過去と未来(一)

「見晴らしの良いここに居たら獣の標的になるかもしれねぇ。トキが待つ森まで退くぞ」


 シキがエナミに肩を貸そうとしたのを、シスイが止めた。


「俺が」

「だがおまえとご主人じゃ、身長差があり過ぎて支えにくいだろう」


 シキの指摘にエナミの笑顔が引きった。きっと彼は男性にしては小柄であることを気にしている。


「問題無い。おまえはコレを持て」


 シスイはエナミが担いでいた矢筒を外すと、弓と一緒にポイッとシキへ投げた。


「わっ!?」


 そしてエナミを両手で胸の前に抱き上げたのだった。


「シ、シスイ、流石にこれは……」


 エナミがもごもご言っていたが、力持ちのシスイは颯爽と歩き出した。顔を赤くしたエナミも、大人しくシスイの腕の中に収まることにしたようだ。

 ようござんしたね。シスイめ、私を荷物のように肩に担いだくせに、エナミに対してはお姫様抱っこかよ。

 白けた眼をしたシキと共に、私も彼らの後に続いた。



「キサラっち、小隊長に分隊長!」


 涼しい森の中、私達の姿を見たトキが駆け寄ってきた。


「みんな生きてて良かった。すげぇ音が聞こえていたからさ、心配したんだ」

「それがさぁ、管理人が全員集合しちゃったのよ」

「げ」

「でも二人倒せたよ。残り一人になったから、生者の塔の攻略がだいぶ楽になったはず」


 私の報告でトキは安堵の表情を浮かべ、それから見慣れない人物を遠慮がちに窺った。


「あのキレーな兄ちゃん、……男だよな? 彼はいったい誰だ?」


 トキが気になるのはもちろん、依然としてエナミを抱っこするシスイだ。もう降ろしていいだろうに。


「彼はシスイよ。エナミの恋人で地獄の住人」

「あっ……、彼がそうなのか。ども、俺はトキって言います」


 シスイは名乗ったトキへ会釈した。礼儀正しい青年のようだ。私に予告無しで口づけしたことは許さんけど。


「おいそろそろご主人を降ろせ。そのままじゃ手当てが出来ない」


 シキに言われてシスイは名残惜しそうに、エナミを草の上にそっと座らせた。手当てもシスイが担当するようで、懐から白い布を取り出した。


「エナミ、二年前より軽くなったぞ。ちゃんと食ってるか?」

「いやいや、筋肉が付いて前より重くなってるはずだよ。背だって……一センチ伸びたし」


 シスイとエナミが和やかな雰囲気なので、私は自然と顔がほころんだ。


「二年で一センチって、あちゃ~、成長期が終わっちゃったのか小隊ちょ……ぐふっ」


 私はトキの横腹に肘を叩き込んで黙らせた。


「……先程からとは、エナミのことか?」


 止血に使っていたハチマキを取って、代わりに白い布をシスイは優しくエナミの脚に巻き付けていった。

 私は役目を終えたハチマキを借り、今度はシキの肩の止血に使った。


「そうだよシスイ。俺はあんたと同じ小隊長になったんだ」

「出世したな」

「マサオミ様が目を掛けて下さるんだよ」

「マサオミ様……! あの方は今もご健勝なのだな」


 同じ桜里兵団第六師団出身の二人。シスイはかつての上官のことを目を細めて懐かしんだ。

 ここでエナミが声のトーンを落とした。


「俺にとっては二年。……でもあんたにとっては、あれから百二十年も経っているんだよな」

「……そうだ」


 シスイも固い声になった。現世より六十倍も時の流れが早い地獄。


「地獄で百二十年間過ごし、俺の周囲には様々な変化が起きた」


 手当てを終えたシスイは、エナミの脚から顔へ視線を移した。


「俺はもう、おまえだけの俺ではない。他の者とも情を交わし関係を持った」

「!…………」


 あー……。私は頭を掻いた。

 忍びは情報を得る為なら肉体を差し出すこともいとわない。私やシキからしたら「それが何?」的なシスイの発言だけれど、エナミはキッツイだろうなぁ。このコ、シスイ以外を知らなさそうな純な雰囲気だから。


「……あんたも男だし、百二十年だ。そういうコトが有ったって驚かないよ。俺は傍に居られなかったし……」


 肯定的な台詞を呟いているのにエナミの声は震えていた。滅茶苦茶ダメージ受けてんじゃん。無理をする姿が痛々しい。

 シキがエナミを傷付けるシスイを咎めるかと思ったが、静かに二人の会話を聞いているだけだった。シキはエナミにシスイを諦めて欲しいのだろう。


「なぁ……それよりも、あんたが次の統治者に成るってどういう意味だ?」


 エナミが核心に触れた。それは私も知りたい部分だ。


「………………」

「シスイ!」

「……言葉通りの意味だ。俺は数年以内に現統治者であられるあるじ様から、地獄に関する全ての実権を譲渡される」


 裏返った声で驚きを表現したのはトキだ。


「へっ? うぇ!? あなた様が次の王様になるの!?」

「そうだ。これはもう決定事項だ」

「何であんたなんだよ!?」


 冷静であろうとしたエナミの声がついに荒ぶった。


「ミユウが居るじゃないか! あいつにだって王の資質は充分に有るだろう? 強くて、機転が利いて、人情家で……」


 さっき遭った時はよく解らない人だと思ったけれど、エナミのげんを信じるのならミユウはイイ人っぽいね。


「……………………」

「シスイ」

「……………………」

「シスイ!」


 まただんまり魔となってしまったシスイ。そんな彼に焦れたエナミは勢いをつけて抱き付いた。草の上に倒れ込んだ彼ら。


「!?」


 シスイは驚いたもののエナミを突き飛ばすことが出来ず、結局は彼の背に己の腕を回してしまった。


「………………」

「………………」


 強く抱き合う二人。まるで引き合っているみたいだ。

 彼らに近付こうとしたシキの軍服の裾を、トキが掴んで止めた。


「そっとしておいてやれ。俺らは向こうへ行こうぜ」

「……この二人の恋を許す訳にはいかないんだ。ご主人には帰る場所が在る」

「だからさ、今だけ。今だけ二人に時間をやれよ」

「……………………」


 少し前の私ならシキ同様に、エナミをシスイから引き離そうとしていただろう。死者への恋など合理的ではないと。

 でもアキオへの恋を知った今は、エナミの気持ちを否定できない。私もアキオの手を放したくなかったから。


「行こうシキ隊長。エナミだって解っているよ」


 シスイと一緒になる為にエナミは自殺なんてしない。彼には現世にも沢山の大切な人が居るみたいだから。

 シキは苦虫を嚙み潰したような顔をしていたが、大人しく私達に伴われて森の入り口方面へ歩いた。


 エナミとシスイには素晴らしい過去が存在するのだろう。だけれど二人で進む未来が無い。

 それがとても哀しかった。

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