第4話 バケモノ

 両手いっぱいに何やら持った童が駆けてきて、石につまずき転倒した。

 美月姫は、大泣きする童を抱き起こし着物の泥を払いながら声をかける。

「大丈夫?どこか痛い?」

 童は美月姫と目があった刹那、後ろに大きく飛び退き「わぁ!こ、こっちに来るな!バケモノ!」と恐怖に慄く。

 美月姫が困惑していると、女が子供の両肩に手を置き言い聞かせた。

「そんなこと言ってはいけないよ。昔から白い生き物は神様の使いだっていうだろ」

「神様の使い?」

「そうだよ。だから、そんなことを言ったら罰が当たるよ」

 女は童に優しく諭す。童は、恐る恐る顔を上げ美月姫と再び目が合うとヒッと顔を引きつらせた。

 それを見た女がこちらを一瞥した刹那、美月姫はゾクリとしその身を竦めた。

『この、バケモノが!』

 先程、童に諭した女の言の葉とは裏腹な心の声は、研ぎ澄まされた刃を不意に投げつけられたように恐ろしく感じられた。

(誰も信用なんてできない!)

 美月姫は、何事もなかったかように作り笑顔を張りつけて平然を装い、童がこぼしたどんぐりの実を拾うが手が震え出す。

 集めたどんぐりを差し出すと、童は手を引っ込め警戒した。

 自分は、この子にとってそれほど恐ろしい存在なのだと思い知らされた。

「ごめんね・・・・・・」

 どんぐりの実を地面に置くとその場から去る。

 俯く瞳から、ポタリと滴が零れ落ちた。

 美月姫は、人とは違う容姿と心の声が聞こえてしまう特殊な能力を嘆いた。

 里の者たちは、表情を偽り言の葉にしないだけで心の中では美月姫を侮蔑し、罵詈雑言を浴びせ忌嫌う。

本来、他人の心の声を聞くことなどできないのだから、心で何を想おうと相手に知られることはないのだ。

 だが、心の声が否でも聞こえてきてしまう美月姫にとって、それは自分を傷つける凶器でしかない。

 人々から向けられる偏見や好奇の眼差し、心無い数々の言動や裏腹な心の声は脅威となり、鋭利な刃となって襲い来る。

 それは、美月姫の心に深い傷を負わせた。

 


ある日、美月姫は里では見かけぬみすぼらしい女が物乞いしているところに出くわした。

 すすけた顔をボサボサに乱れた長い髪が覆い、垢だらけの瘦せこけた肢体に色柄もわからないボロ布のような着物を纏っている。

 ギョロリとした目で見られたら童は泣き出すことだろう。脚が悪いのか、歩行する度に体が左右に大きく揺れ動く。

 見るからに人ならざる者のような女は、生きているのが不思議なくらいだった。

「やい!バケモノ!あっちへ行け!」

 童たちは、女に心無き言葉を浴びせ石を投げつけると、女はその場に蹲り怯えている。

 女が何かしたわけではない。ただ、他と容姿が違うというだけで忌み嫌われる女が気の毒に思えてならなかった。

「皆やめて!なんて酷いことをするの。怪我をしているでしょ」

 美月姫が諫めると、子供たちは一瞬怯み後ずさる。

「おい!こっちからもバケモノが来たぞ!」

「逃げろ――!」

 ――――バケモノ。

 美月姫を傷つけるのに十分だった。童は正直だ。分かっている。自分が里の人たちからどう思われているかなんて。大人は口に出さないだけで、異端視するのだから。

「あの、大丈夫ですか。よかったら家に寄っていきませんか」

 哀れな女に声をかけると、女は美月姫を見るなり驚愕の眼で腰を抜かした。

『ひぃ~!バ、バケモノ!神様、仏様、助けて――!』

 女の心の声が美月姫の繊細な心を鋭く抉る。

 髪から全身に至り白く、碧眼の瞳を宿す美月姫は初めて見る者に衝撃を与えた。

 どうやら、自分のような容姿の人間は他に存在しないらしい。

 だからか、噂を聞きつけた者たちは両手いっぱいに何やら持った童が駆けてきて、石につまずき転倒した。

 美月姫は、大泣きする童を抱き起こし着物の泥を払いながら声をかけた。

「大丈夫?どこか痛い?」

 童は美月姫と目があった刹那、後ろに大きく飛び退き「わぁ!こ、こっちに来るな!バケモノ!」と恐怖に慄く。

 美月姫が困惑していると、女が子供の両肩に手を置き言い聞かせた。

「そんなこと言ってはいけないよ。昔から白い生き物は神様の使いだっていうだろ」

「神様の使い?」

「そうだよ。だから、そんなことを言ったら罰が当たるよ」

 女は童に優しく諭す。童は、恐る恐る顔を上げ美月姫と再び目が合うとヒッと顔を引きつらせた。それを見た女がこちらを一瞥した刹那、美月姫はゾクリとしその身を竦めた。『この、バケモノが!』

 先程、童に諭した女の言の葉とは裏腹な心の声は、研ぎ澄まされた刃を不意に投げつけられたように恐ろしく感じられた。

(誰も信用なんてできない!)

 美月姫は、何事もなかったかように作り笑顔を張りつけて平然を装い、童がこぼしたどんぐりの実を拾うが手が震え出す。集めたどんぐりを差し出すと、童は手を引っ込め警戒した。

 自分は、この子にとってそれほど恐ろしい存在なのだと思い知らされた。

「ごめんね・・・・・・」

 どんぐりの実を地面に置くとその場から去る。

 俯く瞳から、ポタリと滴が零れ落ちた。

 美月姫は、人とは違う容姿と心の声が聞こえてしまう特殊な能力を嘆いた。

 里の者たちは、表情を偽り言の葉にしないだけで心の中では美月姫を侮蔑し、罵詈雑言

 を浴びせ忌嫌う。本来、他人の心の声を聞くことなどできないのだから、心で何を想おうと相手に知られることはないのだ。

 だが、心の声が否でも聞こえてきてしまう美月姫にとって、それは自分を傷つける凶器

 でしかない。人々から向けられる偏見や好奇の眼差し、心無い数々の言動や裏腹な心の声は脅威となり、鋭利な刃となって襲い来る。それは、美月姫の心に深い傷を負わせた。

 ある日、美月姫は里では見かけぬみすぼらしい女が物乞いしているところに出くわした。

 すすけた顔をボサボサに乱れた長い髪が覆い、垢だらけの瘦せこけた肢体に色柄もわからないボロ布のような着物を纏っている。

 ギョロリとした目で見られたら童は泣き出すことだろう。脚が悪いのか、歩行する度に体が左右に大きく揺れ動く。

 見るからに人ならざる者のような女は、生きているのが不思議なくらいだった。

「やい!バケモノ!あっちへ行け!」

 童たちは、女に心無き言葉を浴びせ石を投げつけると、女はその場に蹲り怯えている。

 女が何かしたわけではない。ただ、他と容姿が違うというだけで忌み嫌われる女が気の毒に思えてならなかった。

「皆やめて!なんて酷いことをするの。怪我をしているでしょ」

 美月姫が諫めると、子供たちは一瞬怯み後ずさる。

「おい!こっちからもバケモノが来たぞ!」

「逃げろ――!」

 ――――バケモノ。

 美月姫を傷つけるのに十分だった。童は正直だ。分かっている。自分が里の人たちからどう思われているかなんて。大人は口に出さないだけで、異端視するのだから。

「あの、大丈夫ですか。よかったら家に寄っていきませんか」

 哀れな女に声をかけると、女は美月姫を見るなり驚愕の眼で腰を抜かした。

『ひぃ~!バ、バケモノ!神様、仏様、助けて――!』

 女の心の声が美月姫の繊細な心を鋭く抉る。

 髪から全身に至り白く、碧眼の瞳を宿す美月姫は初めて見る者に衝撃を与えた。

 どうやら、自分のような容姿の人間は他に存在しないらしい。

 だからか、噂を聞きつけどこからともなくやって来た者たちは、美月姫を一目見るなり驚愕し恐怖に慄く者たちまでもいた。




 美月姫が綾乃に引き取られて二年経ったある日、旅芸人の一座がやってきた。

 都でもなければ滅多に見ることのできない一座は、芸を業とし倭の各地を旅して回っているのだとか。

 芸人たちは、倭では見たこともないような文様染めの更紗に異国風の煌びやかな飾りを身につけている。また、倭では珍しい南蛮渡来の笛や太鼓でお囃子を奏で、里を練り歩いて回った。

 蒼空と美月姫も、珍しい旅芸人のお囃子に誘われ後をついて回り心躍らせた。

 広場は、好奇心をくすぐられた見物客で賑わいを見せた。

 芸人たちは、舞を踊るもの者、水芸を披露する者、綱渡りや短刀投げ、関節外しなど躰を張る者たちもいた。中でも、笛や太鼓のお囃子に合わせ芸を披露する猿回しは、滑稽で人々の笑いを誘い童たちにも人気だった。


 また、芸ばかりでなく、盲目の琵琶法師による三味線の弾き語りもあった。

 それはかつて、倭で栄華を極めたとある一族の軍記物語だった。

 その妖しくも美しく儚い演奏は、人々の琴線に触れ涙を誘う。

 諸行無常の世を生きる人々にとって、生まれては消滅する儚い人の一生は避けては通れない。その移り変わる時の流れに、微力であっても人は抗い、もがき苦しみながら生きていくのだ。

 幼き美月姫であったが、琵琶法師に『この瞬間をどう生きるか――』そう問われたような気がした。


 他にも、日常では見られない珍しい物や獣、人までも見世物となっていた。

 その中には、自由を拘束され虚ろな目をした人が見世物にされていたから驚いた。

 それを目の当りにした美月姫は、酷い衝撃と動揺に心が追いつかず気分が悪くなる。


 旅芸人の元締は、美月姫見るなり上から下までジロジロと見て値踏みするような視線を送り、あろうことか美月姫を売って欲しいと家まで交渉にやってきたのだ。

 蒼空の父親である蔵之介は、その申し出に激怒し、不届き者を一喝すると門前払いした。

 だが、諦めきれなかった元締は、美月姫が一人でいるところを無理やり拐かそうとしたのだ。

 そこへ偶然居合わせた蒼空は、恐れることなく輩に立ち向かい美月姫を助けようとした。

 子供の蒼空が反撃したところで、大の大人をねじ伏せることはできないと分かっていたが、蒼空は輩に必死にしがみつき、噛みつき爪で引っ掻いて攻撃した。

「痛い!痛い!痛い!!放せ!この小僧!」

 思いもよらぬ反撃に、輩は美月姫から手を離す。

「逃げろ!」

 その日以来、再び美月姫が人さらいに遭うのではないかと警戒する蒼空は、少しでも姿が見えないと探し回るありさまだった。

 こんなにも蒼空に迷惑をかけてしまう自分が情けなくて、人として劣等感を覚えずにはいられなかった。


 幼き頃、山神神社に捨て置かれた美月姫は、その風変わりな容貌から見世物小屋に引き渡される話もあがっていたことを後に知った。

 人が人として扱われていないことに衝撃を覚えた美月姫は、他人事と思えず胸が苦しかった。

「こんな自分は、一体何のために生まれてきたのだろうか」「こんなにも辛い思いをするのならば、生まれてなどこなければよかった」と己を卑下し存在意義を見出すことができずにいた。

 人々の心の声にとらわれ怯える日々を送るうちに、天真爛漫な笑顔が消える。

 自分を生んでくれた亡き母に申し訳なさを抱きながらも、相反する想いに心想は迷宮するばかり。

「人がなんと言おうと決して気にしてはいけない。僕たちはいつだって美月姫の見方だよ」

 そう励ましてくれた蒼空の言葉が胸に沁みる。

 蒼空の心はその名のように、一点の穢れもなく澄んでいて、嘘偽りなく純粋で清らかだ。

 蒼空と家族は、優しくて血の繋がりもない寄る辺ない美月姫を大事にしてくれるのだ。

(早く大人になって、いつか蒼空と家族に恩返しをしたい)

 美月姫は、蒼空と家族のために役に立ちたいと心から強く願った。両手いっぱいに何やら持った童が駆けてきて、石につまずき転倒した。

 美月姫は、大泣きする童を抱き起こし着物の泥を払いながら声をかけた。

「大丈夫?どこか痛い?」

 童は美月姫と目があった刹那、後ろに大きく飛び退き「わぁ!こ、こっちに来るな!バケモノ!」と恐怖に慄く。

 美月姫が困惑していると、女が子供の両肩に手を置き言い聞かせた。

「そんなこと言ってはいけないよ。昔から白い生き物は神様の使いだっていうだろ」

「神様の使い?」

「そうだよ。だから、そんなことを言ったら罰が当たるよ」

 女は童に優しく諭す。童は、恐る恐る顔を上げ美月姫と再び目が合うとヒッと顔を引きつらせた。それを見た女がこちらを一瞥した刹那、美月姫はゾクリとしその身を竦めた。『この、バケモノが!』

 先程、童に諭した女の言の葉とは裏腹な心の声は、研ぎ澄まされた刃を不意に投げつけられたように恐ろしく感じられた。

(誰も信用なんてできない!)

 美月姫は、何事もなかったかように作り笑顔を張りつけて平然を装い、童がこぼしたどんぐりの実を拾うが手が震え出す。集めたどんぐりを差し出すと、童は手を引っ込め警戒した。

 自分は、この子にとってそれほど恐ろしい存在なのだと思い知らされた。

「ごめんね・・・・・・」

 どんぐりの実を地面に置くとその場から去る。

 俯く瞳から、ポタリと滴が零れ落ちた。

 美月姫は、人とは違う容姿と心の声が聞こえてしまう特殊な能力を嘆いた。

 里の者たちは、表情を偽り言の葉にしないだけで心の中では美月姫を侮蔑し、罵詈雑言

 を浴びせ忌嫌う。本来、他人の心の声を聞くことなどできないのだから、心で何を想おうと相手に知られることはないのだ。

 だが、心の声が否でも聞こえてきてしまう美月姫にとって、それは自分を傷つける凶器

 でしかない。人々から向けられる偏見や好奇の眼差し、心無い数々の言動や裏腹な心の声は脅威となり、鋭利な刃となって襲い来る。それは、美月姫の心に深い傷を負わせた。

 ある日、美月姫は里では見かけぬみすぼらしい女が物乞いしているところに出くわした。

 すすけた顔をボサボサに乱れた長い髪が覆い、垢だらけの瘦せこけた肢体に色柄もわからないボロ布のような着物を纏っている。

 ギョロリとした目で見られたら童は泣き出すことだろう。脚が悪いのか、歩行する度に体が左右に大きく揺れ動く。

 見るからに人ならざる者のような女は、生きているのが不思議なくらいだった。

「やい!バケモノ!あっちへ行け!」

 童たちは、女に心無き言葉を浴びせ石を投げつけると、女はその場に蹲り怯えている。

 女が何かしたわけではない。ただ、他と容姿が違うというだけで忌み嫌われる女が気の毒に思えてならなかった。

「皆やめて!なんて酷いことをするの。怪我をしているでしょ」

 美月姫が諫めると、子供たちは一瞬怯み後ずさる。

「おい!こっちからもバケモノが来たぞ!」

「逃げろ――!」

 ――――バケモノ。

 美月姫を傷つけるのに十分だった。童は正直だ。分かっている。自分が里の人たちからどう思われているかなんて。大人は口に出さないだけで、異端視するのだから。

「あの、大丈夫ですか。よかったら家に寄っていきませんか」

 哀れな女に声をかけると、女は美月姫を見るなり驚愕の眼で腰を抜かした。

『ひぃ~!バ、バケモノ!神様、仏様、助けて――!』

 女の心の声が美月姫の繊細な心を鋭く抉る。

 髪から全身に至り白く、碧眼の瞳を宿す美月姫は初めて見る者に衝撃を与えた。

 どうやら、自分のような容姿の人間は他に存在しないらしい。

 だからか、噂を聞きつけた者たちが美月姫を一目見ようとどこからともなくやって来た。

 美月姫を初めて見た者たちの反応は皆同じで、驚愕し恐怖に慄く者たちまでもいた。




 美月姫が綾乃に引き取られて二年経ったある日、旅芸人の一座がやってきた。

 都でもなければ滅多に見ることのできない一座は、芸を業とし倭の各地を旅して回っているのだとか。

 芸人たちは、倭では見たこともないような文様染めの更紗に異国風の煌びやかな飾りを身につけている。また、倭では珍しい南蛮渡来の笛や太鼓でお囃子を奏で、里を練り歩いて回った。

 蒼空と美月姫も、珍しい旅芸人のお囃子に誘われ後をついて回り心躍らせた。

 広場は、好奇心をくすぐられた見物客で賑わいを見せた。

 芸人たちは、舞を踊るもの者、水芸を披露する者、綱渡りや短刀投げ、関節外しなど躰を張る者たちもいた。中でも、笛や太鼓のお囃子に合わせ芸を披露する猿回しは、滑稽で人々の笑いを誘い童たちにも人気だった。


 また、芸ばかりでなく、盲目の琵琶法師による三味線の弾き語りもあった。

 それはかつて、倭で栄華を極めたとある一族の軍記物語だった。

 その妖しくも美しく儚い演奏は、人々の琴線に触れ涙を誘う。

 諸行無常の世を生きる人々にとって、生まれては消滅する儚い人の一生は避けては通れない。その移り変わる時の流れに、微力であっても人は抗い、もがき苦しみながら生きていくのだ。

 幼き美月姫であったが、琵琶法師に『この瞬間をどう生きるか――』そう問われたような気がした。


 他にも、日常では見られない珍しい物や獣、人までも見世物となっていた。

 その中には、自由を拘束され虚ろな目をした人が見世物にされていたから驚いた。

 それを目の当りにした美月姫は、酷い衝撃と動揺に心が追いつかず気分が悪くなる。


 旅芸人の元締は、美月姫見るなり上から下までジロジロと見て値踏みするような視線を送り、あろうことか美月姫を売って欲しいと家まで交渉にやってきたのだ。

 蒼空の父親である蔵之介は、その申し出に激怒し、不届き者を一喝すると門前払いした。

 だが、諦めきれなかった元締は、美月姫が一人でいるところを無理やり拐かそうとしたのだ。

 そこへ偶然居合わせた蒼空は、恐れることなく輩に立ち向かい美月姫を助けようとした。

 子供の蒼空が反撃したところで、大の大人をねじ伏せることはできないと分かっていたが、蒼空は輩に必死にしがみつき、噛みつき爪で引っ掻いて攻撃した。

「痛い!痛い!痛い!!放せ!この小僧!」

 思いもよらぬ反撃に、輩は美月姫から手を離す。

「逃げろ!」

 その日以来、再び美月姫が人さらいに遭うのではないかと警戒する蒼空は、少しでも姿が見えないと探し回るありさまだった。

 こんなにも蒼空に迷惑をかけてしまう自分が情けなくて、人として劣等感を覚えずにはいられなかった。


 幼き頃、山神神社に捨て置かれた美月姫は、その風変わりな容貌から見世物小屋に引き渡される話もあがっていたことを後に知った。

 人が人として扱われていないことに衝撃を覚えた美月姫は、他人事と思えず胸が苦しかった。

「こんな自分は、一体何のために生まれてきたのだろうか」「こんなにも辛い思いをするのならば、生まれてなどこなければよかった」と己を卑下し存在意義を見出すことができずにいた。

 人々の心の声にとらわれ怯える日々を送るうちに、天真爛漫な笑顔が消える。

 自分を生んでくれた亡き母に申し訳なさを抱きながらも、相反する想いに心想は迷宮するばかり。

「人がなんと言おうと決して気にしてはいけない。僕たちはいつだって美月姫の見方だよ」

 そう励ましてくれた蒼空の言葉が胸に沁みる。

 蒼空の心はその名のように、一点の穢れもなく澄んでいて、嘘偽りなく純粋で清らかだ。

 蒼空と家族は、優しくて血の繋がりもない寄る辺ない美月姫を大事にしてくれるのだ。

(早く大人になって、いつか蒼空と家族に恩返しをしたい)

 美月姫は、蒼空と家族のために役に立ちたいと心から強く願った。どこからともなくやって来た。

 美月姫を初めて見た者たちの反応は皆同じで、驚愕し恐怖に慄く者たちまでもいた。



 美月姫が綾乃に引き取られて二年経ったある日、旅芸人の一座がやってきた。

 都でもなければ滅多に見ることのできない一座は、芸を業とし倭の各地を旅して回っているのだとか。

 芸人たちは、倭では見たこともないような文様染めの更紗に異国風の煌びやかな飾りを身につけている。

 また、倭では珍しい南蛮渡来の笛や太鼓でお囃子を奏で、里を練り歩いて回った。

 蒼空と美月姫も、珍しい旅芸人のお囃子に誘われ後をついて回り心躍らせた。

 広場は、好奇心をくすぐられた見物客で賑わいを見せた。

 芸人たちは、舞を踊るもの者、水芸を披露する者、綱渡りや短刀投げ、関節外しなど躰を張る者たちもいた。

 中でも、笛や太鼓のお囃子に合わせ芸を披露する猿回しは、滑稽で人々の笑いを誘い童たちにも人気だった。

 また、芸ばかりでなく、盲目の琵琶法師による三味線の弾き語りもあった。

 それはかつて、倭で栄華を極めたとある一族の軍記物語。

 その妖しくも美しく儚い演奏は、人々の琴線に触れ涙を誘う。

 諸行無常の世を生きる人々にとって、生まれては消滅する儚い人の一生は避けては通れない。

 その移り変わる時の流れに、微力であっても人は抗い、もがき苦しみながら生きていくのだ。

 幼き美月姫であったが、琵琶法師に『この瞬間をどう生きるか――』そう問われたような気がした。


 他にも、日常では見られない珍しい物や獣、人までも見世物となっていた。

 その中には、自由を拘束され虚ろな目をした人が見世物にされていたから驚いた。

 それを目の当りにした美月姫は、酷い衝撃と動揺に心が追いつかず気分が悪くなる。

 旅芸人の元締は、美月姫見るなり上から下までジロジロと見て値踏みするような視線を送り、あろうことか美月姫を売って欲しいと家まで交渉にやってきたのだ。

 蒼空の父親である蔵之介は、その申し出に激怒し、不届き者を一喝すると門前払いした。

 だが、諦めきれなかった元締は、美月姫が一人でいるところを無理やり拐かそうとしたのだ。

 そこへ偶然居合わせた蒼空は、恐れることなく輩に立ち向かい美月姫を助けようとした。

 子供の蒼空が反撃したところで、大の大人をねじ伏せることはできないと分かっていたが、蒼空は輩に必死にしがみつき、噛みつき爪で引っ掻いて攻撃した。

「痛い!痛い!痛い!!放せ!この小僧!」

 思いもよらぬ反撃に、輩は美月姫から手を離す。

「逃げろ!」

 その日以来、再び美月姫が人さらいに遭うのではないかと警戒する蒼空は、少しでも姿が見えないと探し回るありさまだった。

 こんなにも蒼空に迷惑をかけてしまう自分が情けなくて、人として劣等感を覚えずにはいられなかった。

 


 幼き頃、山神神社に捨て置かれた美月姫は、その風変わりな容貌から見世物小屋に引き渡される話もあがっていたことを後に知った。

 人が人として扱われていないことに衝撃を覚えた美月姫は、他人事と思えず胸が苦しかった。

「こんな自分は、一体何のために生まれてきたのだろうか」「こんなにも辛い思いをするのならば、生まれてなどこなければよかった」と己を卑下し存在意義を見出すことができずにいた。

 人々の心の声にとらわれ怯える日々を送るうちに、天真爛漫な笑顔が消える。

 自分を生んでくれた亡き母に申し訳なさを抱きながらも、相反する想いに心想は迷宮するばかり。

「人がなんと言おうと決して気にしてはいけない。僕たちはいつだって美月姫の見方だよ」

 そう励ましてくれた蒼空の言葉が胸に沁みる。

 蒼空の心はその名のように、一点の穢れもなく澄んでいて、嘘偽りなく純粋で清らかだ。

 蒼空と家族は、優しくて血の繋がりもない寄る辺ない美月姫を大事にしてくれるのだ。

(早く大人になって、いつか蒼空と家族に恩返しをしたい)

 美月姫は、蒼空と家族のために役に立ちたいと心から強く願った。


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