神獣伝暗黒大戦記 碧眼の白狼
龍音
第1話 碧き瞳の白狼
そこは、四方を大海に囲まれた大小連なる島々。
倭(やまと)と呼ばれるこの島で暮らす人々は、太古よりこの世に存在するすべての物に神が宿ると考え、八百万(やおよろず)の神として崇めた。
倭は、神を祖先とする帝を中心に政治を行い、『朝廷』と呼ばれるこの組織は、各地に武士たちを配置し長きにわたり倭を治めてきた。
やがて、武士たちが台頭し始めると、各地を統治する武家たちの間で領土をめぐる争いが勃発し、領土の境となる村や里では侵略や殺戮、略奪が横行した。
勢力を増し、とどまることを知らない武家たちは、朝廷に変わり政権を握ろうと旗を揚げ、倭は戦乱の世となった。
争いは激しさを増し、道徳秩序の乱れた倭では無法者たちが蔓延り、村や集落は脅かされた。
ここ、倭駿河ノ国富士埜里(やまとするがのくにふじのさと)も例外ではなかった。
突如現れた輩たちにより、里は襲撃されたのだ。
輩たちは、里の至る場所に火を放ち、人を獲物のように狩り刃で切りつけた。
窮地に追い込まれた里の者たちは、恐怖に慄き悲鳴をあげ逃げ惑う。
行き場を失った人々は、神に縋る想いで山神神社まで逃げ押せてきた。
その、神のご神域である山神神社も輩たちの標的となった。
「構え~!放てぃ!」
神社本殿に向かって一斉に火矢が放たれた。
弧を描き飛びかうそれは、社殿の屋根や壁、床に突き刺さりメラメラと音をたて燃え上がる。
「おい、見ろ!上に何かいるぞ!」
拝殿の上には、碧き瞳の美しき白狼が、その姿を現した。
「で、でかい!山犬か?」
白狼は、輩たちを鋭き眼で睨み、牙を剥き喉を呻らせ威嚇の声をあげた。
「皆、気をつけろ!」
白狼は、天に向かって咆哮する。
すると、何かの合図のようにそれはやってきた。
ヒュン――――。
風切り音を立て眼前を横切る黒い影。それは、目にもとまらぬ速さで輩たちのすぐ傍を掠め飛ぶ。
「ひぃ~」
輩の目前には、大天狗が漆黒の大翼をバッサバッサと羽ばたかせ、腰に佩いた神刀を抜刀し斬りかかる。
それに続くは、翠玉の瞳を宿す白面金毛九尾の狐(はくめんこんもうきゅうびのきつね)。
宙へひらりと舞い上がり、九尾を靡かせ駆け巡る様に、思わず目を奪われる。
蒼き炎を纏った九尾の狐は、鋭き牙を剥き上空から急襲を仕掛けた。
逃げ惑う輩たちは、振り向きざまに見上げれば、宝石のような紫の瞳と目が合った。
よく見れば、鎌をもたげた白大蛇が、大口を開けたまま鋭き毒牙で襲い来る。
腰を抜かして地を這えば、そこには刃のような鋭き切っ先の角を持つ白鹿が佇んでいた。
輩たちは、白鹿の強烈な蹴りをくらい勢いよく飛ばされた。
刹那、辺りは目も開けられぬほどの眩い閃光に包まれた。
視覚を奪われた輩たちは、白大蛇に締め上げられ毒牙をくらう。
再び、青白い閃光と耳をつんざく激しい雷鳴が轟き稲妻が走った。
それは、白鹿の角に落ち、角を介して輩たちに放電された。
「ぎゃああああぁぁ――!」
雷の電撃をくらいひとたまりもない輩たち。
そこへ、大天狗が扇を振ると、ヒョウ交じりの大粒の雨が滝のごとく降り注ぐ。
吹きつける突風は竜巻となり、輩たちは瞬く間に天高く吸い込まれていった。
果てしない蒼穹。
真白な雪を被った美しき霊峰富嶽(れいほうふがく)が、雄大にそびえたつ。
眼下には、豊かな恵みを湛えた大地が、遥か彼方海まで広がる。
そこに栄えるは、霊峰富嶽を崇める、倭駿河ノ国富士埜里(やまとするがのくにふじのさと)。
切り立つ絶壁に佇み、霊験あらたかな聖地を望む稀有なる美貌の娘、美月姫。
美月姫は、蒼穹を写しとったような美しき瞳を閉じ、とある者の声を聴く。
『見上げてごらん。雲間から差し込む光に、歓喜した大地がきらきらと輝きを増していく。色なき風の奏でる音に。鼻腔くすぐる大地の匂いに。心躍らないか。
足元にだってほら。激しい雨に打たれ踏まれようとも咲かむとする健気な息吹が。
広大な大地が。果てしない空が。ちっぽけで無力な僕たちに、「それでも生きろ」と訴えかけている。それは、曇った眼では決して見ることのできない美しく儚い世界。
今、その瞳にはどう映っている?』
かつてその人は、美月姫にそう問うた。
唯一無二の存在だった者の言の葉が、心の中で波紋のように広がっていく。
「碧き瞳の白狼現れし時、神獣どもが覚醒す。そは【始まりの時】なり――」
決意を宿した瞳で蒼穹を仰ぎ見れば、止まっていた時が再び動き始めた。
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