇ためらわない性格だということだ。

 エナミはかつて自分で言っていた。「俺の心は壊れている」と。


「エナミは乗り越えた。自制している。トキもそうだと信じたい」


 シスイとミユウはもう一度、彼らが旅立った空を見上げた。広がる雲の向こうに光が在ると信じて。

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