異世界スーツ

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01 消えた騎士団長

 カーテンの隙間から漏れる朝焼けが、副騎士団長の寝顔を優しく照らしていた。優しい光は彼の目覚めを誘い、その寝ぼけた表情は、どこか少年らしさを残していた。その副騎士団長の名は丸子優正まるこゆうせい。27歳という若さで副騎士団長に大抜擢されてから約1年が経っていた。


 かつて丸子は「騎士団史上」と呼ばれるほどのヘッポコ剣士だった。そんな彼が副騎士団長に抜擢されたのは、類稀なる戦略立案能力の持ち主で、天才戦略家として認められるようになったからだ。

 困難な戦局に直面、あるいは大きな好機に遭遇したとき、その卓越した頭脳で実現不可能と思われるような戦果を挙げてきた。そしてそれを鼻にかけることもなかった。本人は気付いていないが、誠実さと実直さこそが丸子の最大の武器なのかもしれなかった。


 丸子はウーンと伸びをしながらベッドから起き上がり、窓を全開にすると新鮮な空気で肺を満たした。騎士団の宿舎の窓から見渡せる帝国の景色は美しく、副騎士団長という悩みが尽きない職責にあっても、この景色と新鮮な空気だけで「今日もいい朝だ」と丸子は思うことにしていた。そして実際、この朝の静けさこそが、今が平時であることを実感させ、丸子の心を穏やかに包み込んでいく。


 ふと丸子は気付いた。いつも通りの朝に、ひとつだけモノがある。

 部屋の入口の足元に封筒らしきものが落ちていた。丸子が気付かぬうちに扉の隙間から差し込まれたのだろう。


 彼は怪訝な表情で封筒を拾い上げると、下になっていた面に「丸子殿」と豪快な筆文字で殴り書かれていることに気付く。まごうことなき騎士団長の荒々しい筆跡である。途端に最悪最低な朝を迎えた悪寒に捕らわれ、時が止まったような数秒間、丸子は騎士団長の殴り書きを見つめて茫然自失と立ち尽くすのであった。

 

――――――


阿古根あこねさん!阿古根あこねさん、大変です!」ドンドンと騒がしく叩かれる扉を冷たく眺めながら、阿古根亜子あこねあこは「朝から騒がしい」とボヤく代わりにフゥと短く溜息をついた。

 朝の身支度を終えたばかりの阿古根亜子は、顔が半分見える程度に扉を開けると無表情のまま冷静な声で「お静かに」と言った。阿古根は扉を開ける前から、その騒がしい声の主が誰か分かっているし、阿古根のことを「アコアコ」と呼ばずに、律義にも「阿古根さん」とで呼ぶ人物は副騎士団長の丸子しかいなかった。

「あ……。あぁ。ご……ごめんなさい」と丸子は阿古根にたしなめられて一旦は落ち着こうとしたが、「ですが大変なんです!何か聞いてませんか!?」とまた慌てふためいている。

「ですから落ち着いて」と阿古根は顔を半分覗かせたまま冷静に言った。


 阿古根亜子はのメイドである。小柄で華奢で可憐な美しい少女は、黒いメイド服に身を包み、いつも沈着冷静で感情をあらわにすることは無い。騎士団長をどんなことよりも優先し、騎士団長のことを誰よりも理解し、自分の仕事に誇りを持っている。余談だが、騎士団長と副騎士団長では、その権威に天と地ほどの差があり、副騎士団長の丸子に専属メイドなどいるはずもない。そしてもちろん、メイドと副騎士団長であれば副騎士団長のほうが遥かに偉いのだが、態度だけ見ればアコアコの方が偉そうだった。

「何をそんなに慌てているのですか」と相変わらず顔を半分だけ覗かせたままアコアコは問いかけた。

「朝起きたら団長からの手紙が落ちていて……。あぁ!阿古根さん!団長から何か聞いてませんか!?」と丸子は今にも泣きそうな顔でアタフタしている。丸子の手にクシャッと握られている紙がその手紙だと目星をつけたアコアコは、スッと扉を開くとサッと手紙を奪い取ってバタンと扉を閉めた。

 アコアコは閉じた扉に背中を預けると、「まったくもう」とボヤく代わりにフゥと短くため息をついた。扉の向こうでは丸子が、「阿古根さん、開けて下さい!」と扉を叩きながら今にも泣きそうな声で叫んでいる。そんな丸子を無視して、握り締められていた手紙を丁寧に開くと、そこには間違いなく団長の豪快な筆跡が踊っていた。


『騎士団を辞める。あとはよろしく。五郎丸大河ごろうまるたいが


 その内容にしばし固まるアコアコ。じわじわとその手紙の意味するところを理解していくと、段々とその目が見開いていく。手紙を握る両手に力が入り、ワナワナと震えてくる。次の瞬間、おもむろに手紙から視線を外し、自分を落ち着かせるように深呼吸をするアコアコ。いつもの沈着冷静な無表情に戻ると、ゆっくりと扉を開けた。

「五郎丸様はどちらですか」とアコアコは廊下に歩み出しながら、丸子と視線を合わせもせずに尋ねた。

「わかりませ……」と丸子が言い終える前に、アコアコは無表情な視線を丸子に向けた。

「い……いやその……。団長の自室は見に行きました!部屋の中にはもう私物もなく……。もぬけの殻といった感じで……」

「本当ですか」とアコアコは聞き返した。

「はい……」心配そうな視線を向けて丸子は答えた。アコアコの表情は微動だにしていないし、アコアコを知らぬ者がみたら落ち着き払っている様にしか見えないだろうが、丸子にはわかった。団長の私物がなくなっていると聞いて、アコアコは激しく動揺している。

「ルガート様にお話しは聞きましたか?」

「あっ!まだです!」ハッとして丸子は答えると「顧問殿ならきっと何か知っているはずです……顧問殿のお部屋に行ってみましょう!」と踵を返して走り出し、アコアコもその後に続いた。

 レイ・ルガートは五郎丸大河の親友であり、騎士団の顧問という立場で騎士団長である五郎丸を長年支えてきた男だ。そんな彼であれば五郎丸から何か聞いているに違いない、と考えるのは当然の成り行きだった。


――――――


 丸子とアコアコはレイ・ルガートの部屋の前にいた。いい加減な……もとい、気さくな騎士団長と違って、常に礼儀正しく何もかもが完璧で卒がないレイ・ルガートとの対面は、副騎士団長の丸子でも緊張する。丸子は部屋の扉をノックしようと胸の前で手を軽く握ったが、一度動きを止め、ゴクリと唾を飲み込んだ……次の瞬間。アコアコはノックをためらう丸子の脇をすり抜け、「失礼します」といきなり扉を開けた。そしてずかずかと部屋に突入するアコアコ。

「うわぁ……阿古根さん!ちょっと何やってんですか!」失礼極まりないアコアコの突入に顔面蒼白になる丸子。しかし、丸子とアコアコが目にした部屋の光景は、そんな憂慮も吹き飛ばすほど、完璧に清掃が行き届いている完全なるだった。

「何も無い」と思考が停止したようにアコアコがつぶやく。

「顧問殿も……。いなくなった……?」騎士団のトップ2人が突然いなくなる。これは騎士団内部の話にとどまらない。なにせ帝国の英雄である2人だ。帝国を揺るがす重大案件であることは間違いないが、一体どれほどの影響が出るのか……。想像しただけで気を失いそうになる丸子だった。

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