~エピソード6~ ⑩ 一般学生寮に垂れ込める暗雲。
俺は全ての課題を終えるとレポートや課題を村上に預けた。
村上は寮の部屋が隣だから、再製出があっても村上が課題やレポートを俺に届けてくれれば寮内で手直しができるから楽だと考えたからだ。
専門書やノートをバッグの中に入れようとベッドから立ち上がろうとしたら、陽葵がロッカーにあったバッグを持ってきて、手際よく専門書やノートなどをバックに入れて綺麗に片付けた。
3人はそれを見て呆気にとられている。
俺はバッグの敷板の裏に隠してあったネックレスの袋が見つかるかとヒヤヒヤしたが、陽葵は気にも留めなかったようだ…。
陽葵に見つからなかった理由は1つしかない。
付き合って日が浅かったので、恭介がこのようなサプライズをやることが想像できなかったのである。
本橋良二から『恭介は稀に悪戯をする場合がある』なんて言われたところで、警戒感が薄かったから陽葵は恭介の微妙な変化に気付かずにいたのだ。
課題やレポートが落ち着いて、俺達は陽葵を交えて少し雑談をした。
色々な経緯があって、陽葵が寮の幹部になってしまったことや、文化祭でうちの寮のブースに坪宮さんが占うことも含めて話すと周りが少し吃驚していた。
それを良二が聞いていて、誰もが言わなかったような単純な疑問をぶつけた。
「恭介、嫁さんが襲われそうになった闇サークルって、ソイツが警察に捕まったっきり、サークルの本体がどこにあるか分からないのだろ?。下手したらお前達が、そのサークルから狙われ続けないか?」
俺はその良二のツッコミに激しくうなずいた。
「その通りなんだよ。だからこそ、陽葵を寮幹部に入れることで何かあった場合に備えたい思惑がある。逆に闇サークルは違う女子学生をターゲットにする危険性もあるから、学生課は対策を練った訳だね…。」
その話に宗崎も乗ってきた。
「さっき、奥さんから聞いたけど、旦那にお弁当を作ってお昼は一緒に食べると言っていたからさ。考えてみれば、俺達も一緒に食べれば防犯になるだろうね。キャンパス間の移動はバスを使えば大丈夫だし、うちの大学は、とんでもなく離れた場所にキャンパスがないから、本館や他キャンパスの移動中に狙われる心配は少ないだろうし。」
「しばらくの間、陽葵と一緒に電車に乗って家まで送ることも考えている。この事件のほとぼりが冷めた時が、いちばん油断してはいけないと思っている。」
それを聞いて村上が心配した。
「三上。ただでさえ忙しいのに、時間を割いて大丈夫か?。寮長会議なんか、お前の代わりに諸岡は出席できないだろうし。」
「実はね、諸岡も女子寮の次期副寮長の子も、特別に寮長会議に参加したり、寮幹部の仕事を本格的にやる事になった。これは俺が陽葵の対応で忙しくなるから特別配慮だろうと思う。今回の事件で大学側の内情として被害者保護の名目で陽葵と一緒に行動をすることが内部文書に盛り込まれていることを学生課から聞いているし。」
村上が俺の言葉に首をかしげて、さらに驚いている。
「マジか?。今までの寮の慣例を崩してまでやるのか。だって三上が副寮長候補になった時なんか、1年を本格的な寮幹部に入れるのは無理だって棚倉さんが言っていたのに。今回は新島さんが居なくなったから異例なのか?。」
「村上、そうだよ。ここで内部情報をさらけ出しせば、今回の人事配慮は大学側からの要請という形になっているし、こういう前例を作らせないように、今回限りの特別措置になりそうだ。」
全員がジッと俺の目を見て、その話を聞いている。
喉が渇いたので、ペットボトルのキャップを開けようとして陽葵がすぐさま開けてくれて差し出してくれた。
それを飲んで言葉を続けた。
「陽葵、ありがとう。え~と、話を続けると、具体的には寮内に陽葵が男女寮の特別役員になった事や、諸岡や次期女子副寮長の白井さんが会議に出たことは議事録として残る。でもね、寮内の書類上は男子寮長が病気により休学したことや、女子寮生を相次いで狙った暴漢事件による緊急対処のため当該慣例は認めない、などと書かれて処理されるだろうね。」
それを聞いた宗崎が突っ込んだ質問をしてきた。
「お前は、高校で生徒会をやったことがあるし、その手の関係は随分と慣れているように思えるが、役員が臨時的に相次いで増員される事態ってあったのか?」
「うーん、副寮長就任時に過去の寮の資料をザッと読んだけど、俺らの親父やお袋の世代で、学生運動が盛んで大学で訳が分からんことが起こっていた時ぐらいかもね。あとは寮役員の死亡や退学・留年した時しかなかったよね。」
良二がマジに心配そうに見ている。
「闇営業的な馬鹿サークルの1人を牢屋にぶち込んだのは良いけど、そのサークルのメンバーから恨まれるだろうから、お前や嫁さんを助けないと駄目だよなぁ。」
その言葉を聞いて俺は本当に申し訳なく思った。
「良二すまん。たぶん、下手したら皆も面倒なことに巻き込まれるかも知れない。情報を得られそうな新島先輩がいないし、この手の関係は俺も棚倉先輩も疎いから不安でね…。そのサークルにメンバーが何人いるかも分からないから油断できない。」
村上が覚悟を決めたような目で俺に話しかけた。
「いや、俺たちは構わないよ。普段から助けられているし、お前がいなかったら今頃は留年か退学になっている可能性もあったからさ。こういう時ぐらい恩返しをしないとバチがあたるよ。」
宗崎が何か考え事をしていたようで、何かに気付いてハッとしらしく、陽葵に話しかけた。
「奥さん。1ヶ月ぐらい前に大学に行く電車の中で見かけてるかも。私鉄が乗り入れている、あの駅を通過する電車ですよね?。そしたら私と本橋も途中まで一緒ですよ?。」
陽葵はそれを聞いてニコッと笑った。
「宗崎さんと本橋さん、この病院から家が近いのでその通りですよ。学生課から誰かと必ず一緒に帰って欲しいと言われているから、恭介さんが忙しい時はお願いするかも知れません。さっき白井さんと病院に来たのも、そのついでだったの…。」
「陽葵、それは初耳だった。入院していて細かいことが把握できていないからマジに辛い。」
それを聞いた陽葵は俺に申し訳なさそうにしている。
「恭介さん、ごめんなさい。この話は入院直後に決まっていたけど、お見舞いに訪れる人が絶え間なく来るからスッカリ忘れていたの。荒巻さんや高木さんが安全確保の理由から、しばらくの間は必ず誰かと一緒に帰るように言われているのよ…。」
俺はそれを聞いて慌てた。
ただ、自分が陽葵を守りたかったので、大学が終わったら家まで送りに行く使命感があったから、その方針は願ったりだったのだが…。
「陽葵、謝らなくても良いよ。しばらくは俺が家まで送るつもりでいたからさ…。」
良二がニンマリ笑いながら俺達の顔を見た。
「お2人さん、毎日だと旦那に負担がかかるから、宗崎と一緒に助けるよ。奥さんから完全に旦那の友人と認められたしね。さっきの会話で俺達も奥さんに慣れてきたから無事だよ。」
友人から完全に夫婦扱いされているし、何を言っても無駄だと思ったが、とりあえず皆へのツッコミを考えていたら村上が申し訳なさそうに俺を見て口を開いた。
「本橋や宗崎はそれで良いけど、俺は何を手伝えばいいかな?。何もしないのは気が引けるよ。」
「村上、その心配をしなくても大丈夫だよ。退院後に寮の仕事がドッサリと来るし、俺が書いた文化祭の企画書に坪宮さんの件を追加で書かなきゃいけないが、左手が使えないので。誰かに企画書の打ち込みをお願いしたかったんだ…。」
それを聞いて村上は喜んだ。
「そんなのお安い御用だよ。お前には敵わないけど、タイピングはそれなりにできるから、下書きを書かなくても隣で内容を言ってもらえれば打つからさ…」
俺は寮内の手続きの書類を諸岡と一緒に教えるチャンスだと考えていた。
村上は役員ではないから手伝いのみで寮の仕事に関わる事は難しいが、それを役員の諸岡に教えることで、俺が卒業した後も書類申請のデータ類を引き継いでくれると確信していたのだ。
「マジに助かるよ。俺の部屋のパソコンを使って構わないから少し手伝って欲しい。棚倉先輩や諸岡が押しかけてくるのが間違いないから。できれば諸岡にそれを教える役目も担って欲しいんだ。」
それを聞いて村上は凄くやる気を出した。
「それは良いアイディアだよ。俺は単に手伝うことしかできないけど、役員の諸岡もやるなら、三上が忙しいときに役立ちそうだからな。」
陽葵は三上の友人達の話を聞いていて嬉しくなっていた。
彼の友人達はできる範囲内で、できるかぎり協力しようとする姿が明らかに分かったからだ。
「みなさん、なんとお礼を言ったら良いのか分かりません…。ほんとうにありがとうございます!。」
陽葵は自然と皆にお礼を言っていた。
それを全員が嬉しそうな表情で、陽葵のお礼を受け止めていた。
◇
-ここは理学部のキャンパス。
恭介達が病院で陽葵や学部達の仲間と話をしていた頃、男子学生寮生で理学部の大宮と竹田は三上を見習って、誰もいない講義室で2人で課題をやっていた。
2人以外、誰もいない講義室なので辺りは静まりかえっていた。
課題がようやく終わって、2人はノートや課題などをバッグに入れて帰ろうとした時だった。
隣の講義室から3人の男の声が聞こえた。
聞こえてきた会話が自分たちが寮内で知っていた話だったので、竹田と大宮は息を殺して聞いた。
「くそぉ、遠藤が男子寮長にやられた。男女関係なく寮生は学生課のバックアップがあるから、大学の監視下に置かれているのを遠藤が分からなかったんだな…。」
「どうするんだよ。このサークルは解散するべきだぞ。あいつは退学が間違いないし、俺たちも大学の調査が来たら停学や退学も免れないぞ?」
そして少し沈黙が続いた後、声色の違う男の声が聞こえた。
その声は少し不気味に聞こえた。
「理化学波動研究同好会は半年間の休止期間を設ける。休止期間中でも例の男子寮長や取り巻きの監視を続けよう。俺たちの脅威であることには違いない。奴は工学部だから同じ理系だし、俺たちのカラクリを簡単に見破ぶる可能性が高い…。」
大宮と竹田は顔を見合わせると、気配を殺してソッと講義室を出た。
廊下も足音が聞こえないように歩いて、息を殺してエレベーターで1階まで下ると、竹田が口を開いた。
「三上にすぐ連絡しないと駄目だな。棚倉さんは騒ぐだけで駄目だ。」
大宮がうなずくと、携帯電話を取りだして三上に電話をした。
********************
時は現代に戻る…。
新島先輩にそこまでのDMを送信すると、俺はトイレに立った。
トイレから戻ると、陽葵が椅子を持ってきてDMをサラッと読んでいた。
「陽葵、葵や恭治はどうしたの?」
椅子に座ると陽葵が俺の左頬を軽くツンと突いた。
「あなた、新島さんに夢中になってダイレクトメールを送っているけど、もう夕方よ。恭治は相変わらずゲームだし、葵は昼寝をしているわ…。」
時計を見ると、もう午後の3時を回っていた。
「そうか…。今日は退院までの内容を送りたくてね、あとは仕事の合間を見ながら書くけど、今回は退院後に少しだけあの件でドタバタがあって、文化祭が終わるぐらいまでの流れかな…。」
「今日の夕飯は回転寿司だから、そこまで書くのが精一杯よね。そうそう、次の年になって新島さんが復学して、その年の体育祭実行委員が始まる前まで、あの件で気が抜けなかったわよね。ふふっ。そうよ…あの件を含めると、3度も助けられたわ♡」
俺はあの時のことを思い出して陽葵の頭をなでていた。
「あれはね、新島先輩がいたから片付いたんだよ。俺と棚倉先輩や諸岡だけだったら駄目だったな。」
「あっ、それは置いといて、そうよ!!。ふふふっ♡。あなたはサラッとしか言わなかったけど、先生から一時外出許可まで貰っていたのね…。もぉ~~~。」
陽葵の返答に少しだけ困っていると、新島先輩から返答DMがきた。
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お前の学部の連中はもちろん、俺だって最初に陽葵ちゃんを見た時は吃驚したわ。
とびっきり可愛い子がお前の彼女だって言われたときは、腰を抜かしたからな。
陽葵ちゃんは挙動不審になった俺を見て、クスッと笑っていたのが印象的だよ。
だってなぁ、お前の身なりが少し変わっていることに加えて、お互いがベタ惚れになっていて年がら年中、周りに当てまくっている彼女がいれば驚くに決まっているだろ?。
しかしまぁ、お前ら夫婦はマジに仲がすぎるよなぁ。マジで羨ましいわ…。
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そのDMを読んで、俺は何も返さずにスルーすることにした。
陽葵がそれを読んでいて一言だけ漏らした。
「ふふっ、恭介さんの友人や関係する人が、みんな、わたしを見て可愛いと言ってくれているけど、わたしはお世辞を言われている感覚よ。ただね…あなたから可愛いと言われると、今でもドキッとしてしまうのよ♡。」
思わず陽葵の言葉に反応した。
「やっぱり陽葵は可愛すぎる!!」
陽葵は少しだけ顔を赤くした。
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