噓(三)

「はぁ!? ここまで危険をおかして連れてきたのは俺ら姉弟ですけど? おたくの小隊長は手柄を横取りするつもりなんですか!?」

「おやめヒサチカ」


 気が短いヒーちゃんことヒサチカは覆面男に喰って掛かったが、姉のキキョウにいさめられた。


小隊長は上月コウヅキ司令お気に入りの親衛隊員だ。ここは引きなさい」


(え)


 ドクンと、私の心臓の音が大きく跳ね上がった。

 え? ええ? キキョウ姉さんは今何て言ったの?


(エナ……ミ…………?)


 それは懐かしい弟の名前。夢の中でだけ会える愛しい家族。

 いやそんな都合の良い展開が有るはずが無い。きっと同名の別人だろう。


「お、おいおまえ、まさか………………シキなのか?」


 私とは違う部分でアキオが驚愕していた。彼は覆面男を凝視している。

 へ? シキ? もう一度私も覆面さんの顔を観察した。


「!………………」


 ホントだ! この男の目元、私をさらって隠密隊へ連れていったシキによく似ている!!

 隠密隊を足抜けして国も捨てたシキ。目の前に居るコイツがそうなの!?


「えええ噓でしょ……。あなたはシキ隊長なの?」


 私はつい以前の呼称を使ってしまった。現隊長のアキオに悪かったな。

 見上げる私へ男の目尻が笑ったように緩んだ。そして彼は顔の下半分を隠していた覆面を指で下げた。そこに現れたのは紛れもない、私達がよく知るあのシキの顔であった。

 うわあぁぁぁ、こんな所で前隊長のシキと再会するなんて! 心底驚いたわ。


「久し振りだなアキオ。それに……キサラ。生きていてくれたか」


 たった今あんた達に射掛けられて死ぬ寸前だったんだけどね。私の不貞腐ふてくされた表情から心を読んだのか、シキは苦笑して謝罪らしきものをした。


「わりぃな。遠目で誰だか判るのに時間がかかった。ま、命落とす前に止めたんだから許してくれや」

「ぬけぬけと貴様! 足抜けして桜里オウリの犬になっていたのか!! この売国奴め!」


 アキオの怒号にシキは肩をすくめた。


「犬となったのは正しいな。今の俺はエナミ小隊長に忠誠を誓っている。だが国を売ってはいないぞ? 俺の転身は州央スオウ真木マキイサハヤ様の後押しを受けてのことだ」


 え! イサハヤおじちゃんがシキの足抜けに関与していたの!?


真木マキイサハヤ……。つまりシキ、おまえは反乱軍に加担しているということか!?」

「革命軍だ。俺達の手で州央スオウを変える」

詭弁きべんを!」


 ここでヒサチカが小馬鹿にしたようにはやし立てた。


「アハハッ、シキ分隊長、こいつらは州央スオウ時代のあなたのお仲間でしたか」


 シキが州央スオウからの亡命者だってこと、桜里オウリの連中にも知られているんだな。しかも分隊長? 一番下とはいえ隊長職に就いているなんて。

 ヒサチカは尚も続けた。


「かつての仲間は死なせたくないですよねぇ。それで上官であるエナミ小隊長へお願いしたんですか? アッサリ罠に掛かった間抜けで可哀想な彼らを助けて下さいって」

「!」


 愚弄ぐろうされたことを怒り、アキオが立ち上がって腰の太刀を抜いた。シキも抜刀してアキオと対峙する。


「やめなアキオ。大人しくするなら命は保証する」

「シキ、おまえという奴はいつも俺を見下して……!」

「駄目ですよ隊長! 降伏して!」


 上半身を起こして私はアキオを止めた。桜里オウリの弓小隊と忍び姉弟に包囲された状況で、利き腕を封じられた剣士のアキオに何ができるというのか。


「大人しく捕虜となりましょう!」


 小隊長の預りとなるならすぐには殺されない。性接待とか屈辱的なことをやらされるかもしれないけど耐えてみせる。アキオ、私も足搔あがいてみるからさ、あんたも生きる方向に努力してみて?

 しかしアキオは私の懇願を突っぱねたのだった。


「黙れキサラ、敵に回った男の情けなど受けられるか! 恥辱にまみれるくらいならここで死んだ方がマシだ!!」


 シキは溜め息を吐いた。


「変わってないな、アキオ。それはおまえの悪い癖だ」

「何を!」

「隠密隊の隊長に必要な資質は、どんな手を使ってでも作戦を成功させることだ。しかしおまえは自分の剣士としての誇りを優先させたがる。だからおまえではなく俺が隊長に選ばれた」

「おまえみたいな卑怯な手など使えるか!!」


 確かにシキは汚い手段も平然と使う隊長だった。だけどその結果、作戦の成功率と隊員の生還率が歴代隊長の中で一番高かった。


「アキオ、武器を捨てろ。従えないなら俺はおまえを斬らなければならなくなる」


 シキは静かに言った。以前は飄々ひょうひょうとして掴みどころの無い男だったが、今は本心から私とアキオを助けようとしているみたいだ。一度は死を覚悟した私の胸に希望が生まれつつある。

 だというのにアキオの馬鹿は、両手で刀のつかを握ってシキに向かっていったのだ。


 ドスッ。

 シキは刀を振るわなかった。それよりも先に、アキオの左胸に矢が深々と突き刺さったからだ。


「………………ぐ」


 アキオはまず刀を落とし、それからゆっくり草の上に倒れ込んだ。その振動が地面を通じて私にも伝わった。


「隊長!」


 刀を放した彼の手が握りこぶしを造ったが、それっきり倒れたアキオは動かない。


「隊長、隊長!!」


 何度呼び掛けても返事が無い。そんな。モロに次いでアキオまで命を散らしてしまったの!?


「……………………」


 どうしたんだろう、胸が苦しい。

 まさか私はアキオの死を悲しんでいる? 今更? これまでだって仲間の死は何度も見てきたのに。

 隠密隊は家族をバラバラにした組織だし、アキオとも別に親しい仲ではなかった。何年も同じアジトで寝食を共にしたってだけで。


「……………………」


 任務で一緒になることが多かったから、話す機会もそれなりに有った。それにアキオは……優しくはなかったけど、嫌なこともしてこなかった。


 私は矢が飛んできた方向を睨みつけた。そこにはシキ同様に高台から降りた二人の桜里オウリ兵が居た。

 こちらへ近付いてくる二人。手前を歩く長身で筋肉質な青年兵が弓を構えていた。後ろに居るもう一人は大柄な青年兵の陰となってよく見えない。


「……すまねぇなセイヤ。おまえにやらせるとは」


 シキが声を掛け、セイヤと呼ばれた青年は頭を横へ振った。


「いや……昔の仲間だったんだろ? あんたに斬らせちゃ駄目だと思ったんだ」


 この立派な体躯の青年がアキオを討ったのか。恨むのは筋違いだと解っている。悪いのは刃向かったアキオだ。だけど感情が上手く整理できない。

 それなのに生意気な糞ガキくん、ヒサチカが無遠慮にまたあおってきた。


「アハハッ、シキ分隊長、セイヤ分隊長が優しい人で良かったですねぇ。あなたの業を代わりに引き受けてくれましたよ!」


 桜里オウリの忍びのヒサチカとしては、州央スオウから来た忍びのシキに大きな顔をされるのが面白くないのだろう。

 シキは低い声で宣言した。


「……ヒサチカ、俺がいつまでも甘い顔をしていると思うなよ?」

「!……」


 すごまれたヒサチカは怯えた目をして数歩退がった。ベテランの忍びで隊長だったシキは格が違うのだ。

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