旅立つ者 残る者(一)
森の中。生者の塔との直線距離が一番近くなるポイントまで移動して、私達は樹にそれぞれの身体を隠した。
「みんな、俺が矢を放つと同時に走れよ?」
エナミの指示に私達は頷いた。
エナミは最後にシスイを見た。
「あんたはここで頑張れ。俺も現世で頑張る。またいつか逢える日まで」
「……待っている。エナミ、おまえをここで。何千年経とうとも」
シスイも覚悟を決めていた。
長らく離れてしまう恋人同士だが、二人の絆を私は羨ましいと思った。
「よし」
エナミは弓に矢をつがえて塔の近くに佇む最後の管理人、ミユウへと向けた。意識を集中する彼が持つ弓矢が光り輝き、あの時のように形状を変えた。うっすらエナミの瞳も金色になっているように見える。
初めて変貌を目の当たりにしたトキが唾を呑み込む音が聞こえた。
「くっ……ううぅっ……!」
いくら地獄と相性が良いとはいえ、生者の身で奇跡の力を使うことは魂へ相当な負担をかけるらしい。
苦しそうに顔を歪めたエナミの背後へシスイが回り、再びエナミの補助をした。優しくシスイは背中越しにエナミへ話し掛けた。
「エナミ……、これでまたしばしの別れだ」
「うん……」
「未来に必ず逢える。それまでおまえはおまえの役割を果たすんだ。決して振り返らずに行け!」
「……ああ!」
シュイィィィン!!!!
エナミとシスイによって光る矢が放たれた。
それを合図に私、シキ、トキが同時に樹々の間から飛び出した。
距離が開いていたのでミユウは矢を簡単に
走る、走る、ひたすら走る。
流石に飛脚のトキは速い。シキも三十代の半ばだというのに速い。
「姉さん、頑張れ!」
エナミも速い。私達より遅いスタートだったはずなのに、あっと言う間に私を追い抜いた。
ムキィ。女の筋力では単純勝負で男には
でもあと少しで生者の塔だ。転びさえしなければこのまま……。
「!」
モヤの晴れ間、翼で飛行したミユウが肉薄していた。ヤバッ。
「じゃーな。おまえは二度と来んなよ」
別れの言葉(?)を吐いた彼は最後尾を走っていた私の
どふ────!
お尻を蹴られた私は前方へ派手に吹っ飛んだ。先行していたエナミを抜き、シキを抜き、飛ばされた先は生者の塔の入口であり、私の身体はゴロゴロと転がりながら塔の内部へ入った。
既に中に居たトキが驚きつつ私の回転を止めてくれた。
「姉さん、大丈夫!?」
シキと一緒にエナミも塔の中へ入ってきた。心配する弟に私は「大丈夫だよ」とは言えなかった。
「いだっ、痛いっ! お尻が横にも割れた!! ぎゃあぁぁぁ!!!!」
のたうち回る私。涙目で塔の入口に目をやると、中へ入られない管理人のミユウがフンッと言う表情で佇んでいた。あんの女装男ぉぉぉ!!
シキがミユウへ中指を立てて呟いた。
「あいつは女嫌いだからな。男の尻は大好きで喜んで追っ掛けるんだが」
「そ、そう言えばシキ隊長……、以前ミユウは俺の尻の仇だとか言ってたよね……?」
あの時はミユウを女性だと思っていたから意味が解らなかった。
「ミユウは男性で、尚且つ男の尻が好きなのね? もしかしてシキ隊長はミユウに……」
「それ以上言うな!」
本気で怒られた。私の想像通りっぽい。トキが頭を抱えていた。
「何なんだ……? 小隊長とシスイはデキてるし、ミユウと王様もそっち系? 地獄では盛大な男色祭りでも開催されてんのか?」
「そういうことはいいから! さっさと現世へ還るぞ!」
シキに襟首を引っ張られた。
「痛い痛い痛い、立てない! お尻が火を吹きそうなくらい熱くて痛い!!」
「診てやろうか?」
「見んな馬鹿トキ! 触んなって! あだだだだ! 痛──い!!」
私達のドタバタ劇を見たミユウは一度フッと笑って、そして入口前から飛び去った。あん畜生。
「だ、大丈夫だよ姉さん。現世へ戻ればお尻のダメージは消えるはずだから」
「ふぎっ……本当? なら還る……」
私はエナミに手を引かれて立ち上がり、塔の中に置かれている石版の側までヨロヨロ歩いた。
「これに手を触れるんだっけ……?」
「そう。あとは自動的に現世の肉体へ魂が運ばれる」
「生き延びられたのは嬉しいけど……、キサラっちとお別れになるのはちょっと寂しいな」
トキが私の目を見て言ってくれた。社交辞令じゃないと思う。私もトキと過ごせた時間は楽しかったから。
「生きてさえいれば、いつかまたきっと会えるよ。これから
「そうだな……。
「でも戦争が終わった後、
「そうだよな……!」
私とトキは笑い合った。凄く感動的なシーンなのにお尻がめっぽう痛い。血尿が出そう。
「よし、行こう」
四人一斉に石板へ右手を乗せた。
ひんやりとした石の感触。ここにお尻を付けて熱を冷ましたいなとか、罰当たりなことを考えてしまった。
「お、おお?」
ゴゴゴゴゴゴ……と塔全体に振動が起きた。
四人の身体は光に包まれ、その時が来たのだと感じた。
「キサラっち、小隊長に分隊長、絶対に生き延びろよ!」
石板の向かい側に立つトキが声を張った。
「おまえもだ、トキ!」
「達者でな!」
「戦争が終わったらさ、この四人で集まって地獄での日々を思い返してお喋りし……」
私達の身体が実体化できなくなり、白い球体に変わった。もう話せないようだ。
最後まで言えなかった──! 別れの言葉は短くまとめるべきだった。
くんっと引っ張られる感覚が有り、球体となった私達は上昇した。
うわわわ天井にぶつかると心配したのだが、私達は塔の天辺を突き抜け、地獄を見下ろす空中に居た。
(あ……)
眼下の野原に三人の男性が居てこちらへ手を振っている。遠目だがあれはミユウにシスイ、地獄の統治者だろう。
(お世話になりました!)
声が出せないので心の中で感謝を叫んだ。他のみんなもきっと。
(!………………)
速度が上がって私達は猛スピードで天へ昇っていく。
薄まる意識の中、私が思い出したのは彼のことだった。
ありがとう、アキオ。
あなたが居てくれたから私はまだ生きている。諦めずに済んだ。
どこまでやれるか判らないけど、私は戦乱の中を進むよ。前へ────。
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