地獄の第一階層へようこそ(二)

「……落ち着いたか?」

「…………はい」


 アキオの問い掛けに答えた私だが、どちらかと言うと「落ち着いた」のではなく「諦めた」に近いのだろう。

 泣き喚いても現状は変わらなかった。だったら事実を受け止めるしかない。六歳の時に隠密隊へさらわれてきた時もそうだったな。


 両目の涙を右手の甲でぬぐってアキオを見た。泣きたいだけ泣かせてくれるとはこの男、死ぬ前にも思ったけれど案外イイ奴なのかもしれない。私に見つめられてアキオは居心地悪そうに顔を背けた。


「ここが死後の世界だとして、私達はこれからどうしたらいいんでしょう?」

「そうだな……。神か鬼が出ると思ったんだが、景色を見る限りでは生きていた世界とあまり変わらない感じだな。街や村は見当たらないが」


 私達はけっこうな高所に居たので広い範囲を見渡せた。

 ふと私は隠密隊の最年長メンバーのことを思い出した。


「そう言えばハセさんが教えてくれました。地獄には針の山も血の池も無くて、雲が多くて空がどんより曇っていたって」

「ハセ爺さん……。ああ、あの人は瀕死状態になった時に地獄へ落ちたとか言っていたな」


 アキオは薄暗い曇り空を見上げた。


「与太話だと思って俺は聞き流していたが……、まさか爺さんは本当に地獄へ落ちていたのか?」

「かもしれないですね……」


 本当に在ったんだね死後の世界は。やっぱり私は極楽じゃなくて地獄へ落ちちゃったんだな。

 ………………ん?

 ………………んん?


「あっ!!」


 急に大きな声を私が上げたのでアキオが驚いてった。


「何だ」

「ハセさん、ハセさんですよ!」

「あの人がどうした」

「ハセさんは生還してるんです! 彼は地獄に落ちても現世へ戻る方法が有るって言ってました!!」


 私の瞳に希望の火が灯った。ひょっとしたら私も生還できるかもしれない。そうすればエナミにまた会えるじゃない!

 アキオも興味を持ったようで身を乗り出した。


「その方法とは何だ!?」

「ええと……ハセさんは綺麗なお兄さんに助けられたって、でも他にも白い塔がどうとか」

「綺麗なお兄さん? 白い塔? もっと解りやすく説明しろ」

「待って、今思い出すから待って下さい」


 私はハセ爺ちゃんから得た情報をまとめようと頑張った。しかし脳が興奮して上手くいかない。

 だってまだ諦めなくてもいいんだよ!? 現世へ戻って今度こそエナミとハグができるかもしれない!! それでもってあのサラサラした髪を撫で撫でして、「あーん」でご飯を食べさせてあげるの!

 私が愛しい弟と再会した際の妄想に取り憑かれていると、頭上からバサバサッと羽音がした。

 アキオと一緒に音の方へ視線を移すと、そこにはカラスに似ているがそれよりも二倍以上大きい、クチバシが青く光る黒い鳥が飛んできていた。


『遅れてすみません。他の魂の所へ行っていました』


 丁寧口調な第三者の声が場に響いた。しかしここにはアキオと私と大きな鳥しか居ない。


「?………………」


 私とアキオは顔を見合わせた。


「今何か聞こえなかったか?」

「遅れてすみませんとか聞こえました。でも誰も居ませんよね?」

『喋ったの私ですよー。もしもーし』


 斜め上の空中でホバリングしている黒い鳥のクチバシから出ていた。人間の言葉が。


「えええええ!?」


 私とアキオは座ったまま後退あとずさった。岩肌地面にれてお尻が痛かった。


「鳥が人の言葉を話しているだと!?」

『はいどうも。私は地獄の第一階層の案内人を務めている者です。宜しく』


 案内人? そうだ、案内人についてもハセ爺ちゃんから聞いていた! 地獄では人の言葉を話す鳥がいろいろ教えてくれたって。……聞いていたけれど、実際に人語を操る鳥に遭遇すると凄い衝撃だよ。

 鳥の声を聞いた印象では中年男性のようだ。腰が低くて、アキオのような凄みは無い。


「鳥なのに案内なのか?」


 アキオが突っ込んだ。私も同じ感想を持ったっけ。


『はぁ。今はこんな姿ですが、生前は私もれっきとした人間でしたので』


 え、死んだ後に人間から姿を変えられたの? いつか私達もそうなる?


「生前とは……やはり俺達は死んでいるのか?」

『あ、死んでいるのは私と管理人です。お二人はまだかろうじて生きていますので安心して下さい』

「管理人?」

『順序立てて説明しますので静かに聞いて頂けませんか? 話が進みません。最後に質疑応答の時間を設けますので』


 事務的な物言いを鳥にされて私達は黙った。コホンと、明らかな咳払いの音をさせてから鳥は説明を始めた。


『改めまして、お二人が居るここは地獄の第一階層になります。ようこそ』


 地獄に落ちたことを歓迎されたくない。


『第一階層は地獄と生者の世界の境目に位置します。こちらへ来た皆さんは肉体から魂が分離してしまっていますが、現世の肉体は瀕死状態でまた生存しています』


 !…………。

 生きている、やっぱり私とアキオはまだ生きているんだ!!


『現世の肉体が完全に生命活動を停止した場合、魂が下の階層へと運ばれますのであまりのんびりはできません。管理人に魂を刈り取られた場合もそうです』


 私の喜びは束の間だった。鳥が不穏なことを言い出した。


『管理人は第一階層に通常三名が在籍していますが、現在は欠員が出て二名となっております。彼らは死にきれない魂を刈り取って、下の階層へ送ることを仕事にしています』


 死にきれない魂を刈り取る……。それって瀕死状態の私達にトドメを刺して殺すってことだよね?

 ハセ爺ちゃんは管理人がヤベェと言っていた。彼らを何と形容していたっけ。


『管理人よりも、と呼んだ方がしっくりくるかもしれないですね』


 そうだ、死神。地獄の第一階層には死を司る恐ろしいモノが存在するのだ。私は唾を呑み込んだ。

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