再会(二)
「しっかり、すぐ手当てをする!」
モロを排除したエナミが私へ手を伸ばした。頼もしくなったなぁ、あんなに小さかった弟が。私は彼へ微笑んだ。
「…………っ」
しかし上半身を抱き起された瞬間、背中の痛みで私はせっかく作った笑顔を引き
「ね、姉さん………?」
私の背中に回した彼の右腕と、接触した腰部分がぬらりと大量の鮮血に濡れていたのだ。軍服の赤色が更に濃くなっていた。
「出血が酷い! 止血をするからシキ、手を貸してくれ!!」
背中の傷だから私からは見えないけれど、慌てたエナミの様子で酷い状態なんだと判った。
「ここで何とかするより一刻も早く軍医殿に任せた方がいい。セイヤ、軍師殿のテントまで走れッ! 緊急手術の準備をしてもらうように伝えろ!!」
緊迫した声音で叫んだのはシキ。「おう!」と短く返事をしたセイヤは大股で駆けていった。え?
シキが身体を屈めて私の様子を窺った。
「キサラ、意識は有るな? 毒を受けた感覚は有るか?」
刃に毒を塗れば浅い傷でも相手を死に至らしめることができる。だから忍びには毒を扱う者がチラホラ居る。ただし毒物は管理が大変なので、シキのような几帳面な性格でないと向かない。
モロはいろんな面で大雑把だった。それにアキオもそうだが剣の腕に自信が有ったので、毒という小細工を使うメンバーを見下している風だった。
「……た、たぶん……大丈……夫。痺れたり……は……してない……」
あれ。お腹に力が入らなくて上手く声を出せないや。
エナミが担いでいた矢筒を地面に降ろし、代わりに私の身体をその背に乗せた。いてててて。あ、小柄だけどエナミってばけっこう筋肉が付いているんだね。着瘦せするタイプだ。
「ご主人、キサラは俺が運ぼう」
「いい、俺がやる!」
エナミはシキの勧めを退けて、私を背負ったまま足早に草原を歩いた。隠密姉弟のキキョウとヒサチカが何とも言えない顔をして私達を見ていた。
アキオとモロの
「エナミ小隊! 隊長を護衛しつつ陣へ帰投する!」
シキの号令を受け、高台に居た兵士達が一斉に走り寄ってきた。そして私達を円で囲むようにして行進した。
凄いよエナミ。二十人もの兵士があなたを護っている。私達の隊長だったシキまで従えているし、
小隊の兵士達は全員が若く見えた。十代らしき幼さが顔に残る者も。新設された部隊なのかな?
「姉さん、軍医殿のテントまではすぐだからね。気を確かに」
エナミが歩きながら私を励ましてくれる。ふふ、「姉さん」かぁ。二歳の時は「ねーね」だったのに。
弟の成長が嬉しくて自然と頬が緩む。姉特権でここはギュッと抱きしめておこう。背後からギュッと。
(……あれれ)
身体の感覚が何だか鈍い。私の両の腕はエナミの肩から胸にかけてダランと垂れていた。
彼を抱きしめたいのに、どんどん身体が重くだるくなっていく。
(何だか気持ち悪い……。目が回る)
ついには頭の重みすら支えられなくなって、エナミの右肩へ突っ伏してしまった。
「姉さん!?」
身体がいうことをきかない。
「キサラ踏ん張れ! あとちょっとで着くから!」
シキが発破をかけてくる。
あんたってもっと人を食ったような男じゃなかったっけ? 励ましたりもするんだね。語尾を伸ばす話し方をしていないし、足抜けして二年の間にずいぶん印象が変わった感じ。
(あ……ヤバイ、これは……)
視界が暗くなってきたところで、私は自分が死にかけているんだと今更だが気づいた。
傷が深く内臓まで達していた? それとも血が流れ過ぎたのだろうか。
(待って待って待って)
今は嫌。やっと弟に会えたんだよ?
再会してこれからってとこで私は死ななきゃならないの?
神様が居るとしたらコレ酷くない?
「道を空けろ! 小隊長を通せ!」
ガヤガヤ大勢の人の気配を感じる。
頭を上げて周囲を見渡す余裕が無いや。目がほとんど見えない今となっちゃやっても意味が無いか。
「こっちで……」
「早く……して……」
ああーもう、聴覚も利かなくなってきたよ。みんなが怒鳴っているらしいのに音が遠くて聞き取れない。指先が冷たい。私いよいよ死んじゃうみたい。
(エナミ……)
死にたくない。
弟と話したい。抱きしめたい。
(エナミ……)
こんなすぐに別れが来るなら再会しなけりゃ良かった。エナミが生きているって知った今、私の中には沢山の欲が生まれてしまった。
最期に会えたからそれで満足なんて、そんな殊勝なことを言って死ねるほど私は出来た人間じゃない。もっともっとエナミと居たいよ。離れていた十七年間を上書きできるくらいに触れていたいよ。
涙が溢れた。馬鹿、こんな所に力を使ってる場合じゃない、命を繋いでよ。
(エナ……ミ……)
音にならない声で私は弟の名を呼び続けた。
エナミと密着しているはずなのに寒い。もう何も見えない、何も聞こえない。自分だけ世界から隔離されたかのような気分になった。死ぬ時は独りってこういうことかぁ……。
(……………………)
孤独感に包まれ、深い深い地の底へ落ちていく感覚に襲われた。
これは絶望だ。
もう
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