第5話

「ギフト」  第5部

                        

                      とみき ウィズ



「美菜」




 尚輝は勇斗に紐を使ってネクタイの締め方を習いながら帰った。

 尚輝は家に着くとネクタイの締め方を復習しながら、美菜が入院している病院をインターネットで検索し、病院までの交通ルートをメモに取った。

 翌日の土曜日、尚輝はいつもより早起きをしてばあやに河原にサッカーをしに行くと嘘をついておにぎりを何個か作ってもらい、それをナップザックに入れると小屋に向かった。

 

 ニコピンはもう起きていた。

 尚輝はニコピンにおにぎりを食べさせて、シャツにネクタイを締めてやると、ニコピンを連れて美菜が入院している病院に向かった。

 尚輝が美菜の病院に行くときはいつも家族の車で行くので鉄道、バスなど公共交通機関で病院に行くのはこれが始めてであった。

 おそらく電車やバスに乗るのが初めてのニコピンらしく、少し目を離すとあちらこちらと物珍しげに歩いていってしまい、何度か迷子になるところだった。

 尚輝はニコピンのお守りと、鉄道の乗継ぎなどで神経を使い、病院行きのバス停にたどり着いた時はへとへとに疲れてしまった。

 朝早く小屋を出たのに乗り継ぎやニコピンの面倒を見るのに手間取って病院に着いたときはすでに午後の一時を廻っていた。


 病院は地方の大学病院で小高い丘の上に巨大な病棟がそびえていた。

 尚輝は息を切らせながらニコピンの手を引いて坂道を登った。

 土曜日の大学病院は午前中の診療のみで、外来患者は殆どいなくなり、入院患者を見舞いに来た家族や友人がちらほらと歩いていた。

 一階ホールに入った尚輝とニコピンは美菜が入院している5階の小児病棟に向かった。

 途中、まつば杖をついた若い男とすれ違った時、ニコピンが笑顔で男の手を握った。

 男は不思議そうにニコピンの顔を眺めた。

 男はJリーグのあるサッカーチームの有名なミッドフィルダーで3週間前にじん帯を断裂し今期の復帰は絶望視されていた。


「サインなら今は出来ないんだ。ごめんね」


 男はニコピンを自分のファンだと勘違いして謝った。

 尚輝が慌ててニコピンの手を引きエレベーターホールへと引っ張っていった。


「誰だろう?どっかで見たような…まぁいいや、ニコピン余計な事はしないでとにかく最初に美菜を直してあげてよ」


 ニコピンが笑顔でうなずいた。

 男は尚輝とニコピンを見送り、顔を振りながら又歩き出そうとして体の違和感を感じた。

 しばらく、膝までギプスに覆われた自分の右足を見下ろしていたが、まつば杖を捨てて歩いて見て、それから壁の所まで行きギプスの右足で壁を思い切り蹴飛ばし、歓喜の声をあげた。

 エレベーターで5階まで上がると尚輝はニコピンを連れてトイレに入り、ニコピンの上着を脱がせて代わりにナップザックに入れた白衣を着せた。


「ニコピン、面会に行く時、ニコピンは僕の家族とか言うと後々面倒になりそうだから、お医者さんの振りをして、少し離れて僕の後からついてきてよ。

 誰かに何か聞かれたりしても余計な事は…ニコピンは喋れないんだっけ」


 尚輝はニコピンを5メートルほど後ろに従え、ちらほらと見舞い客がいる病棟を歩いて美菜がいる病室に行った。

 病室の入り口の足拭きの前で尚輝はニコピンを呼び寄せた。


「ニコピン、僕が先に美菜と会って話すから少しだけここにいてね。

 どこかに行ったり誰かを治したりしないで待っててよ」


 ニコピンが笑顔でうなずいた。

 尚輝が足を拭き手の消毒をして、無菌キャップを被り、マスクをするとエアーカーテンを抜けた。

 美菜は居らず、違う顔の子供がベッドの上で本を読んでいた。

 子供が尚輝を見ると、尚輝は回れ右をして部屋を出た。

 尚輝はニコピンの前を素通りし、ナースステーションに向かった。

 尚輝と顔馴染みの若い看護師が尚輝に声を掛けた。


「あら、尚輝君、美菜ちゃんのお見舞い?」

「あのう、美菜の部屋は変わったんですか?」

「ええ、美菜ちゃん、こないだから完全無菌の部屋に移動したのよ。

 お母さんから聞いてない?」


 尚輝は返事もせずに病棟を小走りに行き、奥の完全無菌室のエリアの前に立った。

 ニコピンは訳も判らずに尚輝についていった。

 完全無菌室は病室に入るためにはより厳重な消毒をし、服も着替えて、ドアのロックを解除しなければならないのだ。

 尚輝は、部屋の中と外を仕切っている分厚いガラス越しに個室から個室を歩いて美菜を探した。

 いくつかの個室をまわり、やっと美菜を見つけた。尚輝はガラスを手で叩いた。


「美菜!美菜!」


 音に気付いた美菜が顔を上げた。

 激しく泣いている様で目を真っ赤に泣きはらしている。


「美菜!どうした?美菜!」


 美菜がガラスの横のインターホンを指差した。

 尚輝がインターホンに駆け寄り、通話ボタンを押した。


「美菜!今日はお前の病気を治しに来たんだ!この人がお前に病気を治してくれるんだよ!

 部屋に入るのはどうするの?」


 尚輝はニコピンの服をつかんで叫んだ。

 美菜がインターホンに駆け寄った。


「お兄ちゃん!私よりも紫音(しおん)ちゃんを先に治してあげて!

 紫音ちゃん、いま、死にそうなの!お願いだから!」

「判った!判ったけど美菜が先だよ!すぐ紫音ちゃんも治してあげるからこの部屋に入る方法を教えて!

 この人がお前に触れたらお前は治るんだよ!

 触るだけなんだ!本当に治るんだよ!」


インターホン越しに美菜の叫び声が響いた。


「それなら、先に紫音ちゃんを治してよ!

 いま、本当に死にそうなの!

 お医者さんや看護師さんが慌てて走ってったもん!お願い!早く!

 早く紫音ちゃんを助けてよ!」

「判った!紫音ちゃんはどこにいるの?」

「あっちの病室にいる!

 大騒ぎになってるからすぐ判るわ!

 早く!助けてあげて!」


 尚輝とニコピンが美菜が指差した方向を見ると確かに何部屋か先のドアが開いていて医師や看護師の緊迫した声が聞こえてきた。

 ニコピンが走ってその部屋に入っていった。

 後ろから美菜が紫音の助けを頼む声がモニター越しに聞こえてきた。

 病室では2人の医師と4人の看護師がベッドを取り囲み、華奢な青白い顔の8歳くらいの少女に慌しく救命処置を施していた。

 1人の医師がAEDを作動させ、少女の胸に押し当てた。

 華奢な少女の体が激しくバウンドし、医師や看護師が少女の体に詰め寄った。

 心電モニターはいまだに少女の鼓動が回復していない事をうつろなモニター音で知らせていた。

 ニコピンが医師や看護師の隙間を縫って少女のベッドに近寄り、少女の手を握った。

 医師の一人がニコピンに怒鳴った。


「邪魔だ!どけ!インターンがこんなとこで何やってる!

 手を離せ馬鹿モン!」


 ニコピンの白衣姿を見て研修医と勘違いしたのだ。

 紫音の手を握ったニコピンの顔が引きつり、汗が噴出した。

 そして、ニコピンの首の痣がジワリと黒ずんだ。




「敗走」





 紫音の手を握るニコピンの力が緩んだ。

 医師がニコピンの胸に手を当てて押した途端に、ニコピンが派手に後ろに倒れた。

 医師はうんざりしたように言った。


「なんだ、軽く押しただけなのに!

 大げさな奴だ!

 ナース!早く追い出せ!」


 2人の看護師がニコピンの腕を持って部屋から連れ出した。

 美菜の部屋の前でニコピンが出てくるのを見た尚輝がインターホンで美菜に叫んだ。


「美菜!今来る人に手を合わせるんだ!

 早く僕の所に来て!早く!」


 ニコピンが力無く抵抗するが看護師がニコピンを完全無菌室のエリアから追い出そうとした。

 美菜が尚輝の所までやってきた。

 尚輝がニコピンに叫んだ。


「ニコピン!美菜を治してやって!

 美菜!手をガラスに当てて!早く!」


 美菜が近付いてくるニコピンに向けてガラス越しに手を当てた。

 ニコピンは看護師に押しやられそうになりながら、美菜の手の方に自分の手を伸ばした。

 真っ青な顔に必死の表情を浮かべたニコピンの手と、美菜の手がガラス越しに交差した。

 尚輝はニコピンを引きとめようと服を掴んだが、看護師に荒々しく跳ね除けられた。


「僕!邪魔しないで!

 あなた、この人と関係あるの?」


 尚輝は俯いて首を振った。

 紫音の部屋から医師の切羽詰った声が聞こえてきた。


「ナース!ナース!

 なんてこった!

 ナース!早くこっちに来い!」


 ニコピンをつまみ出そうとしていたナースが部屋に戻った。

 支えを失ったニコピンが床に崩れ落ちた。

 尚輝が駆け寄りニコピンを揺さぶった。


「ニコピン!どうしたの?

 顔が真っ青だよ!

 汗もすごいし!」


 ニコピンは引きつった笑顔を浮かべて首を振り、よろよろと立ち上がると、美菜の部屋の窓に近付くと弱々しくガラスを叩いた。

 美菜はインターホンで尚輝とニコピンに聞いた。


「ねぇ!紫音ちゃんは?

 紫音ちゃんは大丈夫?」


 ニコピンがうなづいて、笑顔を見せた。


「うわぁ、助かったのね?ありがとう!ありがとう!」

「今度は美菜の番だよ!早く手を出して!」


 美菜がガラス越しにニコピンに手を合わせた。

 ニコピンが弱々しく顔を横に振った。


「駄目なの?ニコピン、ガラス越しじゃ駄目なの?」


 尚輝が絶望の声をあげた時、廊下からどやどやと医師や看護師が入って来た。

 ニコピンと尚輝を見た彼らは口々にすぐ出て行ってくれと言いながら、2人を廊下に追い出した。

 美菜の青白い頬のこけた顔が看護師に追い出される尚輝の目の端に映った。

 看護師はニコピンと尚輝を廊下に追い出すと完全無菌室のエリアと廊下を隔てるドアを閉め、鍵をかけた。

 何か重大な事が起きたようで、看護師が2人ドア越しに尚輝とニコピンを監視するように立った。

 ニコピンがよろよろとドアに近付こうとするのを尚輝が止めた。


「駄目だ、ニコピン無理に入ろうとすると捕まっちゃうよ…」

ニコピンが尚輝を見る。

尚輝が目に涙をためてニコピンを見ていた。

ニコピンがふらつき、膝をついた。

尚輝はニコピンを助け起こすと廊下をエレべーターの方に歩いていった。


 その頃、紫音の病室では医師と看護師達が、嘘の様に血色の良い顔をした紫音がベッドに腰掛けて足をぶらぶらしているのを見つめていた。


「紫音ちゃん…具合…どう?」


 看護師の一人がおずおずと尋ねた。

 紫音が笑顔で答えた。


「すごく、すごーく気分が良いよ!」


 医師と看護師たちは凍りついたように身じろぎもせず、笑顔の紫音を見つめていた。

 尚輝はニコピンをエレベーターに押し込むとニコピンが壁に背をもたれてずるずると腰を下ろした。

 荒い息をつき、青い顔で汗だくのニコピンであった。

 尚輝が心配そうにニコピンに尋ねた。


「ニコピン、ニコピン、大丈夫?」


 ニコピンは苦労してポケットからノートを出すとのろのろと書き、尚輝に見せた。


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「ニコピン!ほんとに大丈夫?

 凄く具合悪そうだよ」


 ニコピンが弱々しい笑顔を浮かべた。

「ニコピン、今日は帰ろう。

 また、近いうちにここに来て美菜を治してくれる?」


 ニコピンがゆっくりうなずいた。

 エレベーターが1階に着き、扉が開いた。

 先ほどのサッカー選手が尚輝に支えられながらロビーをよろよろと歩いてゆくニコピンを見つけて近付いて来た。

 まだ足にギプスをつけているが歩き方は軽快そのものだった。

 彼はチームのユニフォームとサッカーボールを抱えていた。


「おい、君」


 呼び止められて振り向く尚輝とニコピンに彼は走りよってニコピンの手を掴んだ。


「俺の足、君が治してくれたんだろう?

 ありがとう!ありがとう!

 なんてお礼を言って良いか判らないよ!

 名前と住所を教えてくれる?

 後で御礼に行くからさ!

 とりあえず、感謝の印だよ、受け取ってくれる?」


 彼はサインをしたばかりのユニフォームとサッカーボールを差し出した。

 尚輝がユニフォームとサッカーボールをひったくると乱暴に放り投げた。


「僕はあんたなんか知らない!

 サッカー嫌いなんだ!

 野球は西部ライオンズが好きだけど!」


 尚輝がニコピンを促して玄関を出て行った。

 サッカー選手はあっけに採られて2人を見送った。


「ニコピン、駅までタクシーで帰ろう」


 尚輝はニコピンを支えてタクシー乗り場に行った。

 タクシーに乗り込み、駅の名前を告げた尚輝は両手で顔を覆って泣き出した。

 その横でニコピンは荒い息をついてぐったりと座っていた。

 午後もだいぶ遅くなってから、尚輝とニコピンが小屋にたどり着いた。

 まるで激戦に負けて敗走する兵士のような足取りで小屋の扉を開けた2人を十字架を作っていた勇斗がびっくりして見つめた。


「尚輝、何があったの!

 お前、泣いてるじゃないか?

 ニコピンも凄く具合悪そうだよ」

「僕は…なんでもない。

 それよりニコピンを寝かせてあげて。

 凄く疲れてるんだ」


 裏の墓地の雑草取りをしていたちひろが小屋に入ってきた。

 ちひろも2人を見てただならないものを感じた。


「何か起きたの?

 尚輝、何泣いてるのよ。

 ニコピン大丈夫?具合悪そう」


 尚輝がニコピンを横にして靴を脱がしてやりながら答えた。


「ニコピンと少し遠くに出かけたんだ。

 そしたらニコピン具合が悪くなっちゃって…」


 勇斗は尚輝の答えに何か釈然としない物を感じた。


「尚輝。俺たち友達だろう?

 何があったかはっきり言えよ」

「…僕の妹をニコピンに治して貰おうと思ったんだ。

 …妹は白血病で何年も入院してるんだ。」

「え?…そうなんだ…それでニコピンに洋服を買ってあげたり…」

「あんな格好じゃ病院に入れないじゃないか」

「それで、尚輝の妹治ったの?」


 尚輝が俯き、目から新たに涙がこぼれた。

 ちひろがハンカチを差し出した。

 尚輝がそれを受け取って涙を拭いて呟いた。


「ニコピンが美菜に直接触れなかったんだ…それでダメだった…先にニコピンを寝かせてあげて。

 凄く疲れてるんだ」


 勇斗とちひろはニコピンをたたみの間の置くに引きずってゆき、丸めたタオルを枕にしてやった。


「まいったな、この小屋、タオルしかないんだ。

 毛布か布団でも掛けてやれれば良いんだけど…」


 勇斗が呟きながらタオルを何枚かニコピンに掛けてやった。

 ニコピンが億劫そうに寝返りを打った。

 勇斗はその時、ニコピンの耳の後ろの痣を見た。

 勇斗はこの前見たときより黒ずんでいるニコピンの痣を見て、なんとはなしの不安を感じた。

 そして、痣を隠すように、ニコピンの首にタオルを掛けた。


「ニコピン、疲れてるだけ?それとも寒いのかな?」


 ちひろの問いに勇斗がニコピンの額に手を当てて熱を調べた。


「うーん、熱は無さそうだけど…ニコピン、大丈夫?」


 ニコピンがノートを取り出し、おぼつかない手つきで書いた。


つかれただけ やすむ なおる


 ちひろが来ていたカーディガンをニコピンの足に巻いてやった。


「これで少しは暖かいわよ」


 ニコピンがかすかな笑顔でうなずいた。

 勇斗が尚輝に向かって言った。


「さぁ、尚輝何があったか詳しく話してよ」


 尚輝は今日起きた事をポツリポツリと話し出した。

 勇斗とちひろは真剣に聞き入った。

 尚輝の話が終わり、勇斗とちひろがため息をついた。


「いっぱい病気や怪我を治すと疲れちゃうのかしら?

 ほら、エネルギーを使い果たすみたいに・・・・。」

「いや、この前より黒くなって…あっ、やっぱりエネルギーみたいにしばらく充電しないと駄目なのかも」


 勇斗は危うくニコピンの痣の事を言い出しそうになったが、ニコピンが真剣な顔で内緒にしてくれと訴えたのを思い出して言葉を濁した。


「僕、ニコピンに悪い事しちゃったかも…」

「そんな事ないよ、ニコピンも疲れただけって言ってるから、少し寝れば治るんじゃない?

 それにしても尚輝の妹偉いね!

 自分の事より友達を先に治してって…」

「でも、僕は美菜を治してやりたかったんだ」

「大丈夫だよ!ニコピンが治ったら俺たちも協力するから、何とか尚輝の妹の病気を治そうぜ!

 な、ちひろ!」

「うん、私も協力するよ!

 何とか頑張ってその…無菌室だっけ?に入ろうよ!

 ニコピンが直接触れば治るんでしょ?」

「…みんな、ありがとう」


 勇斗とちひろの優しい言葉で尚輝は又泣き出しそうになり、そして、妹が来週には遠く東京の病院に言ってしまう事を言い出せなかった。

 勇斗達はニコピンの寝心地を良くしてやろうと、コミック本を枕にしたり、コンビニでジュースやおにぎりを買ってきて枕元においてやった。

 そして、尚輝の着ていたジャンパーと勇斗が着ていたセーターをニコピンに掛けてやった。

 ニコピンはしばらくすると目を閉じて眠り始めた。

 やがて夕方になり勇斗達はニコピンを心配しながらもこの頃にはかなり冷たくなった夕暮れの風に身を縮込ませながら家に帰った。


 その頃、美菜が入院している大学病院では、心配停止状態から奇跡的な回復をした紫音の主治医がカルテを前に混乱した表情を浮かべて頭を抱えていた。

 一時、心停止にまで陥った紫音がちょっと後ろを向いて振り返ると全然元気になっていたのだから。

 そして、もともと患っていた難病の痕跡が一切消えていた。

 紫音の体からは一切の病気の兆候は見られなかった。

 紫音は全く健康な女の子になっていた。

 主治医は、検査課の人間に緊急にさせた血液検査の結果を見て、ため息をついた。

 全ての数値が正常な、理想的な状態を示していた。

 主治医は、カルテに一時心停止を起こした状況まで書いた後、ペンを止めて腕を組み考え込んだ。

 そして、カルテに「自然緩解」と書き、2重線で消し、「急速自然治癒」と書き、又2重線で消した。

 主治医はバリバリと頭をかきむしり、カルテに「奇跡」と書きなぐって机の上に放り出した。

 そして苦笑いを浮かべて、無理やり明日に入れた紫音のマルク(骨髄穿刺の検査)のキャンセルの電話をした。

 次に同僚の医師に電話を掛け捲り、今夜飲みに行くから付き合えと無理矢理に誘った。





続く

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