彼(一)

(やったぁ!)


 大きな一撃。しかし私の身体はビキッと痺れるように硬直した。あんだけ蹴られてダメージを受けた肉体で立ち回るのは無理が有ったか。


「うぎっ……」


 その場に崩れ落ちた私へ、アッパーでぶっ飛ばした管理人が乱暴に固い土を踏み鳴らしながら近付いた。激怒しているな。口と鼻から血ぃ出ちゃってるもんねぇ。私はもっと酷い状態だけど。

 血をぬぐってから奴は鎌を握る手に力を込めた。碌に動けない私は絶対絶命。


(まだ終わってない!)


 ホルダーには二本の十字手裏剣が残っている。これで戦い抜いてやるんだ。諦めないと決めた。

 管理人が鎌を振り上げ、私は手裏剣に手を伸ばした。

 その瞬間だった。


「停止」


 涼しげな美声が場に響き、管理人がピタッと動きを止めたのだ。「だるまさんが転んだ」で鬼が振り返った時のように。


(え? 何……?)


 私は腕を支えにして痛む上半身を起こした。そして私の目は止まった管理人の横に居る「彼」を見つけた。


(誰……?)


 細身で長身の青年が静かに佇んでいた。

 後ろに束ねた艶やかな長い黒髪が風にたなびいている。私を捉えるのは濡れたような憂いを帯びた瞳。女性とも見紛みまごう美貌。


(何て綺麗な男なんだろう……)


 通常ならここで見惚れるのだろうが、私の好みには渋さと筋肉が足りなかった。スラリとした「彼」はどんな服も着こなせそうだが、私は鎧が似合うガッシリ体型が好きなのだ。


「おまえは」


 青年が言葉をつむいだ。


「仲間からの裏切りに遭い、管理人の猛攻を食らいボロボロになりながらも、生きることを諦めなかった」


 声は文句無しに素敵。濁りが無く爽やかだ。通りがいい。


「その意気を讃えて一度だけチャンスをやろう。この管理人の動きを三十分止めてやるから、その間にできるだけ遠くへ逃れて身体を癒せ」


 管理人の動きを止める? 振りかぶった姿勢で管理人が止まったままなのはこの人のおかげなの!?

 それと最重要事項、逃げていいの!?


(あ……!)


 私はひらめいた。管理人から助けてくれる美丈夫さん。この人ってばハセ爺ちゃんが話していたあの「彼」ではないだろうか。


「どうした、早く逃げるといい」


 そうだった。今は生きることが先決。取り敢えず逃げることが許されたのだ、ここで死ななくて済みそうだ。

 私は立ち上がろうとしたのだが踏ん張れず、べちょっと尻餅を付いてしまった。うわ~、ダメージが深刻だよ。歩くことも無理っぽい。こうなりゃほふく前進だ。


「………………」


 腹這いでにじにじ進む私を見た綺麗な青年は溜め息を吐いた。彼は私へ近付くと両手でひょいと持ち上げて、私の身体を肩に担いだのであった。


「ふぉわっ!?」


 急に目線が高くなったので動揺した。あと胃の辺りが圧迫されて地味に気持ち悪い。


「動くな。身を隠せる場所まで連れていってやる」


 あら、美丈夫さんたら凄く親切。それに細いのに意外と力持ちだね、エナミみたい。あ、でも……。


「すみません……いてて、刀と手裏剣を拾いたいのですが」

「装備品もおまえの魂の一部だ。時間が経てばおまえの元へ戻ってくる」


 何て便利な世界。

 感動していると、青年が私を担いで荒れた土地を引き返し始めた。


「ああっと! できれば反対側へ運んでもらえませんか?」

「おまえ……よくこの状況で要望が出せるな」

「すみません。生者の塔が向こう側に在るって情報を得たので、どうせなら」


 青年はまた溜め息を吐いた。


「まずはあの山に行け。身を隠せる樹が在るし、高所からなら地獄の広範囲を見渡せる」


 サエは林の方へ戻った。私が山に行けば会わなくて済むけど……でもなぁ、タイムロスがなぁ。

 私の心の中を読んだかのように青年が助言する。


「急がば回れだ。地形を把握することも地獄を攻略する上で重要な点だぞ。そして彷徨さまよう人間を見つけて仲間にするんだ」

「仲間……」

「連れに裏切られたおまえには酷な提案かもしれないが、ここでは仲間が多い方が断然有利になる」

「………………」

「俺も初めて地獄へ来てからしばらくは山で過ごした。そして仲間を得た」


 あれ? この人も私達と同じなの? でも管理人を止める能力が有るしハセ爺ちゃんを助けた。

 疑問を抱いた私は直接聞くことにした。


「あの……ハセと言う老剣士を知りませんか?」

「さあ? その剣士がどうかしたのか?」

「ハセさんは私の知人なんです。かつて地獄に落ちて管理人に殺されそうになった時に、あなたみたいな綺麗な顔をした男性に助けてもらったそうです。地獄の話を現世で広めるように言われたって」

「ああ……」


 青年は思い出した様子だ。


「あの老人がその剣士だったか……。確かに知っている。ここではない別の地獄で会った」


 やはり青年はハセが話したあの人だった。しかし別の地獄とは?


「ハセさんも第一階層に落ちたと話してましたよ?」

「同じ第一階層でもここではない。地獄は現世に合わせてエリア分けされているんだ。あまり広いと管理が大変だからな。ここは州央スオウ国のフタゴカミダケ地方と繋がるエリアだ」

「そうなんですか?」

「ハセと言う剣士に出会ったのは、同じ州央スオウでもユカサ地方の下に在る地獄だ」


 ユカサ地方……。イサハヤおじちゃんが決起した土地だ。真木マキ一族が多く住んでいる。


「いろいろ事情に詳しいんですね」

「……今の俺は地獄の住人だ。一度完全に死んでから地獄の為に働いている。あの管理人や案内人のようにな」


 死んだ魂は下層へ送られると案内人から聞いた。下層では何が行われているのだろう。生前の罪に合わせた刑罰を受けたり? 地獄の住人に転身したり?

 管理人に命令できるこの青年は、きっと地獄での地位が高い人だよね。


「親切なあなたに仲間になってもらいたいけれど……、それはできないということですね?」

「そうだ」

「せめて助けてくれた恩人の名前を教えて下さい。私はキサラと申します」

「キサラ……?」


 私を担ぐ青年の肩と腕が震えた気がした。




■■■■■■

 謎の青年(前作を知っている方にはバレバレ)と、だるまさんが転んだ状態の管理人のイメージイラストは⇩から見られます!

 https://kakuyomu.jp/users/minadukireito/news/16818093080186665646

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る