望まぬ邂逅(二)
(空を飛べるって反則でしょ!)
地獄で最も会ってはいけない相手。それと
元は人間だって案内鳥から聞いていたから、歩いてくるものとばかり思っていたよ。そのせいで上空への警戒を怠っていた。
仮面で顔の上半分を隠した男の管理人は、土に突き刺さった大鎌の先を抜いて左右に別れた私達を見た。どちらを先に
ビュオンッ。
とか思ったら野郎、両手で握った大鎌を旋回させて二人同時に狙ってきた。
「!」
「くっ!」
アキオは更に後退、私は上半身を後ろへ大きく逸らせて大鎌をかわした。少しフラついたが倒れずに済んだ。
「わ!」
ホッとする間も無く管理人が私へ距離を詰めてきた。そして横へ鎌を振った。大きな得物を扱っているのに動作が早い。生前は武芸者でおまけに能力を底上げされているんだっけ。
後ろへ飛んで逃げたが態勢を崩していたので足がもつれた。鎌の刃先は当たらなかったが私は地面に尻餅をついてしまった。
そこへ迫る管理人。
(待て待て待て待て、ちょっと待て!!)
今度は縦に、私の頭上から下へ大鎌が振られた。無我夢中で左へ逃れた。ズグッと大地が
ギリギリかわせたはずなのに腕の皮膚が広範囲裂けていた。鎌から発生した風圧のせいだ。
(こいつヤバイ! 勝てない……!)
戦ってはいけない相手と対峙すると本能で解るそうだ。百戦錬磨のハセ爺ちゃんでさえイサハヤおじちゃんの前に立った時、刃を交える前から既に「勝てない」と悟ったと言っていた。
無慈悲に煌めく大鎌の
タタタタタッ。
私を死の運命から救ってくれたのは、管理人の後方へ走り寄ってきたアキオだった。
彼の接近に気づいた管理人は振り返りざまに鎌を横へ振ったが、アキオは冷静に斜め後ろへ飛んで避けた。そして再び踏み込んで管理人の二の腕を浅く斬った。
赤い線が一本、管理人の白い衣装に入った。血だ。
「!……」
身体を傷付けられた管理人は仮面の奥からアキオを睨んだ。私から彼にターゲットを変えて大鎌を何度も振るう。しかしアキオはそれらをことごとくかわし、踏み込んでは浅く斬るを繰り返した。
通常の人間より早い動作ができる管理人だが、大きく長い武器を振るう度にどうしても隙が生まれる。アキオはそこを突いて、地味ながらも確実に相手へダメージを与えていった。改めてアキオが優れた剣士なのだと私は認識した。
(ここで駄目押し!)
腰のホルダーから十字手裏剣を一つ取り出して私は管理人へ投げ付けた。奴はアキオに意識を集中していたので、手裏剣はノーガードの右太股へ容易く突き刺さった。サクッとね。
「!」
不意に攻撃を仕掛けられ、管理人は思わず手裏剣を投げた私へ視線を移した。そしてそれを見逃すアキオではなかった。
本日初めての大振り水平斬りで、管理人の腹へ深く刀を沈めた。
「くふっ」
吐血しながら管理人は翼を羽ばたかせた。空へ逃れようというのだ。
「させるか!」
私は手裏剣を投げた。それは管理人の左の翼に刺さったが、一枚分のダメージでは飛行を止められなかった。もう一枚投げようとした時には、管理人は
フラつきながらも管理人は上昇を続け、ついには空を覆う暗い雲の一つに吸い込まれるように消えた。
「仕留め損ねたな」
残念そうにアキオは呟いて、管理人の血が付いた刀を自分の服で
内臓が傷付けられたら普通は致命傷なんだけど……、切断された手足が生えてくるという地獄だからなぁ。明日には管理人、元気に復活していそうだ。
でも死神って称されてるわりには強くないかも? いや私だけだったら確実に殺されていたけどさ、アキオは良い勝負をしていたよね?
「すみません。私が足を引っ張りました」
それなりに強いと自負していたのだがアキオに比べたら子供も同然だった。
好きでもない男と寝る任務は嫌だったけど、肌を重ねると相手が油断してくれるので殺しやすかった。そういった任務に回されていたから、私は今まで生き残ってこられたんだなと思う。
「二人居たから管理人の集中力を分散できたんだ。……腕の傷を見せろ、止血する」
アキオは私を責めることなく逆に気遣った。ヤバイ、こんな切羽詰まった状況なのにアキオがイイ男過ぎて惚れそう。今日一日だけで何度彼を見直したのか。
「あのっ、手当なら私がします! 看護婦なので得意です!」
急に知らない女の声が横から響いた。
んん? 見ると少し離れた所に生えている木の陰から女性が姿を現して、おずおずとこちらへ歩いてきた。管理人戦に気を取られていて、他にも人が居たなんてまるで気がつかなかったよ。
近付いた彼女を観察すると三十歳前後で薄化粧、癖ッ毛だが髪の毛を綺麗にお団子状に
「……あなたは? 独りなの?」
村娘に扮したキキョウとヒサチカ姉弟にまんまと騙された私は、緊張感を持ったまま女へ尋ねた。
「私はサエと言います。今は……独りです」
「今は?」
「はい。地獄に落ちてから何人かの人と知り合ったのですが、みんなあの管理人に殺されてしまいました……」
「………………」
「私は戦えないから……ずっと隠れていたんです」
サエと名乗った女は私の左手へ手を伸ばしたがアキオが拒絶した。
「こいつの手当は俺がやる。俺達に関わるな」
彼もサエを警戒しているようだ。アキオは私の腕を掴み、指で圧迫止血を試みた。いてててて。
「あなた達……凄く強いんですね! お願いします、私も一緒に連れていって下さい!!」
冷たくあしらわれてもサエはめげなかった。気持ちは解る。こんな世界に戦う
だがアキオの態度は変わらなかった。
「悪いが民間人を護ってやれる程の余裕は無い。あんたはあんたで隠れて管理人をやり過ごし、生者の塔を目指すといい」
「そんな……! 私も少しはお役に……」
サエの返答を最後まで聞かずにアキオは、私の怪我をしていない方の腕を引っ張ってさっさと歩き出した。
残されたサエを少し気の毒に思ったが、知らない人間を傍に置きたくないアキオの判断に私も賛成だった。大勢で行動すると目立つという点も避けたかった。
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