第7話 奇跡2
その年、空梅雨のまま盛夏を迎えた里では、その後も雨の兆しはなかった。
水不足により作物は枯れ、稲の生育が悪く米の収穫も危ぶまれた。
このままでは、冬を越せないどころか餓えてしまうと窮する人々は、山神神社に雨乞いの祈祷にやってきた。
美月姫が拝殿にて祈祷を始めると、それまで雨など降る兆候すらなかった里の空に雷鳴が轟いた。
「おい!雨だ!」
干天の慈雨は、その後三日間降り注ぎ野山を潤した。
里の者たちは、予測困難な自然現象を祈りだけで意図も簡単に起こした美月姫に心底驚いた。
「あの娘こそ、碧き瞳の神獣ではないか」
この里には、古(いにしえ)より語り継がれる伝承があった。
『碧き瞳の白狼現れし時、神獣どもが覚醒す。そは、始まりの時なり――』
美月姫の神秘的な力に魅せられた者たちは「伝説の神獣、碧眼の白狼の再来」、太陽神が女神であるならば、美月姫は「月の女神」と称し、現人神として崇める者まで現れた。
生活に困窮した人々は、美月姫の元を訪れ「後生だから病を治してほしい」と懇願する者も少なくなかった。
美月姫は、貧しき民を救うために異能を発動させ次々と奇跡を起こしていった。
そんな中、噂を聞きつけ遠方遥々やってきた傍観者たちは、美月姫の起こす信じがたい奇跡を目の当りにし驚愕した。
美月姫の噂は各地域に口伝えに広まり、「先見の明は一国の栄枯盛衰までも見抜く」「異能の力は一騎当千。戦場で千人もの兵を一瞬で殲滅した」と噂は一人歩きし、「『戦の女神』を守護神とする者は手最早敵なし」と噂は止まることをことを知らず破竹の勢いで広まった。
美月姫の「困っている人の力になりたい」ただそれだけの願いで起こした奇跡は、無情にも人ならざる者として映り、かえって人々に恐れを抱かせた。
その出来事は、美月姫と人々との間に見えない溝をつくり生きづらさすら覚えた。
人の本心たる心の声が意識せずとも聞こえてしまう美月姫とって、人々がどんなに取り繕ったところで裏腹なその心は全てお見通しだった。
「バケモノ」「妖」「呪われた子」――
人々は心の中で美月姫を恐れ、見下し、罵倒するのだ。
形のないそれは、鋭い刃となって美月姫の心に深い傷を残した。
また、美月姫が美しく成長すると、男たちから好奇な眼差しや舐るような視線を注がれるようになった。
中には「いつか手籠めにしてやろう」など野蛮な声が聞こえてくることもあり怖気立った。
人の本音を知れば知るほど美月姫の繊細な心は傷つき、人に恐れを抱き心閉ざしていくばかり。
そんな美月姫に恐れを抱くことなく接してくれるのはただ一人、蒼空だけだった。
「僕は助かるよ。美月姫が心を読んでくれるおかげで言葉にする手間が省けるからね」
そう笑って話す蒼空に、いつだって心救われてきた。
蒼空はその名のように、一点の汚れもなく純粋で清らかな心の持ち主。これまで、幾度となく蒼空に励まされ勇気づけられてきた。
美月姫には蒼空が全てだった。蒼空が傍にいてくれるから、辛いことも乗り越えることができたのだ。
美月姫は、そんな蒼空のお嫁さんになる日を夢見ていた。
だが、自分のようなものを娶った蒼空が、里の者たちから何を言われるか想像しただけで怖かった。
これまで世話になった蒼空や家族に迷惑をかけるわけにはいかないのだ。
だから、自分のような卑しい立場の者が幸せを望んではいけないと己を戒めた。
美月姫は、蒼空との幸せは叶わぬ夢と諦めながらも願わずにはいられなかった。
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