クマさんと馬鹿と愛しき者(三)

☆☆☆



 地獄某所。大の男が二人、腕組みをした私の前で正座をして項垂うなだれていた。

 最初はいろいろと言い訳を繰り返していた男達だが、私が彼らの放つ言葉を全て打ち返していたら徐々に大人しくなり、やがて「ごめんなさい」「すみませんでした」しか言えなくなっていた。


「まったく……馬鹿が三人も揃っちゃって頭が痛いわ!!」


 私の嘆きを聞いたトキが「え、俺も馬鹿の頭数に入ってんの?」と小さく呟いた。きっちり入ってるよ。

 だが、おっぱい魔人のトキはまだ可愛い部類の馬鹿と言えよう。問題なのは謝罪を繰り返すカラクリ人形と化した二人──、エナミとシキの方である。

 彼らから地獄へ来た経緯を説明された私は、大げさではなく気を失いそうになった。何て事をしてくれたんだこの二人は。

 頭を抱える私の肩をトキが叩いた。


「なぁおっぱ……キサラ、その辺で許してやれよ。小隊長も分隊長もおまえの手助けをしたくてんだろ? なかなか出来ることじゃないぞ?」

「ええそうね。わよね、こんなコト」


 私の嫌味を受けた二人のこうべが更に下がった。流石にちょっと可哀想になる。でも彼らのした無茶を許してはいけないのだ。


「ねぇエナミ、私はあなたに生きて欲しくて庇ったんだよ? それなのに助かったあなたがわざと、死にそうなくらい身体を傷付けたら意味が無いでしょう?」


 モロに斬られたのが私で良かった。姉としてエナミを護れたことが嬉しかった。それなのに現世のあなたは死にかけているなんて。


「…………ごめん。姉さんの厚意を踏みにじる行動だってことは解っている。でも……」


 エナミが久し振りに謝罪以外を口にした。


「俺だって、姉さんを死なせたくないんだ。これだけは譲れない」


 彼は真っ直ぐな瞳で私を見上げた。ああもぅ。しかっている最中なのに感動して涙が出そうになった。


「ま……キサラ、そろそろ手打ちにしてくれや」


 エナミの隣のシキが脚を崩した。さては痺れたな。


「要はご主人を死なせなきゃいいんだろ? 俺が責任を持って現世へ送り届けるよ。もちろんおまえも一緒にな」

「そんな簡単には……。こっちの世界には死神が居るし」

「必ずやり遂げてみせる。俺の任務成功率は知っているだろう?」

「………………」


 確かにシキは隠密隊の優秀な隊長だった。しかも今の彼は昔よりも活力に溢れて言葉に説得力を感じた。(現世の彼は瀕死状態だが)

 私としても落とし所が欲しかったので、ここで和解することにした。


「……ん。解った、お説教は終わり」


 エナミとシキがホッしたように表情を緩めた。


「でも! 絶対に破っちゃいけない約束だからね? 何が何でも、みんなで一緒に現世へ還るよ!」


 私は握手をしようとエナミへ手を差し出した。


「ああ! ありがとう姉さん!!」


 しかしエナミは手を取ることなく前方へつんのめった。彼の脚も痺れていた。


「~~~~~~っ」


 声にならない声を漏らして山道の上でエナミは悶えた。


「ぷふっ!」


 その仕草が愛らしくて、私は思わず噴き出してしまった。


「現世で小隊長として会った時は大人びて見えたのに、今は何だか印象が違うんだね」

「あ~……」


 エナミはバツが悪そうな顔をして脚をさすった。


「小隊長の時の俺は部下の手前、落ち着いて見えるようによそおっているんだよ。実はいっぱいいっぱいでよく冷や汗を掻いてる」

「そうなの!?」


 現世のエナミは頼もしいリーダー然としていたので意外だ。


「そうだよ。だって俺、二年前までは狩りが得意な村人Aに過ぎなかったんだもん。徴兵されて急遽戦場に駆り出されたんだ。モブ兵士だったのに、今や小隊長で司令の親衛隊にも入ってる。俺の許容範囲を超えてるって」

「は? おたく徴兵だったん? 嘘だろ、戦いの素人村人Aがどうして小隊長になれるんだよ!? 隊長職に就ける兵士ってエリートだぞ! おまけに司令の親衛隊員だって!?」


 早口で喰い付いたのはトキだ。私も気になった。得意げに答えたのがシキだ。


「ご主人にはずば抜けた弓の才能が有るんだよ。これで初陣から大活躍して、我らが大将・上月コウヅキマサオミ様の目に留まった訳だ」

上月コウヅキマサオミ……。俺でも知ってる武将だぞ、スゲェ! 桜里オウリ兵団の次期総大将になるって噂されている人だよな?」


 トキが子供のように目をキラキラさせた。エナミってば、そんな凄い人に認められたのか。


「ねぇエナミ、その弓は父さんから習ったの?」


 私が父さんと過ごしたのは六歳の時までだ。遠い記憶の中の父さんは、背が高い物静かな人で、大きな強弓こわゆみをいとも簡単に扱う優れた射手だった。

 エナミは哀しそうに微笑んだ。


「……うん。父さんが俺に残してくれた最大の遺産だ。この技のおかげで俺は今まで生きてこられたんだ」


 遺産…………。そうか、父さんはもう……。

 やっぱり隠密隊に討ち取られちゃったのか。エナミと父さん、遠い地で穏やかに暮らしていて欲しかったなぁ。


「ん? あんたら姉弟は一緒に住んでないのか?」


 トキが不思議そうに尋ねた。


「あは、ちょっと訳有りでね、州央スオウ桜里オウリとで離れて暮らしていたんだ。つい最近再会するまではね」


 トキが気まずそうに頭を掻いた。たぶん幼い頃に両親が離婚したとか想像したのだろう。それでいい。現実はあまりにもつらくて話したくない。

 伏し目となった私を弟が気遣った。


「ごめんね。父さんが生きている間に姉さんを迎えに行けたら良かった」

「ふふ、謝り癖が付いちゃってるよ、エナミ」


 私は笑い返した。


「いいのよ……父さんのことは。そんな気がしてた。あなたと生きて再会できただけでも私は幸運だよ」


 エナミが私の手を取った。


桜里オウリへ渡った俺達だけど、父さんもね……、州央スオウへ戻って姉さんのこと捜そうとしてた。何年経っても姉さんのことを心配していたんだよ」

「そっか……」


 頼れるお姉ちゃんでいたいので、エナミの前ではあまり泣きたくない。だのに、まばたきした私の目から涙が二粒零れて落ちた。

 私よりも背が高くなっていたエナミが私の頭を撫でる。

 これじゃあ姉弟の立場逆転だ、カッコ悪い。でも今回は仕方がないよね……?

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