クマさんと馬鹿と愛しき者(四)

☆☆☆



「さて、仕切り直しだ」


 私が落ち着くのを待ってからシキが切り出した。


「今日はみんなが持っている情報をまとめることに専念して、生者の塔の攻略は明日からにしよう」

「え? でもまだ日が高いよ。何かしらの行動を起こした方が良くない?」


 私の意見をシキは一蹴した。


「闇雲に動き回っても管理人に魂を刈り取られるだけだ。任務成功の秘訣は情報収集に有るって前に教えたろ?」

「あ……そうでした」


 アキオがつらい身体で前進したのは、自分の肉体のタイムリミットが近いと察していたから。残される私が地獄を少しでも知れるようにと。

 助けてくれたシスイにも忠告されたな。地獄の地形を把握しろって。


「しっかし運良く会えて良かったね。この広い第一階層で再会できるって奇跡に近くない?」


 やっぱり私とエナミは運命の糸に結ばれているのかしら? とか恥ずかしい妄想をしていたら当のエナミにしれっと言われた。


「案内人に聞いたんだよ。姉さんの居場所」

「へっ? あの鳥、そんなことまで教えてくれるの!?」

「聞けばね。聞かない限りは教えてくれない」


 やっぱり嫌な鳥だな。


「それと残念ながら生者の塔の場所は秘密にされるし、管理人の詳しい情報までは持っていないんだ」

「エナミは地獄に来たばかりだよね? 妙に鳥に詳しくない? 落ち着いているし」

「ああ俺とシキ、地獄へ落ちたのはこれで二度目なんだよ」

「ええええええ!?」


 私とトキは目を丸くした。何ですとー。


「はい!? じゃあさ、あんたらは一度生還に成功してるのか!?」

「ああ。こことは違うエリアの地獄だったけど、生者の塔まで辿り着いたよ」

「スゲェ……。マジで現世へ戻れるんだ」


 案内鳥から説明はされたが、塔に行けば魂が現世に還るという話はイマイチ現実味が無かった。だが目の前に成功例が居るのだ。

 トキは興奮したが、私はエナミが二度目の地獄という点にショックを受けていた。


「何で……? エナミは前にも死にかけたの?」


 エナミが苦笑した。


「二年前に徴兵されて参加した初陣でね。活躍はできたけど俺も州央スオウ兵に斬られたんだよ」


 兵士となったエナミ。頼もしくカッコイイ青年に成長したが、死と隣り合わせの生活をしているのか。これは素直に喜べないなぁ。危険な任務に就くのは私だけでいいのに。

 暗い表情になった私を慌ててエナミが気遣った。


「大丈夫だよ、後遺症が出ることなく傷は治ったから。それにね、地獄へ落ちたおかげで俺は州央スオウの人達と親しくなれたんだよ!」

「…………。シキ隊長とか?」

「うん」


 二年前に隠密隊を足抜けしたシキ。地獄に落ちたことで彼の心に変化が生まれたのだろうか。いや、エナミと知り合ったから……?

 シキはエナミを「ご主人」と呼んでとても大切にしているように見える。二人の間には何が有ったのだろう。聞こうとしたら、エナミが更に驚くことを言ってのけた。


「それからね、真木マキイサハヤ殿とも再会できたんだ」

「! イサハヤおじちゃんと!?」


 え、ええ、嘘みたい。イサハヤおじちゃんはエナミと二年前に会っていたの?


「そっか……。姉さんにとってイサハヤ殿は気心の知れたおじちゃんなんだね」


 しみじみと遠い目をしたエナミに私は詰め寄った。


「私も会いたい!! おじちゃんは今どんな感じ?」

「現世に戻ってからは手紙でのやり取りだけだけど、お元気で、革命の為に精力的に動かれているようだ。姉さんのことも心配している」


 私のことも……?


「おじちゃんは私をまだ覚えてくれているの?」

「当たり前だろ。優しいお方だよ」

「……そうだね……。そうだよね……!」


 心が温かくなっていく。イサハヤおじちゃんは昔と変わっていなかった。現世へ戻らなければならない理由がもう一つ増えたよ。


上月コウヅキマサオミに真木マキイサハヤ……。あんたらって凄い人達と繋がりが有るんだな。んで、分隊長は何で頭を抱えてるんだ?」


 トキに指摘されたシキはこの世の終わりみたいな顔をしていた。


「イサハヤ様が現世時間で二日後に、俺達の陣に合流することを忘れてた……」

「あ」


 エナミの血の気も急激に引いた。


「……ヤバイ。姉さんのことで頭がいっぱいになって俺も忘れてた」

「ご主人を半殺しにしちゃった俺、現世へ生還しても絶対にあの人に殺されるよな?」

「えっと、あの、シキどんまい」

「庇ってくれよ!! あの人の場合はシャレんなんねぇからな!」


 さっきまで余裕を持って会話をしていた二人なのに、どうしたことだろう。


「とにかくご主人を無事に現世へ還すことに専念だ」


 明らかに焦っている風のシキ。突っ込んで根掘り葉掘り聞きたいところだが、今は確かに現世へ還る作戦を議論しないと。


「キサラかトキ、おまえ達は生者の塔を見ていないか?」


 見てはいないが私は挙手した。


「仲違いして別れたけど、同行者だった女性が生者の塔の場所を教えてくれたよ?」

「そうなのか? 道順を教えてくれ、図にする」


 私はサエから聞いた情報をシキに渡した。あの時点では私と一緒に行動したがっていたサエ。嘘を吐いてはいないと思う。

 シキは木の枝を使って地面に地図を描いた。覗き込んでトキが頷いた。


「あぁそうそう、俺も湖までは行ったよ。何だ、この先に塔が在ったんか」

「トキはどれくらい地獄に居るの?」

「今日で四日目だな。戦えないもんで、管理人の姿を見つける度に迂回する羽目になるからさ、なかなか探索が進まないんだよ」

「見ただけか……。じゃあ管理人の攻撃パターンは判らないよな?」

「あ、私戦ったよ」


 再度挙手した私へ皆の視線が集まった。


「戦ったの!? 姉さんよく無事だったね」


 管理人と対峙したのは二回。二回目はシスイに救われた。口止めされているから言えないけどね。

 そして一回目は……。


「アキオ隊長が一緒だったからやり過ごせた。彼が管理人を追い払ってくれたんだよ。その後に現世の肉体に限界が来て、隊長は死んじゃったけど……」

「そうか……アキオが……」


 彼を知るシキが目を伏せた。


「たったの数時間だけだったけどね、アキオ隊長は私と居てくれたんだ」


 彼が居なかったら、一回目の管理人戦で私は死んでしまっていただろう。そしてエナミと永久に会えなくなっていた。

 アキオのことを思い出すと哀しいけれど、彼のことをもっと話したい。あの素敵な人をみんなに知ってもらいたい。

 私はシキとは逆に胸を張った。

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