第2話 美月姫

 倭(やまと)はまさに戦乱の世。

 人々は先の見えぬ不条理な世に恐れを抱き、泰平に強い憧れを抱く頃。

 里では見たこともない稀有なる美貌の娘が誕生した。白皙の肌、銀色に輝く白髪、澄んだ蒼穹を写しとったような瞳を宿す娘は、人ならざる神秘的な存在として映った。

 その娘の名は『美月姫(みつき)』。

 美月姫は、生まれつき動物や草木といった生きとし生けるものと心通わすことができた。

「さあ困った。この子は一体どうしたらいいものか」

「里子といっても、人の子など見る余裕などないぞ」

「どこか子のない家に養子にでも出すほかないか」

「そういえば、城下町の蔵元で跡取りがいないと嘆いておったぞ」

「それは誠か。だとしたらその家の養子にどうだろう。早速聞いてみてはくれんか」  

 美月姫の父親は、彼女が生れてまもなく消息不明となり、母親は彼女が齢三つになると他界した。

 その後、母親を育てた老夫婦に引き取られたが、彼らもまた後を追うように他界した。

 丁度先程、里の者たちによって荼毘(だび)に付されたところだ。

 天涯孤独の意味をまだ理解できない幼き美月姫は、皆の心配も知らずしてあどけない表情で微笑んでいる。そんな、寄る辺ない美月姫を不憫に感じ皆心痛めた。

 結局、美月姫は、故郷から遠く離れた蔵元の家に貰われていった。


 それから二年の月日が経ったある日のこと。

 美月姫は、故郷の山神神社に捨て置かれているところを里の者に保護されたのだ。

「仕方あるまい。引き取り手が無い時は、気の毒だが女郎屋にでも連れて行くしかないな」

 人々は、美月姫を憐憫の眼差しで見つめた。

 丁度、山神神社を訪れていた若き女は、日中から老若男女が寄合い、怪訝な面持ちで女郎屋などといった色話をすることに違和感を覚えた。

「こんにちは。五色布の奉納に参った者です・・・・・・どうやら神社の方ではないようですね。何かあったのですか」

 女は、その者たちの話を聴くことになった。

「ああ。二年前にこの里で生まれた童子が貰われていったのだが、どうやら昨日から捨て置かれたようで。本人はというと、ほらあの通り。泣きもせず律儀に義母を待ちわびているという始末。何とも哀れでな」

「まあ、なんて健気な・・・・・・」

 女は、拝殿前の上がり階段にちょこんと腰をおろす童女を遠巻きから見遣り大層驚いた。

「あの子ですか?」

 そこにいたのは、この世の者とは思えぬ杞憂なる美貌の童女だった。

 そのあまりの美しさに、女は目を瞠り息を呑む。

 白皙の肌、銀色に輝く白金の髪、澄んだ空を写しとったような碧い瞳は、まるで天女のようだった。

「それでどうなったの?」

「見ての通り、器量は良いが風変わりでな。妖の子だと気味悪がる者たちもいて、引き取り手が見つからないのだ。気の毒だが、見世物小屋か女郎屋にでも連れて行くしかないと話していたところだ」

「まあ!なんてこと!どうにかならないの・・・・・・」

 女は童女を見遣ると、境内から真っすぐ遠くを見据え、泣きもせず迎えが来るのをただひたすら信じて待っているようだ。気づけば、女は弾かれるように駆けだし、ひとつ大きな深呼吸をすると、童女の目線に屈んで話しかけた。

「こんにちは。私は綾乃(あやの)っていうの。あなたのお名前を教えて?」

「みつき」

 美月姫は、空のように済んだ瞳で綾乃を見つめ返し、お日さまみたいに微笑んだ。

 刹那、綾乃は天女のような童女に心奪われた。

「まぁ、なんて愛らしい子なの。誰を待っているの?」

「お義母さん」

 信じてやまない無垢な美月姫に、綾乃の胸がずくりと痛みを覚える。

 里の者たちの話では、昨日からこの場所で義母を待っているらしい。

「お腹空いたでしょ。私の家に行かない?」

 綾乃は、考えるよりも先に言の葉を発していた。

「行かない」

「あっ、そう・・・・・・。う~ん、私ね、そのお義母さんに頼まれてきたのよ」

「お義母さんに?」

「そうよ」

 綾乃は、大げさなくらい首を縦に振って見せた。

「お義母さんはどこ?」

 昨夜はぐっと冷え込む夜だった。

 この純真無垢な美月姫は、神社に捨て去られたことも知らず、たった一人で空腹と寒さに耐えながら、義母を待ち続けていたことだろう。

 そう思っただけで、胸が張り裂けそうになる。

「あなたのお義母さんはね、ここに来られなくなってしまったの・・・・・・」

 残酷な現実を伝えることなどできなかった。

 感情を抑えきれず、綾乃の瞳に涙が滲みだす。

 美月姫は意味が解らないのか、小首を傾げるばかり。

「お義母さんが迎えに来るまでの間、私の家で暮らすことになったのよ。だからいい子にして待っていましょうね」

「うん。いい子にする」

 綾乃は、自分のついた嘘を信じてやまない美月姫に罪悪感を覚えた。

 美月姫の小さな肩に手を乗せ、曇りなき澄んだ瞳を見つめた。

「そうよ。だから、私と仲良くしてね」

 納得したのか、美月姫は大きく頷き、空のように澄んだ瞳で綾乃を見つめ返した。

「私のことを『おかあさん』て呼んでくれていいのよ」

 美月姫は、大きく頷くと綾乃に満面の笑みで応えた。

 たおやかで奥ゆかしい綾乃は、この里で大きな染物屋に嫁ぎ、美月姫と同い年の子をもつ母親でもあった。染物屋の職人を率いる夫、蔵之介(くらのすけ)は、温厚で人望に厚く、職人たちや里の人々からも慕われる存在だった。

「この子は、私が責任をもって育てます。宜しいですね」

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