第5話 望月の照らす夜

 齢十四を迎えた美月姫と蒼空。

 二人は、いつものように弟妹たちと布団を並べ床に就く。

 皆が寝静まった頃、蒼空は小声で囁いた。

「美月姫、まだ起きているか?」

「ん・・・・・どうしたの」

「ちょっと外に出ないか?」

「外・・・・・・?今から?」

「大丈夫。直ぐそこだから」

 何やら考えのある蒼空は、寝ぼけ眼の美月姫を連れ出し屋敷をこっそり抜け出した。

 闇夜に慣れず石に躓いた美月姫を、蒼空は胸に抱きとめる。

「大丈夫か?足元に気をつけて」

 蒼空は、美月姫の手をとり丘の上を目指した。

「わぁ、綺麗・・・・・・」

 そこには大きな満月が――

 二人が訪れるのを待っているかのようだった。

 辺りを見渡すと、煌々と輝く月光に照らされたすすきの穂が銀色に輝き、風にそよそよと揺れる様は得も言われぬ美しい光景だ。

「誰にも邪魔されず、二人きりで見たかったんだ」

 ちょっぴり照れくさそうに話すと、美月姫が月を背にくるりと振り返り微笑んだ。

 蒼空は、思わず目を瞠る。

 美月姫の美しい白金の髪は、月光に光り輝き風に靡いている。

 透き通る白皙の肌は、月の光を孕み美月姫自身が発光しているかのよう。

「月の女神・・・・・・?」

 美月姫のことをそう呼ぶ者がいた。まさに『月の女神』を彷彿させる美しさだ。

 太陽神が女神ならば、美月姫は月の女神と称する者もいた。

 彼女こそ月の女神に相応しい。そう思った瞬間だった。

 澄んだ蒼穹のような美しい瞳には、蒼空だけが映っている。

「このままずっと一緒にいられたらいいね」

 心を読まれたか。何気ない一言に、蒼空の心臓が跳ね躍る。

「約束しただろ?僕のお嫁さんになってくれるって」

 蒼空は、恥ずかし気に俯いたままコクリと頷く美月姫を引き寄せ抱きしめた。

「大好きだよ、美月姫」

 腕の中で顔をあげた美月姫と至近距離で目が合った。

「蒼空・・・・・・」

 見つめ合う二人。

 月光に輝く碧玉と黒曜石の瞳に互いが写り込んでいる。

 蒼空は、美月姫の滑らかな頬に触れ愛おしげに見つめる。

 美月姫の形の良い唇に目が止まり、好奇心から母指でそっと触れてみた。

 刹那、美月姫はピクリと身を強張らせ恥ずかし気に目を泳がせる。

 その表情が堪らなく愛おしくて、もっと困らせたい衝動に駆られた蒼空。

 今度はふっくらと柔らかな唇に沿ってゆっくりと指を滑らせていく。

 ドキドキと張りつめた心臓の鼓動が、蒼空の指先を介して互いに伝わりくる。

 蒼空は、美月姫のこれまで見たこともない艶めく表情に魅了される。

 今宵の神秘的な月の影響か。

 蒼空は、いつもより大胆な行動をとる自分に驚きを感じつつ、美月姫への溢れる思いは抑えることができない。

 美月姫にゆっくりと顔を寄せる蒼空。

 望月の照らす夜――

 想いを寄せ合う二人は、初めての口づけを交わした。

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