覚醒(一)
……私は何時間か振りに
「……昼間……か」
アキオが消えてしまった後、私はその場を離れられずに林の中でずっと泣いていた。その内に辺りが暗くなってきて、地獄に夜の
大発見。地獄にも現世と同じく昼と夜の区分が有ったのだ。地の底のはずなのに、疑似太陽や月が存在しているようだ。
(ということは、太陽の位置によって東西南北を知ることができる?)
そんなことに意識を回せるなんて私はずいぶんと冷静になれたようだ。昨日は泣き喚くばかりでサエを呆れさせたのに。
おや……そう言えば彼女の姿が見えない。動こうとしない私に見切りをつけて何処かへ行ってしまったか。
泣き疲れて寝落ちしてしまったらしく、今の私は大の字で地面に横たわっている。スタート地点の岩山に比べたら土の寝具は非常に寝やすかった。
(雲で一番明るい部分……、あそこに太陽が在るんだよね? ほぼ真上ってことは正午くらいか)
地獄時間でだが、アキオと別れてから丸一日以上経過しているようだ。彼が生きていたら時間を無駄にしたと雷を落とされただろう。
(頑張らなきゃ)
アキオは最期まで私を心配していた。束の間の恋心だったが彼の期待には
立ち上がった私の身体に異常は無かった。ここまで生き延びられたということは、
(エナミが頼んでくれたんだね)
実姉とは言え私は
(一方通行の想いじゃなかった。エナミも私を忘れずに捜していてくれたんだ)
柔軟体操をしていると向こうから歩いてくる人影が見えた。軽く身構えたが大丈夫、あれはサエだ。
「あ、キサラさん良かった。元気になったんですね!」
サエは私の復活を喜んだ。
「……まぁね。どこ行ってたん?」
「あ、ええと……、近くを偵察していました!」
おそらくは盾になってくれる戦士を捜しに行ったのだろうな。そして見つからず、仕方無く私の元へ戻ってきたというところか。
サエはちゃっかりした性格のようだが責める気は無い。戦えない彼女も地獄で生き延びようと必死なのだから。
「サエ……さんはこの世界へ来てどのくらい経つの?」
昨日は呼び捨てにしてしまったが、彼女は私より年上っぽい見た目だ。さん付けすべきだよね。
「十五、いえ十六日目です」
意外な日数を出されて驚いた。
「そんなに長く居るの!? 隊長みたいに身体から力が抜ける感じって有る?」
「?」
「いや、あなたの現世の肉体は大丈夫なのかって」
「ああ……。私は職場で治療を受けているので、しばらくは
「そっか、看護婦だもんね。治療って病気?」
「はい。患者さんから感染しました、熱病です」
「……つらいね。看護婦として頑張った結果がそれじゃあ」
「そうなんですよ!」
急にサエの声が大きくなった。
「結婚もせず医療所にずっと貢献してきたんです! 看護婦の仕事って本当にキツくてそれでも頑張ってきたのに、熱病をうつされて地獄に落ちるなんて!! 私がいったい何したって言うんですか!!」
彼女も大きな葛藤を抱えていた。そりゃそうだ。
「解るよ。私も人生に理不尽さを感じてるから」
「あ……、すみません興奮してしまって」
「いいよ。こうなったら意地でも現世へ生還しなくちゃね!」
私は明るい声でサエを鼓舞した。はっきり言って民間人の彼女を連れ歩くのは足手まといだ。でも、これも何かの縁だと思うようにした。
嫌で嫌で堪らなかった隠密隊。だけれどアキオみたいなイイ男が潜んでいて心を通わせることができた。無駄なことは無いんだって信じたい。
「あなたが来た方角は安全なんだよね?」
「今のところは……。今日はまだ管理人らしき姿を見ていません」
「よし。さっさと移動しちゃおう」
私が前を歩き、サエがその後ろを付いてくる。
「サエさんは生者の塔を見たこと有る? 白い建物らしいんだけど」
「はい。こちらへ来て三日目に見つけました」
「見つけてたの!? どっち!?」
「このまま歩いている方角に林を抜けて、それから左手の荒れた土地を越えて、また丘が在って……ええと、最後に大きな湖をぐるっと回った先です」
「歩いてどのくらい?」
「そうですね、六時間から七時間……? 何事も無ければ暗くなるギリギリ前には着くと思います」
何事も無ければ……か。
「でもですね、塔の近くには常に女性の管理人が居るんですよ」
「女性」
「女性でも強いですよ? 挑んだ人達は全員やられてしまいましたから。私は管理人が何処かへ行ってくれるのを期待して、隠れてじっと待ったんです。だけど一日経っても管理人は塔から離れませんでした。塔の側が彼女の定位置みたいです」
「なるほど」
そいつは塔の見張り番をしているのね。
「それどころか夜になると、別の管理人も合流したんですよ。暗くてよく見えなかったけど、昨日キサラさん達が戦った男の管理人だと思います」
「夜だけ?」
「はい。明るくなったら男の管理人は別の所へ飛んでいきました」
夜は生者の塔の守りが固くなるみたいだ。攻略するとしたら昼間の内だな。
そうこうしている内に、私達の体を隠してくれる木の生える間隔がだいぶ空いてきた。林を抜けたのだ。
「サエさん、ここからは注意して進むよ?」
「はい」
次は荒れた土地だったな。視線を動かすとサエの情報通り、左手に乾燥してひび割れた茶色い大地が見えた。
「これは……」
木どころか草すら生えていない。あの地帯を歩けば空からも横からも丸見えだ。
「他の道は無い?」
「迂回しますと山越えをすることになります。塔まで二日かかりますよ?」
近道をすれば七時間。遠回りしたら二日間。時間差が大きいな。
「サエさんはどっちの道を進みたい?」
「近い方で。山を通った時は遭遇こそしませんでしたが、獣の鳴き声がしたんです。管理人ですらない獣に喰われて死ぬなんて御免です」
「了解。じゃあ急ぎ足であの干からびた土地を抜けちゃおう!」
私とサエは小走りで荒れた土地へ入った。
固い土が凸凹していて、気をつけないと足を取られて転んでしまいそうだ。けっこうな速足で進んだがサエは遅れずに付いてきた。彼女が健脚で良かった。
しかしちょうど半分くらい来た所で、空をあいつが横切ったのだ。
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