嘘(二)

 困っているとアキオとモロも木の陰から出てきた。男の出現に怯える姉妹へ彼らは冷たく言い放った。


「この地は奴らにとって自国の兵を呼び集める重要な中継地点となった。そうそう陣を移し変えたりはしないぞ? 長い期間、理不尽な要求を甘んじて受け入れるつもりか?」

「そーそー。それに移動する際には蓄えていた食料、確実に根こそぎ持ってかれるからな?」

「……そんな! そんなことになったら私達は生活できません!」


 姉が小柄な妹を抱きしめて震え出した。そのタイミングでアキオが私に目配せした。なるほど、彼らが鞭で私が飴ね。


桜里オウリ兵は追っ払うべきだよ。桜里オウリ兵がここに居ると私達が報告すれば、国王陛下は大勢の兵をこの地へ派遣して下さるはず」

「……やっぱり戦いになるのですか」

「そうしたくないから正確な情報が欲しいの。桜里オウリが戦うのを諦めて、即時撤退を選ぶくらいの規模の兵士を派遣してもらう為に」

「………………」

「だからお願い協力して。一緒に村を救おう」

「村を救うには……それしか無いんでしょうか……?」


 姉は妹を見つめた。話せない妹は頷いて姉へ自分の意志を伝えた。妹に後押しされた姉は私へ向き直った。


「解りました。私達姉妹は……あなた方を信じます」


 良かった。桜里オウリの陣に出入りしている彼女達が協力者となったことで、内部の最新情報を苦労せず手に入れることができそうだ。


 でも……戦いは起こるだろう。

 ウチの王様は侵略者をそのまま帰してあげるほど寛大じゃない。おそらく皆殺しを望むだろう。村人の安全などは二の次で。

 「必ず助ける」という私の言葉はきっと嘘になる。噓を吐くことにはもはや慣れっこだが、寄り添う姉妹を見ていると少し胸が傷んだ。


「兵隊さん達が居るテントが見える所まで案内します。少し離れて付いてきて下さい。一緒に居るのがバレたら、私達が兵隊さんに酷い目に遭わされますから」


 姉の方に言われて私達は頷いた。十メートルほど距離を取って先導する姉妹の後を追った。

 桜里オウリの兵士はテント生活か。山越えしてきたのは偵察部隊である少人数の斥候兵だと思っていたのに、まさか集落で寝泊まりできないほどの大部隊が既に到着しているとか? 少し心配になったきたな。


 やがて開けた草原に出た。視界良好だがそれは敵にとっても同じだ。私達は周辺に気を配りながら進んだ。

 平らなここはテント張りに適した空間だが無人だった。桜里オウリ兵は何処に居るのだろう?


 ピイィィィィッ!


 突然草原に高い笛の音が鳴り響いた。音の出所は姉妹の妹の方、ヒーちゃんだ。私達を振り返った彼女は小さな笛を口に咥えていた。笑顔のヒーちゃんは遊んでいるつもりなのだろうか?


「おい馬鹿、デカい音を立てるな!」


 モロが怒鳴り、


「全員散開ッ!!」


 アキオが緊迫した声音で叫んだ。

 直後、私達の頭上へ大量の矢が雨となって降りそそいできた。


(!)


 一本や二本ならかわせただろう。しかし数が多かった。私は草原を転げ回って矢を避けたのだが、左のふくらはぎに熱を持った痛みが走った。


「あうっ」


 一本の矢が肉部分を貫通していた。ヤバイ、骨は砕かれなかったがこれじゃあ素早い動きができない!

 追加の矢は飛んでこなかった。状況を知る為に、私は寝転んだ姿勢のまま目を動かして周囲を窺った。

 遠くへ逃げる時間が無かったのでアキオとモロも私の近くに居た。片膝を地面に付いた剣士のアキオは、彼の利き腕である右肩に突き刺さった矢に手を添えていた。モロは私と同じ左脚、そして背中にも矢が刺さっていて……、うつ伏せに倒れてピクリとも動かなかった。


(ちょっとモロ、あんたもうられちゃったの? 嘘でしょ!?)


 草原の東側に位置する高台に、太陽を背にして赤い色がずらりと並んでいた。赤を基調色にした軍服を着た桜里オウリ兵だった。

 ざっと見た感じ二十余名。全員が弓を装備している。弓兵のみで編成された小隊とは珍しいな。彼らは次の矢をつるにつがえてこちらを見据えていた。下手に動けば今度こそ蜂の巣にされてしまうだろう。


「間抜けだね。州央スオウの忍びはこの程度なの?」


 私へ三メートルの距離まで近付いてきて皮肉ったのは、喋られない設定だったはずのヒーちゃんだった。低い声だ。おまえ男だったのかよ。


「……あんたらは桜里オウリの忍びってワケ?」


 私の問い掛けに、やはり近付いてきていた姉の方が妖艶に笑って肯定した。


「その通りだよ。私は上月コウヅキ家に使える忍び、キキョウ」

「同じくヒサチカ」


 ヒサチカでヒーちゃんね。完全に騙されたよ。姉妹に噓を吐いたことで心を痛めた私だったけど、コイツらはそれ以上の大噓吐きだった。ばーか。

 村人の振りをして、やってきた州央スオウ兵を騙して誘導する役目を担っていたのね。それにまんまと乗ってノコノコ処刑場まで付いてきた私達。間抜け過ぎて涙も出ない。


「姉さん、情報源として一人残しておけばいいよね?」


 姉という続柄だけは本当だったか。弟のヒサチカは胸の膨らみ部分から暗器を取り出した。女装には武器を隠せる利点も有る。


「そうだね。あっちの男を残しなさい。この若い女は美人だから、生かしておくと変な気を起こしてしまう兵が出るかもしれない」

「解った」


 美人薄命とはよく言ったものだ。こん畜生が。ヒサチカがクナイを構えて、まだ伏せている私へ慎重に距離を詰めてくる。

 あー、終わった。負傷した脚ではろくに戦えない。例えこのムカつく隠密姉弟を倒せたとしても、あの弓小隊に射掛けられて終わりだ。私はこんな所で死んじゃうのかぁ。


「待てやめろ、殺すなら俺にしろ!!」


 アキオが斜め後ろから声を張ってかばってくれた。ありがと。最後に知ったけどあんたって実はけっこうイイ奴? でもきっと無理。

 ヒサチカがせせら笑った。


「おまえは俺に命令できる立場にない」


 ほらね。残念だけど私はこれまでみたい。アキオ、あんたは上手くやって生き延びられるように頑張ってね。

 あーあ。この仕事に就いてから死は常に身近に在ったけど、死ぬ前に父さん、エナミ、イサハヤおじちゃん、彼らにもう一度会いたかったなぁ……。


「待てッ!!!!」


 ここで二度目の「待った」が掛かった。高台から一人の桜里オウリ兵がヒョイと飛び降りてこちらへ歩いてくる。ヒサチカがそれを見て舌打ちした。

 その兵士は覆面をして目だけを出し、弓矢の他に二本の脇差しも装備していた。遠近両方に対応できる器用な兵士のようだ。


「……いったい何ですか?」


 覆面男へヒサチカは不機嫌さを隠さずに尋ねた。


「こいつらの身はウチの小隊長が預かる」


 その言葉にヒサチカが目を剥き、私は覆面さんの顔を下から見上げた。

 あれ? この人の目元……涙黒子に見覚えが有るよーな。声も何処かで聞いたことが有るよーな気がしてきたぞ。

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