No.02 魂:Her Spirit
彼女には【前世】の記憶がある。
彼女が【彼女】になる前の記憶。
生まれながらに記憶を有する少女は聡明でいて実に狡猾。さながら猛毒の蛇と言った処か。
其もその筈…
彼女の持って生まれた才覚は人間としての能力を遥かに越えていた。
【
神と人を通づる力。超自然的能力の一種。
神々の容姿や意思を解し、その能力を介することで人成らざる者達を安寧へと成就させる。
その様な役割を彼女が担っていることなど他者は元より身内の者ですら知ることはない。
当然だ。
何よりその才覚は前世に由来するものだから。
しなやかに真っ直ぐ伸びる漆黒の髪。
しっとりと蜜に浸けたような琥珀色の瞳。
月明かりに透き通る白く滑らかな肌。
ほんの少し蒼白い顔色に咲く淡い桜の唇。
彼女を創る其のどれもが【彼女】であり、彼女自身ではない。記憶を否定しては為らない。【前世】無くして成り得ない彼女の姿である。
晴れ渡る空…小鳥の歌声響く木漏れ日の中、
その日は一段と穏やかな朝だった。
ゆるりと半身を起こし、そのままの姿勢で寝惚けたように辺りを見回す。大きく一呼吸。
奇しくも、水気を孕んでいた彼女の両目から一粒また一粒と零れ落ちる。伝う涙が透明な筋となり淡紅の頬を濡らした。
何故か。
彼女が見る夢には意味がある。
僅か数分前の夢物語は過去、現実となったものだから。
勉強、スポーツ、読書、音楽、美術に加え骨董の目利き寺社仏閣参詣、幼少期に教えられたテーブルマナーとまだ観ぬ世界各所を巡る旅へ想いを馳せながら、今朝は一段と早く学校へ向かう。朝食もそこそこに済ませ足早にバス停へ。夢のせいか普段より食欲がない。迎えに来たバス運転手へ挨拶を交わして乗り込む。腰掛けるや否や、夢の回想と部分収集に勤しみ始めた。こうなると止まらない。
夢の中のリアルさが彼女を夢中にさせた。
まるで狂気…いや懸想に捕らわれ四六時中その内容がフラッシュバックする。
無論、授業はしっかり聞きノートへ書き写し課題のページを探る…至って健全な学生の振る舞いをその日一日やってのけるのだが。そんな時に限って部活動は何処か掴み所無く上の空だ。
「今日、部活行く?」
どちらとも付かず友人へ声を掛けた。
「うん、行くよ。」
即答されれば迷いが吹っ切れるのか、気忙しく部室へ赴くのだった。
部室…といっても実成花が所属しているのは美術部であり、当然美術室で油絵やら水彩画やらの制作を行うだけ。足音高く階段を降りると校舎の一階、広々とした角部屋へ到達した。
穏やかな晴れ間に窓を開け放ち、外の風を思い切り取り込みながらの作業は精が出る。
黒光りする石造りの床が、生温い空気を爽やかで心地好い風に変えてくれた。
「こんにちは~」
「…こんにちは」
入り口をくぐるなり軽く挨拶を交わす。
この所デッサンが捗らずにいた実成花だったが今日は気持ちが乗ったのか、迷い無く道具を取り出しクロッキー張を開く。今朝の夢は未だ甦るけれど…考え事が多い程その日の内に描きたいものが溢れ、真新しい紙面を埋め尽くす。気付けば脳より先に手が動いていた。
モチーフは柔らかなピンクの薔薇。
クロッキーを一段落させると、イーゼル上にキャンバスを用意し容赦なく絵の具を塗りたくる。水気のない筆を走らせ大方色を画面全体に乗せるとバケツに筆を突っ込み数回掻き回す。
たっぷりと水を含んだ筆は乾いたキャンバス上を縦横無尽になぞる。鮮やかに伸びる絵の具が知らずに濃淡を生む。
そうして一通り描き終え手を止めた。
鮮やかで風変り…それでいて何処かリアル。
キャンバスの中広がる光景…
それは久遠の夢。
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