~エピソード6~ ⑦ 秘密の買い物。
-翌朝。
俺は下着などを着替えると、お見舞いが入った袋の中から、少しお金を出して財布にしまった。
そして、外出時に着ていく服があるかロッカーの中をチェックをした。
陽葵は入院直後に着ていた服を自分の家で洗濯をしてロッカーのハンガーにかけていた。
よく見ると、噴水に落ちたときに濡れて汚れていたスニーカーも陽葵は持ち帰って綺麗に洗ってくれていた。
仕送りが尽きてバスに乗れなくなると、俺は歩いてキャンパスに向かうことが多いので、靴には少しこだわっていた。
2~3万円程度のスポーツブランドのスニーカーを履き続けて、靴底が減るまで履きつぶして、あまり靴を買わないように粘っていた。
俺は陽葵の気立ての良さに感謝しつつ、午前中は検査続きなので、お約束の病院着のままで朝食を食べていた。
トレイに2膳の箸と2つのスプーンがあるのを見て、何となく寂しさを覚えていた。
朝食を食べ終わって痛み止めを飲むと、看護師さんに呼ばれて検査と診察が待っていた。
脳と骨のMRI検査を終えると、先に脳神経内科の診察になった。
脳神経内科の先生が診察室でMRIの画像を丹念に見ていくと俺に言葉をかけた。
「脳に異常は見当たらないので大丈夫ですよ。もしも頭がクラッとしたり、頭痛がしたり、圧迫感などを感じたら看護師さんや私たちにすぐ知らせて下さい。」
「今のところは、頭にそういう違和感もなさそうです。ありがとうございます。」
俺がお礼を言うと、先生に話しかけられた。
「三上さんは、大学でスタンガンを持った暴漢から彼女を守った英雄ですからね。ほんとうに、あなたは凄いですよ。地方テレビのニュースにもなっていたからね…。」
その言葉に俺は少し戸惑いを感じつつ、返答する言葉に少し迷いながら答えた。
「え~、昨日までは、ニュースになっているコトなんて知らなかったのです。自分だけ井の中の蛙大海を知らずの状況で少し戸惑っています…」
その言葉に先生は少し声を出して笑った後に言葉を口にした。
「こういう場合の本人って、大抵はそういう感じですよ。今は入院や治療で精一杯でしょうから、お大事にして下さい。あなたも、彼女さんもね…。」
「ありがとうございます。」
俺は先生にお辞儀をすると診察室を出た。
病院の時計を見るとすでに午前11時を回っていた。
連休明けの検査や診察が混んでいるから、だいぶ待たされていた。
しかし、俺が次に整形外科の診察室に行くと、すぐに呼ばれた。
整形外科の診察室にはいると、手術をした先生が骨のMRIの画像を見ていた。
「三上さん、術後の異常はなさそうですね。これからは講義が終わった午後に予約を入れてもらって週1で術後の傷の様子も含めて見ますからね。」
先生がそう言うと、俺の腕のギプスを外して術後の様子を見ながら話しかけてきた。
「今のところ、術後の縫合も大丈夫ですね。スタッフから話を聞いてますよ。彼女さんの誕生日が近いのでサプライズでプレゼントを渡したいから買いに行きたいのね。」
「先生、申し訳ないです。とても身勝手な外出願いなので…」
俺は苦笑いすると、先生は首を静かに横に振って否定した。
「三上さんは、大学でスタンガンを持った暴漢から、あんなに可愛い彼女を救った英雄ですよ。傷も異常がないし脳にも異常が見られません。それにウチのスタッフと一緒に行くのであれば許可をすぐに出しましょう。1時間もしないうちに帰ってくるなら問題ないでしょう。」
「先生、外出許可までいただいて、ありがとうございます。」
素直にお礼を言うと、先生から「いってらっしゃい」と、言われて、隣の処置室で看護師さんからギプスをつけてもらうと診察室をあとにした。
俺は急いで病室に戻ろうとして、ナースステーションの目の前を通り過ぎたあたりで看護師の井森さんに呼ばれた。
「三上さん、先生から外出許可が出たので、お昼はナースステーションで取っておきますから、着替えたらすぐに出掛けましょう。私もこのあとオフになるから、すぐに着替えてしまうので…。」
俺は井森さんの言葉にうなずいて、病室に戻ってすぐに着替えた。
財布と小さいバッグを持つと、バッグに入っていた小さい白い封筒にお札を入れて、上着の内ポケットに入れた。
着替えてナースステーションに行くと、井森さんも着替えて待っていた。
「ふふっ、やっぱり学生さんらしい若い格好で羨ましいわ。大丈夫よ、すぐに帰ってくるから安心してね。」
内心は『新島先輩から貰った服で良かった』と、思いながら井森さんの言葉を笑顔でスルーするのが精一杯だった。
ショッピングセンターは病院から歩いて15分程度のところにあった。
その歩いている間に色々な雑談をしながら向かったのだが、俺が学生寮の寮長だったことや、陽葵がよく行っているテーマパークに行く際のアドバイスや色々な注意事項なども教えてくれた。
その中には、○○の泉にカップルが近寄ると別れるジンクスとか、夜のパレードや花火は見ものだからちゃんと抑えてね…なんて話まで…。
井森さんに連れられて、アクセサリーショップに入ると、俺が口を開く前に即座に井森さんが店員に親しげに話しかけた。
どうやらこの店の常連客のようだが…。
不思議に思っていると井森さんに話しかけられた。
「三上さん、気にしないでね。友人がこの店をやっているから、気軽に行きやすいだけよ。」
しばらくすると女性の店員さんが三つのネックレスを持って来てくれた。
「話をうかがったわ。地元のニュースで大学の暴漢をやっつけて彼女を救った彼氏さんがサプライズでプレゼントなんて燃えるシチュエーションをありがとうね。そうそう、この3つのネックレスのうちどれが良い?。当然、井森さんの紹介だから予算にも応じるし、あなたみたいに少しカッコいい子が来るのは大歓迎よ。」
『カッコイイは余計だよ…ただ、陽葵にあげるプレゼントを選ぶには、ちょうどいい店かも…』
俺は少し眺めていると、真ん中のハート型に小さくカットされたブルートパーズのネックレスが気になって手に取った。
「これにするかな?」
その言葉に、横にいた井森さんと店員さんが拍手をしている。
「三上さん、初めてにしては、お目が高いわ。わたしもコレが彼女さんに似合うと思うの。そういうセンスがちょっとあるかも知れないわ…。」
そうすると、店員さんが電卓を持って、値段を示してきた。
「ホントはね…これだけど…」
電卓で25,000円を店員さんが打つと、値引きで一気に17,000円まで下げた。
「よし、それでお願いします。」
そこでレジで会計をしてネックレスを買うと、綺麗にラッピングをしてくれて紙袋に入れてくれた。
そうして、レジを済ませると井森さんから声をかけられた。
「すぐに見つかって私も嬉しいわ。三上さんは若いけど、女の子を見る目があるわよ。わたしは一緒に病院まで送ったら、そのまま旦那と食事に行くから帰るからね…」
俺と井森さんはショッピングセンターを出たところで、上着の内ポケットに入れていた封筒に手をかけて井森さんに差し出した。
「井森さん、本当にありがとうございます。もしもあれでしたら、私の気持ちだけですけど、旦那さんと食事の足しにしてください。」
井森さんは俺を見て驚くと、慌ててもらうことを拒否をした。
「三上さん、そんなに気を遣わなくて良いのよ。ほんとうに若いのに大人の世界を知っているわね。大丈夫よ、苦学生の三上さんから、お金なんて受け取れないわ。気持ちだけで大丈夫だからね。」
井森さんはそう言うと、笑顔になって俺が差し出した封筒をソッと返した。
「わたしは三上さんの純粋に彼女を想う気持ちに動かされただけだけよ。逆に言えばコレを簡単に受け取る女子がいれば、その子の性格面に気をつけたほうが良いわよ。…あっ、あの彼女なら心配ないか…。」
俺は井森さんの気持ちが分かったので封筒を内ポケットにしまうと言葉を口にした。
「そう言って頂けると嬉しいです。これだけ色々として頂いて、何もしないのも悪くなってしまって…」
井森さんは歩きながら俺をジッと見て言葉を開いた。
「三上さんは、女学生からすごくモテませんか?。その気遣いや気の回しかたができれば、好かれて虜になる女の子も多いはずよ…。」
その井森さんの問いに苦笑いしながら答えた。
「私は工学部で理系ですから、医学部や薬学部と違って男所帯で女子なんて1人もいない学部ですし、全くモテなくてダメですよ。私に彼女ができたので、それを聞きつけた学部の連中から石を投げつけられそうなぐらい、羨望の目差しで見られているようです…。」
井森さんはそれにお腹を抱えて笑った。
「ははっ!!。運命って上手くできてるわ。こんな子が普通の文系にいたら、あなたは女子から言い寄られて困ったぐらいだわ。医学部の先生よりは劣るかも知れないけど、理系だから、すごく頭が切れそうなのが分かるわ…。」
そんな話をしていたら、病院について、井森さんと一緒に病棟まで上がる。
ナースステーションの目の前までくると、井森さんが俺に手を振った。
「わたしは三上さんを連れて帰った報告をしないといけないから、ここでお別れよ。今週の金曜日までよろしくね。」
「いえ、こちらこそ、ありがとうございます。」
俺は深々とお辞儀をすると病室に戻った。
病室に行くと、すぐに着替えた。着ていた上着とズボンの皺を丁寧に伸ばして、できるかぎり陽葵が洗濯をして持ってきてロッカーのハンガーにかけたような状態に戻した。
靴を脱いで、もとの場所に戻すと、ネックレスをどこに隠すか考えた。
しばらく考えたあと、ネックレスが入った箱を袋から取りだして、上着の内ポケットに入れると、その紙袋を課題やレポートが入っているバッグの底にある敷蓋の底に隠した。
陽葵は女の勘が強そうなので、もしかしたらバレるかも知れないけど、できる限りサプライズで金曜日にさりげなく渡したかった。
『それまで上手くいくと良いけどな…。バレたときは正直に話しても嬉しがられそうだし…。』
俺は陽葵に見つからないことを祈りながら、ベッドに入っていつもの体勢になると、看護師さんがやってきて食事が運ばれてきた。
「お話は聞いていますよ。彼女さんには内緒だから、私たちも言わないようにするわ。それにしても、三上さんはモテると思うから辛いよねぇ…。」
俺はその看護師さんの言葉に苦笑いしながらお礼を言った。
「井森さんには本当に助かりました。看護師の皆さんに協力して頂いて感謝しかありませんよ。」
「いいのよ、先生だって今回は気持ちよく手術ができたと仰ってるし、何時もは重苦しい医療現場が少し和んでいるのよ。三上さんと彼女さんは私達のちょっとしたオアシスだから、金曜日でお別れなのが少し寂しいのよ…。」
看護師さんの話に返答に苦しみながら言葉を返した。
「私はなんとも言い難いですが…。それが皆さんのためになっているなら、ありがたいです…。」
トレイを見ると何時もの如くスプーンが2つにお箸が2膳。
それを見て少しだけ寂しさを感じながら遅くなった昼食を食べ始めて俺は独り言を放った。
「俺はモテないし、彼女は陽葵だけで十分すぎる。みんな勘違いが酷いぞ…」
ただ、今日の朝と昼はゆっくりと食事ができたことは間違いなかった…。
普段の日になって、検査や診察が入ったものの、少しだけ平穏な日が送れたのである…。
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