第4話

「ギフト」  第4部

                        

                      とみき ウィズ




「挑発的調髪」




 裕子は6畳間からラジカセを持ってくるとテーブルに置き、6畳間に戻るとCDがどっさり入った袋を抱えてあれやこれやと選び始めた。


「ちひろ!ニコピンはんの頭もう一度洗うさかい流しにいす置いとき!」

「はーい」


 ちひろがいすの背を流しに向けて置いた。

 勇斗と尚輝がちひろに尋ねた。


「何?何が始まるの?」

「言わなかったっけ?ママはカニスマ美容師だったんだ。」

「カニ…」

「カニスマだよ、テレビとかに出るじゃん。凄腕で人気がある人の事カニスマって…」

「カリスマね」

「あっそうそうカリスマだ」

「で、なんでCDなの?」

「ママは音楽で気合を入れるんだって」

「ふーん」


 やがて裕子は一枚のCDを口に咥え、姿見とシーツを抱えて台所にやってきた。

裕子がCDをテーブルに置いた。

 マジックで「ヒート・アップ」と書かれている。

 裕子は髪の毛を輪ゴムで後ろに束ね、両袖を肘まで捲り上げた。

 勇斗、尚輝、ニコピンが興味津々に見つめている。

 ちひろはタオルを出したり、テーブルに鋏を並べたり、ラジカセにCDをセットしたりしていた。


「みんな、テーブルを端っこに寄せて、あっポテチを少し頂戴。

 ニコピンさんはこっちに座って」


 狭い台所で裕子の指示の元、勇斗達がどやどやと動いてテーブルを端に寄せた。

 裕子は姿見をテーブルに立てかけ、数枚重ねてつまんだポテトチップをボリボリと齧りながらいすに座ったニコピンの頭をあちこちから見つめ、色々と吟味した。


「よし、やるか!」


 裕子は台所で手をゴシゴシと洗い、ニコピンの後ろに回って叫んだ。

 ちひろがラジカセのスイッチを入れると「G線上のアリア」が流れ始めた。

 裕子はいすを後ろに傾けて流しでニコピンの髪を洗おうとしたがうまくいかない。


「うーん、ニコピンさん、いすから立って」


 いすから立ったニコピンが無理やりリンボーダンスの様な姿勢をとらされたが、耐え切れずにニコピンの膝が崩れ、ニコピンの後頭部が流しの縁に激突した。


「あら、ごめんねぇ~!」


 後頭部を押さえて転げまわるニコピンを眺めながら裕子はしばらく考えてから勇斗達に言った。


「ねぇ、私、どうしても仰向けじゃないと髪洗えないのよ。

 あんたたち、ニコピンさんを支えてくれる?

 ちひろ、ラジカセ初めからかけて」


 こうして勇斗達はニコピンが反り返って流しに頭を載せている間、体を支えていた。


「G線上のアリア」が終わり、「パルティータ」が始まった。


 裕子は鼻歌交じりにニコピンの髪を洗った。


「どこか痒い所、無いですか?」


 ニコピンの背中を下から支えているちひろが腕をプルプル震わせながら裕子に言った。


「ママ、ニコピン話せないし…重いから早くして」


 勇人と尚輝もニコピンの体を支えながら、ちひろの言葉に頷いた。


「もうちょっと、もうちょっとねぇ」


 裕子は勇斗達に気の無い返事をした。

 やがて洗髪が済み、ニコピンがいすに座った。

 「パルティータ」が終わるとヴァン・ヘイレンの「ジャンプ」が流れた。

 裕子は櫛と鋏を持ってニコピンの髪を切り始めた。

 曲に合わせて手付きも早くなってきた。

 勇斗達は裕子の手付きの鮮やかさに感心しながらポテトチップやお菓子を食べた。

 曲はステッペン・ウルフやキッスやディープパープルなどの種々雑多なハードな曲に変わった。

 裕子は時々シャウトしたり、軽くジャンプしたりしながら曲に乗って散髪をしていた。

 尚輝が小声で囁いた。


「ちひろのママって凄いね!」

「髪やってる時って人が変わるのよ」


 ちひろがポテチを頬張りながら言った。

 散髪も終わりに近付き、ジミ・ヘンドリクスの曲が終わると、ドアーズの「ジ・エンド」が始まった。

 際どい歌詞のくだりに入ると、裕子が叫んだ。


「子供は耳ふさいどきな!」


 勇斗達がびくっとして耳を手でふさいだ。

 「ジ・エンド」と共に裕子の散髪が終わった。

 始めにニコピンの耳の後ろの痣に気付いた裕子はニコピンの髪を長めに残してうまく髪で痣を隠した。

 裕子は脱力して呟いた。


「はい、終わり…ちひろ、あたしタバコ吸ってくる。

 あと、宜しく」


 裕子はふらふらと台所から6畳間に行き、窓を開けて桟に座るとエコーを口に咥えてジッポーで火をつけて煙を吐き出した。

 髪を束ねた輪ゴムをはずして、指に挟んだエコーを見ながら呟いた。


「本当は、ブラック・デスを一服って行きたい所なんだけど…貧乏は辛いわぁ」


 台所ではちひろがてきぱきと床のニコピンの髪を箒で集めていた。

 勇人や尚輝もテーブルを元に戻したりいすを並べたりしていた。

 ニコピンは台所の隅で姿見に映った自分の頭をしげしげと見つめていた。

 裕子が戻った頃には、台所はすっかり元通りになって全員がいすに座ってお菓子を食べていた。

 裕子がニコピンの周りを歩きながら髪の毛をチェックした。

 やがて笑顔で流しの縁にもたれた。


「うん、久々だけど上出来だわ」


 勇斗達が口々にお礼を言うと裕子は照れて、まぁ、いいからいいからと呟いてテーブルの上のお菓子をいくつか摘むと6畳間に引っ込んだ。

 ちひろが急に思い出したよう立ち上がると洗濯機に近寄った。


「ニコピンの服洗ってたの忘れてた。

 え?何これ?」


 洗濯機の蓋を開けたちひろが中からぼろきれのロープみたいな布を引っ張り出した。


「うわぁ!汚れすぎててぼろぼろになっちゃったんだ!」


 勇斗が布をしげしげと眺めて叫んだ。


「まぁ、良いじゃない。

 ニコピンにも新しい服が手に入ったんだから」


 尚輝がお菓子を頬張りながら言った。


「それもそうね、まだ使えそうな物だけ袋に入れておくから小屋に帰ったら干しときなよ」


 ちひろがかろうじて原形をとどめている服をコンビニの袋に入れた。

 ニコピンは紅茶を飲んで頷いた。


「それじゃ、俺たちそろそろ帰ろうぜ。

 ちひろのお母さんありがとうございました、残ったお菓子とかシャンプーはどうぞ使ってください」


 勇斗がテーブルを片付けながら6畳間の裕子に言った。

 裕子がお菓子を頬張りながら出てきた。


「えっもう帰るの?

 のんびりしてけば良いじゃない?」

「もう、夕方なんで帰ります。

 今日はありがとうございました」

「そう、本当にこれ貰っていいの?

 お菓子はともかく…このシャンプーとかすごく高いのよ?」

「大丈夫です、どうぞ貰って下さい」


 尚輝が答えると裕子は微笑んだ。


「じゃぁ、せっかくだから貰っちゃおうかな!

 ありがとうね。

 ちひろをこれからも宜しく頼むわ」

「はい」


 勇斗達が答えると裕子は安心して笑顔になった。


「それじゃ、またニコピンさんが臭くなったらいらっしゃいね。

 お菓子どっさりでお風呂貸してあげるから」

「ママ!」

「あら、良いじゃない?」


 裕子が勇斗達に人懐こい笑顔を向けて手を振った。




「尚輝3」




 夕暮れの町を勇斗と尚輝、洗濯物の袋を持ったニコピンが歩いていた。

 「ちひろのママンてかっこ良かったね!」

 尚輝が興奮した口調で言い、ニコピンと勇斗が頷いた。


「でも、きっと色々大変だと思うよ。

 あんなに凄い腕をしてるのに美容師をやめて派遣だもんな」

「ちひろとかちひろのママンのせいじゃないのにね」


 3人は深刻な表情を浮かべて頷いた。


「じゃぁ、俺こっちだから、バイバイ。

 尚輝は小屋まで行くの?」

「うん、小屋で読みたい漫画があるから…」

「え?今日は家庭教師の日じゃないの?」

「うん、…今日は休みなんだ」

「ふーん、じゃっバイバイ!」


 勇斗が尚輝とニコピンに手を振って別れた。

 尚輝とニコピンが勇斗を手を振って見送るとまた小屋の方向に向けて歩き始めた。

 尚輝は難しい表情でニコピンの横顔を見つめていた。

 ニコピンが尚輝の視線に気付いて笑顔を向けた。


「…ねぇ、ニコピン…お前、病気とかも治せるの?」


 ニコピンが笑顔で頷いた。


「難しい病気とかも治せる?」


 ニコピンがまた頷いた。


「本当に難しい病気で困っている子がいるんだ。

 もう何年も入院してるんだよ。

 来月誕生日でお祝いをしてあげたいんだけど、もう何年も家に帰ってないんだ。

 本当に難しい病気なんだよ。

 本当に治せる?…僕の妹なんだ」


 ニコピンがノートと鉛筆を取り出して字を書くと尚輝に見せた。


すぐ いこう なおす なおき いもうと げんき なる


「本当?…でも今日は遅いから駄目だな。

 病院も遠いんだ。

 でも近いうちに行ってくれる?」


 ニコピンが胸をたたいて笑顔で頷いた。

 夕日に照らされて赤くなった尚輝の顔がほころんだ。


「ありがとう!ニコピン今度一緒に病院に行こうね!」


 ニコピンがまたノートに書いた。


びょいん いく なおき いもうと げんき おかし たくさん


「美菜が治ったらいくらでもお菓子あげる!

 じゃぁ、約束ね!」


 ニコピンが笑顔で頷いた。


「じゃぁ、またね!ニコピン、バイバイ!」


 尚輝が家に向かって走り出したが、しばらく行って立ち止まって振り返るとニコピンに手を振って約束だよ!と叫んでまた走り出した。

 ニコピンは笑顔で手を振った。

 しばらく尚輝を見送ったニコピンは夕日の中小屋に向かって歩いていった。

 尚輝は家に帰り、家庭教師と勉強をした。

 食事を済ませて部屋に入るとパソコンを開いて「白衣」と検索した。

 そして家の近くの販売店を調べると、メモに取った。


 次の日、学校が終わると小屋に直行してニコピンに靴のサイズを尋ねた。

 ニコピンには靴のサイズと言う概念がわからないので定規で足の裏の長さを調べ、その長さをメモに取った。

 更に、ニコピンが今まで着ていた薄汚れたシャツのラベルを調べ、「M」の表示を確認しそれもメモに取った。

 勇斗とちひろが小屋に入ってきた。


「あれ、尚輝、今日は早いね」

「いつも私達より遅いのにね」


 尚輝はえへへと笑いながら、靴を履いた。


「今日はちょっと行く所があるんだ、じゃぁね!」


 勇斗達は小屋から出て走って行く尚輝をいぶかしげに見送った。

 尚輝は駅に行き、電車に乗ると昨日調べた白衣の販売店のある駅に向かった。

 電車を降りた所で携帯が鳴り、どきりとした、妹に何かあった時の連絡用にと、携帯電話を母親の慶子から渡されていたのだ。

 尚輝は恐る恐る電話に出た。

 慶子だった。


「尚輝、いまどこにいるの?」

「ママン!美菜に何かあったの?」

「ううん、今病院にいるけど、美菜は大丈夫よ。

 今先生と話してた所」


 尚輝はほっと安堵のため息をついた。


「いま、本屋さんに行く所だよ。

 何か用?」

「別に用事はないわよ…美菜がね、来週遠くの病院に移るかもしれないのよ」

「え?」

「パパンが色々調べて、美菜の病気に詳しいお医者さんを探してくれたのよ。

 そこに行けば美菜が病気が良くなるかも知れないの」

「遠くってどこ?」

「東京よ」

「…遠いね」

「美菜としばらく会えなくなるかもね…あまり遅くまで遊んでないで早く帰ってきなさいね。

 ばあやがこの頃尚輝の帰りが遅いって言ってたわよ」

「はぁーい」


 尚輝は携帯の通話を切ると呟いた。


「急がなくちゃ…美菜が東京にいっちゃったら…」


 尚輝は白衣を購入し、更に洋品店でYシャツとネクタイと靴下を買い、靴屋に行ってニコピンのサイズの無難なデザインの紳士靴を買った。

 幾つもの袋を抱えて小屋に戻った頃にはあたりはうす暗くなっていた。

 勇斗とちひろはすでに帰っていて、ニコピンが小屋の裏でカセットボンベに鍋をのせて野草やらなにやらを茹でていた。


「ニコピン、何、それ?」


 ニコピンはノートを取り出し、書いた。


ばんごはん おいしい なおき たべる


「え?いや、僕おなかいっぱいだから…」


 尚輝はあいまいな笑顔を浮かべて断ったが、なべから立ち上る香りに鼻をひくひくさせた。


「でも、なんかいい匂いだね。

 美味しいそうな匂いがするよ」


 ニコピンが笑顔になってノートに書いた。


おいしい からだにいい 


「又、今度食べさせてね」


 尚輝は外交辞令でなく言った。

 ニコピンが笑顔でうなずいた。


「じゃぁ、僕、家に帰らなきゃいけないから。

 あ、これ、ニコピンにプレゼント買ってきたんだ。

 でも、明日僕が来るまで開けちゃだめだよ」


 ニコピンがうなずくのを確認すると、尚輝は買って来た物を小屋の押入れに入れた。

 尚輝が小屋から出て家のほうに歩きかけてニコピンを振り返った。


「ニコピン、ここに一人で、電気もないし、夜怖くない?」


 ニコピンがノートに書いた。


こわくない すこしだけ


 尚輝は電柱からケーブルが小屋の屋根に繋がっているのを確認した。


「こんど、暇な時に電気が点くようにしてあげるね。

 ばいばい」


 手を振るニコピンに別れを告げて尚輝は家路に着いた。

 途中、財布を取り出して残金を確かめた尚輝が苦い顔をした。

 朝、ATMでおろした数万円の金が殆ど無くなっていた。


「まぁ、これで美菜が治るなら…いいやぁ!」


 尚輝は自分を励ますように叫んで財布をポケットにしまうと家に向かって走り出した。

 頭の中には、使った金額で買えたはずの絶版物のコミックや、新しく出るゲームソフトのパッケージが浮かんでは消えていた。

 辺りはすっかり暗くなっていた。

 家の玄関を開けた尚輝をばあやが出迎えた。


「尚輝ぼっちゃん、今日は遅いですねぇ」

「ママンは?」

「まだ、帰っておいでじゃないですよ」

「ばあや、あまり、僕の事ママンに言わないでよ!」

「まぁ、ばあやは尚輝坊ちゃまが心配で…」

「僕、もう子供じゃないから!」


 尚輝は一気に階段を駆け上がり、自分の部屋に飛び込んだ。

 ばあやがあっけに取られた表情で階段の下から2階を見つめていた。




「電気」





 翌日の金曜日の放課後。

 尚輝が小屋に向かって歩いていると勇斗が後ろから声を掛けてきた。


「おっす」

「おっす」


 勇斗は尚輝が手に提げている袋に気付いた。


「尚輝、何それ?」

「ああ、これは工具。

 小屋に電気が引けるかやってみるんだ」

「へぇ、そしたら良いね!

 最近日が落ちるの早くなったから助かるよ。

 でも本当に電気引けるの?」

「うん、見てみなきゃわかんないけど、電柱からケーブルが延びてるからひょっとしたら引けるかも」

「尚輝、電気工事なんて出来るんだ。

 凄いね」


 尚輝が得意そうに答えた。


「インターネットで調べてみたら意外と簡単に電気引けることが判ったんだ。

 あの小屋にはテレビとかもあるから電気引けたらゲームも出来るよ」

小屋にはちひろが先に来ていて、ニコピンとちゃぶ台で向かい合っていた。

「ちひろ、早いね」

「今日4年は午前中だったの」


 尚輝が袋を置きながらちひろに尋ねた。


「ちひろ、ニコピンと何やってんの?」


 ちひろが国語の教科書を手に持ちひらひらさせた。


「ニコピンに勉強を教えてたの。

 学校とか一度も行った事ないんだもの」

「へぇ。勉強ねぇ」

「そうよ、漢字くらい読めないと不便じゃない。

 ニコピン、カタカナもローマ字も判らないみたいだもん。尚輝こそ、その袋、何?」


 勇斗が尚樹の代わりに答えた。


「尚輝がこの小屋に電気を通すんだって。

 凄いだろ」

「ええ!電気来るようになるの?

 凄い凄い!」


 尚輝が袋の中身を出しながら答えた。


「でも、まだ見てみないと判らないよ。

 ケーブルが来ててもこっちの方の配電盤とかが無いと電気は無理だから」

「でも、電気来たら凄いわぁ。

 尚輝、デブの癖にやるじゃん」

「デブは余計でしょ」

「ごめんごめん」


 ちひろは手を合わせて尚輝に謝った。


「ちひろって時々言いすぎるよな。

 失礼だよ。尚輝は電気に詳しいデブなんだぜ。

 な、尚輝」

「…勇斗…」


 尚輝が手をこめかみに当てて俯いたが気を取り直すように顔を上げた。


「まぁ、いいや、勇斗、はしごか脚立があったら出してよ」


 尚輝ははしごを持った勇斗を従えて小屋の周りを廻った。

 ケーブルの入り口を見つけるとはしごをかけてケーブルを引っ張ってみた。

 しっかりと固定されているのを確認すると尚輝ははしごを降りて小屋の中に入った。

 尚輝は小屋の中の上の方を見回した。


「おかしいな、この辺に配電盤が…ああ、きっとこの中なんだ」


 尚輝が押入れを開けると上の段に上がり、天井の板をはずした。

 ほこりを被った配電盤がそこにあった。


「ああ、そうか、押入れとかは後からつけたんだ。

 だから配電盤がここになっちゃったんだな」


 尚輝が懐中電灯を持つとまた、押入れの上の段に入った。

 勇斗、ちひろ、ニコピンが興味津々で見ている。

 配電盤の中を覗き込んだ尚輝が言った。


「なんだ、工具なんか要らないや、簡単簡単」


 そういうと尚輝は配電盤の中のブレーカーのスイッチを次々と上げていった。


「勇斗、明かりのスイッチを点けてみて」


 勇斗がスイッチを入れると、畳の間の裸電球が弱々しく灯った。


「うわぁ!点いた!」

「きゃー!尚輝かっこいい!」


 勇斗とちひろが口々に叫んだ。

 ニコピンも嬉しそうに飛び跳ねてる。

 照れくさそうな笑顔で尚輝が押入れから降りてきた。


「これなら工具とか要らなかったな」


 勇斗達はテレビに電源を入れてみた。

 荒れた画像が浮き出た。


「凄いわ!テレビ見れるのね!」

「でも、画面が悪いね」


 勇斗がテレビの上の室内アンテナを色々と動かすが画像や音が中々良くならなかった。


「ああ、簡単簡単、僕がやるから待って」


 尚輝が袋から取り出した工具で室内アンテナを分解しそこに針金をつなぐと窓まで針金を持っていって窓の冊子に沿って針金を止め始めた。

 そして又、室内アンテナのカバーを付け直すとテレビの画面が鮮明な映像を映し始めた。


「きゃー!凄い凄い!

 尚輝、かっこいいわぁ!」


 ちひろとニコピンが飛び跳ねて手を叩いた。

 勇斗が尚輝の肩を叩いた。


「尚輝、すごいな!見直したよ」


 テレビでは午後のニュースで、ある国の自爆テロのことを流していた。

 大人たちが血だらけになった子供を担いで車に乗せ、病院に向かう映像に勇斗立ちは顔をしかめ、ちひろが文句をつけた。


「もう、このテレビではじめて見るのがこれぇ?」


 ニコピンがテレビに駆け寄り、怪我をしてぐったりしている子供が写っている画面に手を当てた。

 勇斗と尚輝が笑った。

 ニコピンが、キッとして勇斗達を振り返った。

 勇斗が慌ててニコピンに言った。


「ニコピン、それはテレビだから、ニコピンでもその子は治せないよ」


 ニコピンがノートを取り、書いた。


そこ いく あのこ なおす


 尚輝が笑いながらニコピンに言った。


「無理だよニコピン、遠い所で飛行機や船に乗らなきゃ行けないよ。


 それに、遠すぎて僕達と関係ないところだもん」


「そうよ、あの子はかわいそうだけど、日本とは関係ないし、遠いのよ、行くだけでお金だってたくさんいるのよ」

「日本が平和でよかったよ」


 勇斗達が口々に行った。

 ニコピンがノートに書いた。


とおくても そこ にこぴん いきたい ゆうとたち ほんとうは かんけいある しらない かわいそう


「そりゃ確かに同じ地球のことだけど…」

「大人達が悪いんだよ僕達には何も出来ないよ」

「ニコピンだってあんなとこに言ったら死んじゃうよ。

日本が平和でよかったじゃない」


とおい ちかい かんけいない ちがう ほんとうはかんけいある なにもしない だめ


 ニコピンがノートを勇斗達に向け悲しそうな顔を浮かべて、小屋から出て行った。

 勇斗達は互いに顔を見合わせ、ニコピンの後を追った。

 ニコピンは小屋の裏の墓地の隅で膝を抱えてしゃがんでいた。

 勇斗がおずおずとニコピンに近付いた。


「ニコピン、御免ね。

でも、あそこに行きたくても遠すぎて行けないよ」

「ニコピンを笑ったんじゃないよ。御免ね」

「私達、まだ子供だからかわいそうに思っても何も出来ないよ」


 勇斗達は口々に謝った。

 ニコピンは目に涙を浮かべて勇斗達を見つめた。

 尚輝が気まずい空気を打ち消すように口を開いた。


「ニコピン!昨日持ってきたプレゼントを開けようよ!ね!ね!」


 尚輝がニコピンを無理やり立たせると手を引いて小屋の中に連れて行った。

 ニコピンを小屋に入れた尚輝が押入れの中から昨日の買物の袋を出した。


「ニコピン、これを着てみてよ。

 僕がニコピンのために買ったんだよ」


 袋の中を覗き込んだ勇斗とちひろが声を上げた。


「へぇ!Yシャツにネクタイじゃん!尚輝やるなぁ!」

「革靴もあるわ!尚輝、気前良いねぇ!」

「ニコピンもきちんとした服を持ってないとね」


 尚輝の真意は別の所にあるのだがその事はおくびにも出さずに尚輝は笑顔を浮かべた。

 尚輝がYシャツの包装を開けるのをニコピンが興味津々の表情で見ている。


「さぁ、ニコピンこれを着てみて!」


 ニコピンがスェットの上を脱いでYシャツに袖を通した。

 尚輝がネクタイを取り出してニコピンの首にかけた。

 ニコピンはネクタイの結び方を知らないらしく、物珍しそうに首にかけられたネクタイを見ていた。


「なんだ、ニコピンネクタイの締め方判らないのか」


 尚輝がニコピンのネクタイを締めようとおぼつかない手付きでネクタイをいじったが、ネクタイをちょうちょ結びにしそうになった時、勇斗がたまらずに立ち上がった。


「尚輝、ネクタイはこう締めるんだよ」


 勇斗がニコピンの首にさらりとネクタイを締めてやった。


「勇斗すごいね、おっとなぁ!」

ちひろがはしゃいで言った。

「とうさんの葬式の時、母さんが教えてくれたんだ。」


 ちひろが黙り、尚輝が俯いた。

 雰囲気を変える様に勇斗が明るい声を出した。


「さぁ、これで良いよ!ニコピン、靴下を履いて」

靴下を履いたニコピンに勇斗達が新しい革靴を履かせた。

「どう?ニコピン、サイズ合ってる?」


 ニコピンが土間で立ち、笑顔でうなずいた。

 尚輝が勇斗の父の上着を着せた。


「わぁ、見違えるねぇ!」

「ニコピン、カッコいいわよ!」


 勇斗達が口々にニコピンを褒めた。

 ニコピンがはにかみながら新しい靴の歩き具合を確かめた。


「鏡無いかなぁ?」

「そうねぇ…」

「小屋の入り口のガラスで見れるよ」

「あっそうか」


 勇斗達がニコピンを小屋の入り口のサッシの前に立たせた。

 ガラスに映った自分の姿を見て、ニコピンが照れた表情を浮かべた。


「いいよ、似合ってるよニコピン」

「なんか、七五三みたいだけど、ホームレスには見えないわぁ!」

確かにニコピンはホームレスには見えなかった。

「じゃ、汚れないうちにシャツとか脱いでよ」


 尚輝が笑顔のニコピンに言うと、ニコピンが悲しそうな顔をした。

 小屋で尚輝がニコピンのシャツなどを脱がすと大切そうに又袋に入れた。


「ニコピン、これはよそ行きだから、寝る時に着たりしたら駄目だよ」

「うわ、尚輝厳しい!」

「確かに着たまんまだとすぐ汚れるもんねぇ。

ところでこの袋は何?」


 ちひろが白衣が入った袋を持ち上げた。


「ああ、それは僕の買い物だよ」


 尚輝が慌ててちひろから袋を取ると押入れの中に入れた。

 ちひろは大して興味無さそうにふうんと唸った。

 夕暮れになり、勇斗達は小屋を後にした。





続く

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