再会(一)
「シキ」
失言をしたヒサチカをねめつけていたシキは、後方から己の名前を呼ばれた途端に威圧感を消した。振り返り名を呼んだ相手へ柔らかい声音で返した。
「ご主人、間違いない。彼女が捜していたキサラだ」
ヒサチカに対する態度とまるで違うな。……ご主人?
それでもってキサラって私のことだよね? ん? 捜していたとは?
疑問符を大量に頭に浮かべながら私はシキの視線の先を追った。すると
青年は赤いハチマキを額に巻き、隊長の
「!!!」
彼を見た私は心臓が止まるかと思った。そして勝手に口が動いたのだった。
「……と……うさん…………?」
「!」
私が漏らした言葉を聞いた彼はくしゃっと顔を
(や、やだ、父さんだなんて。私は何を言ってるの!?)
心底自分に呆れた。彼はまだ二十歳くらいに見える。そんな若者が自分より年上の女に父親呼ばわりされたら嫌だよね。私は何でそんなこと言ってしまったんだろう。
気まずくて目を逸らしたいのに、私の視線は青年に釘付けとなっていた。
(………………)
また胸が苦しくなった。でもこれはアキオの死に対する悲しみとは違う感情だ。どうしてだろう、あの青年にしがみ付きたい欲求にかられた。
一目惚れ? まさか。アキオとモロ……、仮にも仲間が死んだ直後にそんな浮ついた気持ちになる訳がない。
「エナミ、あんま前へ出るな」
……そうか、この人が弟と同じ名前を持つエナミ小隊長か。この若さで小隊長に任命されるなんて、余程の実力者か名家のお坊ちゃんかのどちらかだ。
セイヤが歩みを制止しようとしたが、小隊長は「大丈夫」と言って更に私へ接近した。
「父さん」だなんて失礼なことを言った私を、やっぱり始末しようと思い直したのかな? 顔が怖いままだもんな。
(え…………)
私の傍へ到達したエナミ小隊長は、あろうことかシキに自分の弓を預けた。
(はい……?)
どうして弓を手放したの? あ、この人も脇差しを装備している。刀で私を斬ろうとしているのね?
その予想も外れた。エナミ小隊長は刀に手を掛けるどころか膝を折って身を屈め、上半身を起こした状態の私とほぼ同じ高さの目線になったのであった。
(はあぁぁぁぁぁ!?)
「何してんですかあなた! 小隊長ってことはこの部隊で一番偉い人でしょう? 敵の忍びに無防備に近付くなんて正気!?」
思わずしかりつけてしまった。敵の将を。正気じゃないのは私の方だ。
「シキ隊長にそこのセイヤって人、ちゃんと小隊長さんを止めなさいよ!」
おまけにシキと本日初対面のセイヤをも怒鳴りつけてしまった。何だって私は敵の身を心配しているんだろう。エナミ小隊長の何だか放っておけない雰囲気が悪い。きっとこの人は箱入りのお坊ちゃんだ。
シキとセイヤはしばしポカンとした後、二人で顔を見合わせて苦笑していた。
「……ごめんね」
謝罪の言葉を口にしたのはエナミ小隊長だった。どうして謝るのか、それを尋ねようとして私は気づいた。
ずっと
「ごめん、迎えに来るのが遅くなって」
また彼は不思議なことを言った。迎えって何のことさ。訳が判らないのに私の身体が震え出した。心臓の鼓動が早くなっていく。
赤くなった彼の瞳には涙が
「……あなたは……何を言っているの……?」
私は
エナミ小隊長は一度、目を閉じて深呼吸をした。敵のすぐ前で視界を塞ぐなんて……!
「俺は……」
「俺は……あなたの弟の、エナミです……」
(………………え)
弟?
その言葉が現実味を帯びるまで少し時間がかかった。だって、現実世界で弟と離れたのは十七年も前だ。
(………………エナミ?)
生きていると信じたかった。いつか会えると、それだけを希望に私は生きてきた。
……でも心の奥底には、もう二度と会えないと諦めるもう一人の私が居た。だから私は夢の世界に救いを求めたのだ。
「噓だ……。だ、だって私の弟はこんなに小さかったもの」
私は右手で空中に円を描き、記憶の中のエナミを再現した。目の前に居る青年は、私の右手を両手でそっと包み込むように握った。温かい彼の体温が伝わってくる。
「父の名前はイオリ。母の名前はリン」
「は…………」
彼は私の両親の名を言い当てた。
「そして俺はエナミ。あなたの家族です」
(か……ぞく…………)
夢の中にしか存在しないはずの幸せの象徴。私が包まれた右手に力を込めると、小隊長も強く握り返してくれた。
触れられる……現実で……。
目頭が熱くなった。きっと私の目にも涙が溜まっている。
(エナミ……なんだ)
会いたくて会いたくて、気が狂うほど願い続けてきた。その弟が今、私の目の前に居る。私の手を握っている。
ああ、あなたには父さんの面影が在る。父さんが若返ったらきっと今のあなたにそっくりだね。間違いない。彼は私の大切な…………。
「おおおおおおおお!!!!!!」
突然
ザシュッ!
肉を裂かれる激痛が背中の右側に走った。叩き付けられるように私は大地へ倒れ伏した。
「姉さん!?」
エナミ小隊長は一瞬にして戦士の顔となり、背後から斬り付けてきた刺客……、モロの喉仏へ抜いた刀を突き刺した。
「ぐぶっ」
モロは血を盛大に吐いて今度こそ絶命した。
一撃必殺。凄いねエナミ、あなた強いじゃない。
……って、うわあぁぁ背中が痛────い!! おかげで脚を貫通した矢の痛みが何処かへ行ったよ!
「姉さん!」
高官とはすなわち……私の弟エナミ小隊長だ。
アハハ、この場に居た全員が騙されたよモロ。あんたってば矢傷で痛かったろうに全く動かなかったんだもん。息も殺してさ。私も絶対に死んでると思った。
助平で不潔で嫌な奴だったけど、あんたは優秀な忍びだったよね、モロ。
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