エナミの闇

「キサラ」


 アキオが去った地面に突っ伏している私へ、シキが呼び掛けた。


「キサラ」


 もう一度。私は姿勢をそのままに返答した。


「……ごめん。まだ戦いが終わっていないって解ってる。でも少しだけ時間を頂戴」


 ほんの少しでいい、アキオのことだけ考えていたい。だのにシキがすげなく却下した。


「時間はやれない。戦闘中にいちいち落ち込んでいたら死ぬぞ? 現世へ戻ってからも忍びを続けたいと願うのなら、俺の言うことに従ってもらう」

「……鬼。アキオには優しかったじゃない。隠密隊に居た頃はあれだけ彼と反目し合っていたのにさ」

「あれがヤツとの最後の会話だと思ったからだ。おまえもここで終わりにしたいのか?」

「………………」

「おまえは自分の弟の戦い方を知らなければならない」


 大地へ四体を投げ出していた私は、シキの言葉を受けて顔を上げた。


「ご主人は稀代の才能を持った射手しゃしゅだ。……だが、時に危うくなる」

「………………」


 私はアキオの為に流した涙を腕でぬぐった。彼のことで泣くのはまた後にしよう。

 今はエナミについて知りたい。危うい、という部分に引っ掛かったのだ。


「……戦闘中のあのコ、妙に好戦的になるよね?」


 何度かエナミの戦う姿を見てその感想を抱いた。普段の彼はとても穏やかな青年なのに。


「その通りだ。おまえも気づいていたか」

「うん。命を懸けた戦いでは人間の本性が出るって言うね。……あっちのエナミが本当の彼なのかな?」

「………………」


 自分から話し掛けてきたくせに、シキは唇を結んで押し黙ってしまった。


「答えにくい? なら無理しなくていいよ」

「いや、話そう。おまえにも関係の有る話だ」


 向こうではシスイとエナミが組んで、管理人のミユウ相手に二対一の戦いを進めている。数の上では有利な二人なのだが、ミユウの大盾に攻撃の全てを阻まれて苦戦していた。


「……ご主人が戦闘狂になるのはな、おまえの家族がバラバラになった事件に起因しているんだ」

「えっ……」


 事件とは一つしかない。私の六歳の誕生会。当時の隠密隊が家に押し入って母さんを殺害し、私をさらったあの日のことだ。


「でも……エナミは当時二歳だよ? あの日のことは覚えていないでしょう?」

「ああ覚えていなかった。だが記憶の奥にぼんやりと刷り込まれてしまったらしい。十何年も繰り返し悪夢を見ていたとご主人から聞いた」

「エナミも……!」


 あの日のことで苦しんでいたのは私だけではなかったんだ。エナミも、そしてきっと父さんも。

 シキの顔が増々曇った。


「そして隠密隊だった俺と再会したことで、ご主人はあの日のことを思い出してしまったんだ。鮮明にな」

「!……」

「セイヤ……、ご主人の幼馴染みで親友の話によると、ご主人はそのことで一度狂いかけたらしい。復讐心のみで動く殺戮兵器と化して、捕えた俺の部下を嬉々として拷問に掛けたそうだ」

「ご、拷問て。嘘でしょ、あのエナミが……?」


 軍隊では情報を持つ敵国兵士に対して、尋問の名を借りた拷問行為が必要悪となっている。だけど私と再会した時に綺麗な涙をこぼした純粋な弟が、相手の身体を進んで痛めつけるとはとても思えなかった。


「……ご主人は言ったよ。強くなった自分が嬉しいんだって」

「?」

「目の前で母親と姉が酷い目に遭っていたのに、何も出来なかった幼い二歳の頃と違って、今の自分は人を殺せる程に強く成長した。それがたまらなく嬉しいってな」

「そんな……!」

「過去にご主人が狂いそうになった時は、シスイやセイヤが止めて事なきを得たそうだ。……だがご主人の殺戮衝動は消えずに今も残っている」


 近距離攻撃型のシスイと遠距離攻撃型のエナミ。二人の息はピッタリだ。動きが良い。

 そして強敵のミユウをどう攻略しようか、不利な状況でもエナミが戦いを楽しんでいるように見えた。これは久し振りに大好きなシスイと組めたから? それともまた殺戮衝動が呼び起こされているの?


「いつかそのせいで、ご主人の命が危険に晒されるんじゃないかって俺は心配している。敵を深追いしたりしてな」


 ごくり、私は唾を呑み込んだ。弟を護るには生半可な覚悟じゃやっていけなさそうだな。

 当のエナミは何十本矢を射ってもミユウの盾に弾かれていた。苛立ちの表情を浮かべるかと思いきや、彼はニヤリと笑った。……何で笑っていられるの?

 そんな彼の弓矢が僅かに光ったように見えた。


「? え? え? えええ────!?」


 気のせいではない。エナミの持つ弓とつがえた矢が明らかに発光していた。更に光るだけではなく、弓が元の物より長く変化している。


「な、何アレ!」

「ご主人の必殺技だよ。ここでは能力を底上げされた管理人や、地獄と相性の良い魂が稀に奇跡を起こすんだ。アキオも現世では見せなかった、かまいたちみたいな技を使ってきたろ?」

「そんなことが……」

「ご主人のあの技に俺達は救われた。キサラ、おまえの親父であるイオリもな」

「え?」

「イオリも死んだ後に地獄で管理人をやっていたんだよ。解放したのは他でもねぇ、ご主人だ」

「────!」


 長弓となって威力が増した分、扱いが難しくなったようだ。

 エナミは苦しそうに弓を支えていた。その彼の背後にシスイが回った。シスイはエナミと重なるように腕を弓に添えた。


「エナミ、いくぞ」

「!……」


 初めてシスイがエナミに声を掛けた。ふっと笑ってからエナミはミユウに向き直った。シスイの力が加わったことにより、重そうな弓がしっかり支えられて固いつるが限界まで引かれた。


「届け──────!!!!」


 エナミが大声で叫び、しなった弓から白く輝く矢が高速で放たれた。


 バゴアァァァァン!!!!


 ミユウの大盾が破壊された。勢いを殺されたものの矢は尚も進み、野原に点在する後ろの岩をも粉砕した。


「うおぉい、危ねっ! キレーな俺様に危険なそんな技を使うんじゃねぇよ! 玉の肌が傷付いたらどうしてくれる!?」


 ミユウ自身はギリギリでかわしていて無傷だった。無駄口を叩けるとはまだ余裕が有るな。

 しかし愛用の盾を無くしたことで不利を悟ったのだろう、


「あーあ、今日はここまでのようだな。じゃーな」


 アッサリと女装の管理人は身をひるがえし、己の定位置である生者の塔の近くまで飛び去っていった。

 あれだけの激戦を展開しておいてあっけない。シキの見立て通り、ミユウには殺意が無いのかな?


「ねぇシキ隊長、戦いは……終わったの?」

「ひとまずはな」


 場に残されたのは傍観者をしていた私とシキ。そして一緒に一つの弓を仲良く引いたシスイとエナミだ。

 エナミの弓は発光することをやめ、形状も元に戻っていた。それを確認してからエナミは、かくれんぼをしていた恋人を振り返った。


「シスイ、助力を感謝する」

「………………」


 シスイは躊躇ためらいつつもエナミを気遣った。


「エナミ、脚の傷を手当てしないと」

「するさ。シキも肩を怪我しているから……姉さん、手当てを頼めるかな?」

「え? あ、うん。もちろん」


 エナミがニコニコ顔で指示を出していた。その笑顔が怖かった。


「さてシスイ。手当ての間、あんたにはいろいろと話してもらうぞ?」


 やっぱりだ。もはやシスイはエナミを無視できないだろう。

 また新たな修羅場が生まれそうだと、私は密かに心の中で思ったのだった。

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