キサラとアキオ
「……っ」
アキオが両膝を地面に付けた。私は丸腰となっていた彼の身体を支えて草の上へ寝かせた。
「
シキが即座にアキオの顔から仮面を引き剥がした。荒々しく地面へ叩き付けて、最終的に強く踏んで破壊していた。
アキオの顔が陽の下に晒されたが、私の斬撃を受けた彼は軽く吐血したようで唇を血で濡らし、シキの毒霧で目を赤くして痛々しい見た目だった。
「ごめんなさい、アキオ隊長、二度も苦しませてごめんなさい……!」
謝る私の横にシキもしゃがみ、懐から毒瓶とは別の青い色の小瓶を取り出した。あれは解毒薬だ。シキは毒と解毒薬を常にセットで所持している。
含み毒をしたシキは口に残った毒を唾と一緒に吐き出したが、念の為に解毒薬を少量飲んだ。そして残りをアキオへ差し出した。
「アキオ、おまえも飲むか?」
「いや……いい。飲んだところで目の腫れが引くには……時間が足りんだろう」
アキオとして答えた彼に私は取り
「アキオ隊長!」
アキオは赤く腫れた
「……強くなったな、キサラ」
その言葉だけで私は泣きそうになった。
「隊長、私っ、私は……」
アキオに残された時間は短い。だというのに私は感情の整理が上手く出来ず、大切な想いを口に出せなかったのだ。
戦闘中は「大好き」なんて叫んでおきながら、何なんだろうねこの
エナミが言っていた。人は恋をすると不器用になると。
「アキオさん、姉がお世話になりました」
そのエナミは一度アキオにお辞儀をしてから、部下のシキへ命じた。
「姉さんを頼む。俺はシスイの援護に回る」
シスイが誘導してくれたのか、ミユウと彼は私達から離れた場所で激しい戦いを展開していた。エナミは思い詰めた表情で脚を引き
「シキ隊長、私のことはいいからあなたはエナミと一緒に居て」
「ご主人は大丈夫だよ。さっきの感じを見る限り、ミユウは本気で俺達を殺すつもりが無い」
そうなのだろうか? ミユウ、シスイ、シキ、そしてエナミの間には私の知らない絆が有るようだ。
「周囲は俺が警戒しているから、おまえはアキオに集中しろ」
「うん……、ありがとう」
私は改めてアキオを見つめた。
「アキオ隊長……」
剣豪と呼ばれた優れた技を持つ強い男。運さえ彼に味方していれば世に名を残す剣士となっていただろうに。隠密として汚れ仕事に手を染めて、こんな所でひっそりと逝こうとしている。
「私は、あなたのことをずっと誤解していて、現世ではあなたの優しさに気づけなくて……」
アキオの胸に這わせた私の手の平が、心臓の微弱な鼓動音を拾っていた。アキオは一度死に、仮面によって
「あなたにお礼を言いたくて、それ以上にあなたと生きたいって思ってて、でもそれは絶対に叶わなくて……、私に何が出来るのかなぁって……」
グダグダになってしまった。これが本当に最後なのに。
「だから……だから私……。う、う、ううううう……」
十分の一も自分の本心を言葉に出来なくて、悔しくて私はブルブル震えた。幾粒も涙を彼の身体へ落とした。
そんな私の頭をアキオの大きな右手が撫ぜた。
「……大丈夫……キサラ。伝わってる……」
重傷を負って痛くて苦しいだろうに、彼は微笑んでいた。
「仮面に意思を封じられている間も……おまえ達が見えていた。おまえの声も……届いていた。俺の為に……つらい役目をさせて……しまったな」
アキオは傍らのシキへ視線を移した。
「シキ……、世話をかけたついでにすまんが……キサラのことを頼む……」
「言われんでもそのつもりだよ。だがこのじゃじゃ馬娘、忍びから足を洗えって勧めても大人しく従うタマじゃねーぞ? 弟にそっくりだ」
うん。私はまだ戦う手段を失う訳にはいかない。エナミを護りたいし、イサハヤおじちゃんが国を変えようと戦っている。私も革命に参加したい。
「アキオ隊長もシキ隊長もごめんなさい。私……今までただ命令に従って隠密として生きてきたけれど、地獄へ落ちていろいろ考えた今では、私として国の為に何かをしたいと思うようになったんだ。私がとどめを刺したあの管理人の青年のように」
スラスラと決意表明できた。アキオへ対する想いに関しては口ごもってしまうのに。
呆れられるかと予想していたのに、二人は笑った。
「ほらな? こいつはヤル気だよ。もう止まれねぇ」
「……だな。ふふふ……はははははっ!」
アキオが心底愉快そうだった。
「隊長、怒らないんですか? 馬鹿な真似はするなって」
「……くくく。おまえは……自分の道を見つけたんだ。ここから……おまえは本当の……人生を……生きるんだ」
「本当の人生……」
アキオは再度シキを見た。
「シキ……。ただ……傍に居るだけでいいんだ。あの小隊長と……一緒に、それ……だけで。キサラはずっと……独りだったから……」
「!」
「頼……む」
シキが真顔になった。
「引き受けた。こいつが無茶をしないように傍に居て注意していよう。アキオ、おまえの代わりにな」
「……感謝……する……シキ。おまえのことは……大嫌いだがな……」
「俺もだよ。ばーか」
私は怪我をしていないアキオの左肩に顔を埋めた。
向こうでミユウとの戦いが続いているのに声を上げて泣いた。完全に無防備状態だ。
馬鹿。アキオの馬鹿。ずっと独りだったのは……、孤独だったのはあなたも同じじゃないか。
「ありがとう……ありがとう……。アキオ隊長大好き……」
もうそれしか言えなかった。そして無常にもついに時間が来てしまった。
私の頭を撫でるアキオの手の動きが止まり、肩に乗せていた私の頭がガクッと落ちた。
アキオの肉体が霧散したのだ。
残ったのは寂しいほのかな光。泣き濡れた私の顔のすぐ近くをクルクルと回転して、アキオは地の底へ沈んでいったのだった。
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