~エピソード6~ ⑧ 次期女子副寮長の白井美保さん。
昼飯を食べ終わって痛み止めの薬を飲むと、バッグから今日の講義の専門書やノートをバッグから取りだして、食事をするテーブルの上に置いた。
俺はどこでも課題やレポートができるように、講義がなくても教科書やノート類を持ち歩くことにしている。
ちょっと重いかもしれないが忙しい俺にとって、どこでも課題ができるから都合が良かった。
そのあと、バッグの中に寮長会議で話し合う予定だった文化祭の打ち合わせの資料を眺めていた。
うちの文化祭は、11月の中頃にやるので他の大学とは違って少し珍しい日程になっている。
『ほんとうは、あの闇サークルの件が終わった後に文化祭の詰めの打ち合わせをする予定だったけどね…。』
一般学生寮の男女共同スペースに関して、定番になっている寮の人気メニューを食堂の調理師さんが作って売り出す企画をやり続けている。
寮の幹部や寮のバイトなどを使って、レジをやったり、食材や資材を運んだりするのが定番だから、難しい企画を話し合うことなんて今までなかった。
しかし、今回は坪宮さんの占いがあるから、話し合いが必要になっていた。
『陽葵が来たら、俺から幾つかの案を出して陽葵に会議で言ってもらうか。俺の案と言えばスンナリと通るだろうし…。』
色々なことを考えているうちに、病室の外から複数の足音が聞こえた。
病室に入ってきたのは、陽葵と見知らぬ女子学生だった。
陽葵は病室に入ると、連れてきた女子学生を紹介した。
「恭介さん。わたしの友人の白井美保さんよ。」
俺はベッドから立ち上がってお辞儀をした。
「私は男子寮長で工学部2年の三上恭介です。陽葵がいつもお世話になっています。」
彼女は俺を見て微笑むと挨拶を返した。
「このたび三鷹寮長から寮長補佐に任命された、経済学部2年の白井美保です。陽葵ちゃん、こんなにカッコいい彼氏さんがいるなんて…。三上さんの話は三鷹さんからウンザリするほど聞かされているけど、そのイメージと違うから驚いているわ…。」
『三鷹先輩は、俺がボーとしていた時の経緯からズッと話したんだろうな…。』
そんなことを思いながら寮長会議の案件を切り出そうとしたら、陽葵と言葉がかぶった…。
「寮長会議…。」
思わず皆がクスッと笑ってしまう。
そして俺が寮長会議の件を切り出した。
「たぶん、2人が会議に出席するなら分からない事だらけだろうし、白井さんは橘先輩や木下がいなくて、三鷹先輩に詳しいことを聞くのが厄介だったオチですよね?。」
白井さんは俺の話を聞いてお腹を抱えて笑い始めた。
「うはははっ!!!。みっ、み、三上さん、やっぱり凄いわ。三鷹さんの話を永遠と聞かされるのは、あたしも地獄だわ。あと、連休前に暴漢事件があって陽葵ちゃんが襲われそうになった時に、三上寮長が助けたことがキッカケで付き合ったと聞いて吃驚したの。」
俺は白井さんの話にうなずいて応えると、ベッドに入って上半身だけ体を起こして何時もの体勢になると、テーブルの上に置いといた寮長会議の資料を取りだした。
「あれ?、恭介さん。専門書やノートも見えたけど、寮長会議の資料も見ていたのね?」
陽葵がテーブルにあった寮長会議の資料を見て不思議そうにしていた。
「陽葵が寮長会議に出席する話を聞いて、幾つかの案を会議で伝えて欲しかったので、2人が来る前にその案を練っていたんだ。」
それを聞いた白井さんが吃驚している。
「三上寮長、さすがです。事前の打ち合わせで女子寮に来た棚倉さんが、そういう読みが早いと絶賛していましたよ。」
陽葵は俺の顔をジッと見ると、少しだけ顔を赤くした。
白井さんがいる前で陽葵とイチャつく訳にはいかないので、さっそく本題に入った。
「では、時間が勿体ないから、うちの寮の文化祭ブースの流れをザックリと説明しようか…。」
彼女達は、すでに寮長会議の資料を膝の上に置いて俺の言葉を待っていた。
おそらく学生課の人達や寮幹部の誰かから渡されていたのだろう。
俺は例年やってる文化祭でのブースの流れを2人に説明して、今回は人寄せで坪宮さんを呼ぶ件を説明すると白井さんが目を丸くした。
「占い師の件は聞いていなかったけど、学生課や三鷹さんには伝わっているのね。あたし、ちょっと高木さんが恐そうで今から緊張しているの。三上寮長はムッチャ恐い高木さんを説得してしまうと聞いて、興味があるわ…。」
それに関して陽葵が白井さんに向かってクスッと笑いながら喋りかけた。
「白井さん。わたしは棚倉さんと三鷹さんが、高木さんに思いっきり怒られているところを見たのよ。見ているだけで恐いのに、恭介さんはそれを見て冷静でいるぐらい凄いわ…。」
陽葵の言葉が終わると、俺は白井さんに高木さんに対するアドバイスをした。
「白井さんが寮長補佐になった時点で、来年は副寮長だろうから、今から高木さんについてアドバイスをしておくよ。」
2人は俺のことをジッと見た。
「1つ目は、怒られそうな時に絶対に言い訳しないで謝る。2つ目は、恐いのを我慢して高木さんの目を見て正直に説明する。3つ目は、仲間のミスであっても自分がリーダーだから責任をとる姿勢を見せる。そこだけ抑えておけば、ちょっとだけ怒られたぐらいで済むよ。」
白井美保は、卒業まで三上のアドバイスを忘れなかった。
自分が副寮長になって高木に怒られそうになった時も、素直に謝って難を逃れた。
寮長の木下が、珍しく書類提出を忘れた時も、自分が木下を補佐しなかったせいだと言って高木が笑って許してくれたのだ。
そこは三上のアドバイスのお陰もあったが、初動を誤らない白井の直感的なセンスもあった。
「三上寮長、ありがとうございます。それは心得ておくわ。さすがは飛び級で寮長になった人だわ…」
「白井さん、あまり褒められても困るなぁ…。さてと、明日の会議で俺の案を陽葵から伝えて欲しいでメモをお願いしていい?」
そう言うと、陽葵は寮長会議の文化祭の資料の裏にメモを取り始めた。
「1つ目に、大学構内に張るポスターの絵を去年と同様に三鷹先輩がやることになると思うけど、占いがあることを3分の1ぐらいのカットで入れて欲しいなぁと。三鷹先輩は絵が上手いし、そう言えばすぐに分かるから。」
2人は少し首をかしげながら聞いていたが、俺の言葉の意味が分からなかったから、質問できずにスルーをしたようだ。
「2つめに、坪宮さんのが占っているところを目立つ位置に配置すること。それと整理券を用意して、列を整理する人を寮のバイト陣から集めて、最後尾のプラカードを作っておいて欲しい。たぶん、教育学部の人を中心にして噂を聞きつけた人が集まってくるよ。」
陽葵がシャーペンで字を書く音が聞こえて、それが止まると俺は言葉を続けた。
「3つめも、坪宮さんに関する事だけど、占う制限時間を決めて延長はナシにすること。坪宮さんの休憩時間や、朝食や昼食をとる時間もキッチリと決めて、最大で何人を占えるか棚倉先輩に坪宮さんと相談して決めることを伝えて。」
それを書いていた陽葵が俺に質問をしてきた。
「恭介さんは、文化祭をやる前から問題点が見えていて、これを言っているのよね?。ちょっと凄いわ…。」
「まぁね、高校時代に生徒会をやっていて、体育祭や文化祭は強制的に手伝わされたからね。だいたいのオチが見えるからさ…。」
陽葵に生徒会の件を隠しても仕方ないし、まして友人の白井さんに隠しても仕方なかった…。
2人から何か言われる前に、俺は次の案を言った。
「最後の4つ目は、占いをやった人に100円の割引券を作って配ること。それと、2~3枚、割引券を持っている人がいても、とがめないで割り引いて欲しい。それと余分に割引券を用意しておいてほしい。占いが時間切れになって並び損になった人にお詫びとして配って後腐れがないようにする為だよ。」
俺はテーブルに置いてあったお茶を飲むと言葉を続けた。
「それと、行列の数を数えて坪宮さんが占える最大人数になったら、そこでの打ち切ちを徹底させて。最大人数で行列ができて、終了1時間前ぐらいから最後尾の人達に時間切れで駄目な場合があると、あらかじめ断っておいたほうが良い。あっ、それと1カップルとか1グループは1回の占いで終わりにするからね。」
そこまで言い切ると、白井さんが口をポカンと開けて俺の顔を見た。
「三上寮長。どうして、そこまで考えられるのか不思議だわ…。もう、タイムマシンに乗って文化祭を見てきたような感じだわ…。」
陽葵が俺の言ったことを一通り書き終わると、同じような言葉を口にする。
「恭介さんの案を聞いていると、ホントに色々なことが見えているわ。なにかトラブルが起きそうな問題を前もって察知して潰しているのよね。棚倉さんが恭介さんを重用するのも分かるわよ…。」
その後、3人で少し雑談をすると、白井さんがバッグを持って席を立った。
「あたしは時間だから帰るわ。このあと、三鷹さんや木下さんに寮内の仕事を教えてもらうから呼ばれているの。陽葵ちゃん、ホントに今日はありがとうね。講義後にラウンジで課題を終わらせたからホッとしたわ。カッコいい彼氏さんにも会えたし、退院した後が楽しみだわ。」
俺は白井さんに、もう少しだけアドバイスをしようと別れ際に声をかけた。
「白井さん、ありがとう。寮長会議の件、陽葵と一緒に頼んだよ。あと、三鷹先輩のお喋り対策だけど、先輩の口が開く前に隙を与えずに自分が喋ってしまえば、ある程度は防げるよ。三鷹先輩は人よりも話す間合いが少しだけ長いから、そこを突くんだ。」
それを聞いた白井さんはクスッと笑った。
「三上寮長、心得ました。ほんとうに凄い人だわ…。」
彼女はそう言って病室を後にした。
白井さんの姿が見えなくなって、少し時間を置いてから俺は陽葵のほうを向いて詫びた。
「この後は、俺の学部の仲間が来るから、ちょっと騒がしくなるけどゴメンね…」
陽葵は笑顔になって答えた。
「大丈夫よ。今日は恭介さんを見習って、講義が終わった後に白井さんと一緒に全部の課題をラウンジでやって終わらせてきたの。これから寮長会議とかで忙しくなるから、ちょうど良かったわ。白井さんも心を入れ替えているからビックリしたけどね…。」
しばらく陽葵とお茶を飲みながら雑談をしていたら、病室の外の廊下から複数の足音が聞こえた。
『いよいよか…』
俺は少しだけ心の準備を整えた。
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