地獄の第一階層へようこそ(三)

『脅かしてしまいましたが、先ほど申し上げた通り第一階層は死と生の狭間、完全に死んでいないあなた達には、現世へ生還できる救済措置が適用されます』


 最も知りたかった情報だ。私はゴクリと唾を吞み込んだ。


『場所は教えられませんが、この階層の何処かに生者の塔と呼ばれる建造物が在ります。生きている間にそこへ到達して中の石碑に手をかざせば、あなた達の魂は現世の肉体へ戻ることができます』


 生者の塔……、それがハセ爺ちゃんの言っていた白い塔ね!

 案内鳥はここで区切りをつけた。


『これが基本情報です。質問が有れば答えられる範囲で答えます。私はすぐに別の魂の元へ説明に飛ばなければならないので、気になった点は今の内に聞いておいて下さい。はい、質疑応答タイム、スタート!』


 何かノリが軽いな。地獄に落ちたことは私達にしてみれば大事件なのに。他人事だと思ってこやつは。

 引っ掛かるものは有ったが取り敢えず第一の質問をした。


「私達の他にも誰かここへ落ちているの?」

『はい。病気や事故、老衰で毎日誰かしらの魂が落ちてきています。現在は国が荒れているようですね、半年前から兵士らしき魂も頻繫に落ちています』


 半年前か。内乱が始まった頃だね。


「あの、モロと言う人は来たかな……?」


 アキオがハッとした顔で私を見た。不潔でスケベな男だったけど、モロも仲間だったからね、一応はね。


『魂にいちいち名前を尋ねないので対象者が判りません。何か特徴は有りますか?』

「ええと、髪がボサボサの中年男で、前歯が二本無かった。モロさんも同じ場所で私達と一緒に負傷したんだけど……」

『該当者は居ません。おそらく即死して、既に下の階層か極楽へ旅立ったのでしょう』

「そっか……」


 現世で散々人を殺めてきたモロは極楽には行けないだろう。喉仏を突かれて助かるとも思えない。となると即死した彼は、ここから更に下へ落ちたんだな。

 アキオが息を吐いてから次の質問をした。


「肉体と魂が分離している状態というのがよく解らんのだが……。俺達には身体も心も存在しているだろう?」


 アキオの意見に賛成だ。傷は消えて無くなったが、この身体は毎日見ている紛れもない私のものだ。服装だって。

 しかし鳥は否定したのだった。


「いいえ。今のあなた達は魂だけの存在です。今在る身体と服と装備品は、記憶から具現化された仮初かりそめのものなんです」

「えっ」


 魂だけの存在!? 私達が!?


「身体を具現化させただと? そんなあやかしの術みたいなことが出来るものか」

『出来るんですよ。地獄に現世の常識は通用しません。武器を持っているということは、あなた達も兵士か用心棒ではないですか?』

「まぁ……それに近いものだ」

『現世で大怪我をして、それで瀕死状態になったのでは?』

「……そうだ」

『その傷が消えて不思議に思いませんでしたか?』

「………………」


 アキオは黙ってしまった。鳥の言う通り、この身体は私達本来のものとは違うのだろう。仮初めか……、不安定な存在っぽいな。


『あまり落ち込まないで下さい。魂だけだからこその利点も有ります。まずは傷が短時間で治る点。致命傷さえ受けなければ、休息を取ることで何度でも復活できます。腕や脚の一本がもげたとしても、止血をちゃんとして寝ていれば半日程度でまた生えてきますよ』


 何か凄いことを今サラッと言った。


『まぁ首がもげたら流石に無理ですけどね。ハハハ』


 当事者であるこちらは一切笑えない。やっぱりコイツ他人事だと思っている。


『それと飲食が不要です。排泄行為も。実際には肉体が無い訳ですから』


 そう言われてもまだイマイチ信じられない。


「私さっき涙出たよ? 鼻水も……」

『記憶に在る感覚を魂が再現したんです。ですから不要ではありますが、その気になれば物を食べて味覚を再現することもできます』

「そうなんだ……。じゃあ、硬い岩肌でお尻が痛いって思うのも感覚の再現?」

『はい。痛みも再現されます。ですから管理人に見つかって刈られる時は、魂だけなのに致死レベルの痛みを感じることになります』

「うげ……」

『なので上手く管理人をかわして生者の塔を目指して下さい。大事なことなので重ねて申し上げますが、首をねられたら復活は不可能ですからね。ハハハハハ』


 石を投げて鳥を落としたい気分に駆られた。

 アキオが怒りを抑えて別の質問をした。


「俺は数分で絶命するはずの重傷を負ったのに、まだ生きているのは何故だ? 胸に矢を受けてから体感時間で、少なくとも三十分以上経っているはずだ」

『良い質問です。地獄と現世では時間の流れる早さが違うのです。地獄の一時間が現世の一分に相当します』

「そうなのか!? ではまだ現世では一分も経っていないのか……」

『はい。この時間差こそが、彷徨さまよう魂に与えられた最大の恩恵かもしれないですね』


 確かに。地獄と現世の時間の流れが同じだったら、私とアキオはとっくに死亡していた。モロのように下層へ落ちていただろう。


「管理人も死んでいると言ったが、元は人間だったのか?」

『そうです。死んだ人間の中から、武芸に優れて尚且つ高潔な人格の持ち主が統治者によって選出されます』

「統治者とは……?」

『言葉通り、地獄を統治されるお方です。この世界の王様ですよ』


 私とアキオは顔を見合わせた。どちらの顔にも不安の色が浮かんでいたと思う。地獄の王様……、絶対に怒らせちゃいけない相手だな。


「……管理人は倒してもいいのか? 統治者に断罪されるか?」

『大丈夫です。ただし管理人はとても強いです。生前の能力を底上げされている上に、統治者から神器を与えられています。出会ったら戦わずに逃げることをお勧めします』


 隠れて進んで生者の塔を目指すが吉か。


『さて他に質問は無いですか? もう出ませんか? 満足しましたか?』


 かさないでよ。まだ地獄に来たばかりで混乱しているんだからさ。


『無いようなので、私は他の魂の元へ参ります』


 野郎。質問受付を締め切ったよ。


『それではお二人に幸が多からんことを!』


 心にも無い祝福の言葉を残して、黒い案内鳥は大空へ飛び立った。私とアキオは白けた表情でそれを見送った。

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