~エピソード6~ ⑥ 恭介と陽葵の本音。

 俺と陽葵が精神的な疲れを覚えて少し休んだあと、陽葵は椅子から立ち上がって教授達が座っていた椅子や、空になったペットボトルを片付けようとした。


 俺も立ち上がって一緒に片付けようとしたら、陽葵から止められた。


「恭介さんはベッドの上でゆっくりしてね。みんなのために、そうやって無理をして動くから余計に疲れてしまうのよ。それに転んで折れた骨が悪化したら、わたしは泣いてしまうわ。」


 陽葵が片付け終わると、夕食が運ばれてきた。


 俺が『また、陽葵に食べさせられるのか?』なんて聞こうとしたら、陽葵が悪戯っぽく微笑みながら言った。


「明日のから恭介さんは自力で食べないと駄目だから訓練のために頑張りましょうね。」


 でも、陽葵の本音はその言葉と裏腹だった。

 明日から大学もあるから、しばらくしたら家に帰らなければいけない。


 寂しくてたまらない状態だから、感情が爆発して昼よりも激しい食事になってしまうので、恭介に食べさせることを控えたのだ。


 そんな彼女の心境なんて知らない俺は、少しだけ寂しさを感じながらも、自分のことを思ってくれる陽葵に感謝しながら食事に手を付けた。


 普通に食事が食べられたが、陽葵が頬を赤らめながらジッと俺を見つめているので、ドキッとしてご飯が喉を通らない…。


 いつもよりスローペースで食べている俺を不思議に思った陽葵は、首をかしげながら俺に問いかけた。

「恭介さん、少し箸が止まっているように見えるけど…食欲がないの?」


 俺は正直に白状した。

「陽葵と明日まで会えないと思うと、ちょっと寂しいし、ジッと見られてると陽葵ばかりを見ちゃって…」


 その言葉に陽葵の顔がみるみる赤くなった。

「きょ、恭介さん…。わたしもそれは同じよ。一緒に家まで連れて帰りたいぐらい寂しいのよ…。」


 そんなことをお互いが我慢しながら食事を終えて、看護師さんが食器を片付けて、俺が薬を飲んだ後だった…。


 陽葵は突然、笑みを浮かべて後ろに回りこんで、後ろから俺をギュッと抱きしめた。


 !!!!!!!


「ひっ、陽葵さん、いきなりどうしましたか???」

 背中に胸の感触を感じたので、俺は緊張をして敬語になってしまう…。


「ふふっ、恭介さんはホントに凄い人だわ。担当委員であっても、わざわざ、お見舞に来るような教授なんていないわ。それに、今日はお見舞いに来る人が多くて、わたしも疲れたし、恭介さんも疲れたはずよ…。」


「陽葵、ありがとう…。でも、その…。」


 俺は彼女のフワッとした甘い香りを感じて緊張していた。

 そして、耳元でささやくようにして悪戯っぽく語りかけた陽葵は、どこか色っぽくて綺麗で可愛い。


「恭介さん、これは、今日、頑張ったご褒美よ。恭介さんが、わたしと一緒にゆっくりと過ごしたかったのがよく分かったわ。でも、連休中、ゆっくりと一緒にいられなかったのは、わたしも同じよ。だから…、ちょっぴり悔しいわ。」


 その言葉を聞いて、俺はぐるりと回って陽葵の正面に体を向き直した。

 右手を陽葵の頬にソッと当てて、額をつき合わせた。


「そういうコトが分かってくれる陽葵が好きだよ。ありがとう。…大好きだよ。」


 陽葵は恭介の心の中が徐々に分かってきたことが嬉しくなっていた。


「そうよね、恭介さんはわたしに告白したとき、お互いを知る時間が必要と言ったわよね。わたし、その意味が少しずつ分かってきたの。だって恭介さんを知れば知るほど、好きになっちゃう。」


 陽葵の恥じらうような微笑みに俺はたまりかねた。

「陽葵、別れ際にごめんね…。陽葵の大好きが止まらない。」


 俺は体が自然に動いて陽葵に熱い口づけをしていた。

 そのキスが何分、続いたか分からないぐらい熱いキスだった。


 キスが終わると、お互いが微笑みあって、それも何分続いたのか分からなかった。


 そして、陽葵は立ち上がると、名残惜しそうに少し涙を浮かべながら周りを片付けると、帰る支度を始めた。


「このまま帰りたくないわ。でも、帰らないといけないわ…」


 陽葵は恭介から積極的にキスをされたことが嬉しすぎて、帰りたくない気持ちをグッと抑えながら帰る用意をしていた。


『もう一度、同じ事をやったらホントに帰れなくなってしまう。』


 恭介もそれは同じだった。

 仮に陽葵が次に何かを求めてきたら、押し倒してしまうぐらい愛おしさがこみ上げていた。


「陽葵、俺も寂しい。でも、明日があるからね…。」

 それはお互いが分かっていた。


 陽葵が全ての片付けを終えて、俺の下着を洗濯するために袋に入れてバッグに詰め込んだ時だった。


 帰る支度をしていたときに、陽葵が持っていた小さいバッグから、スッと音もなく学生証が落ちた。


 陽葵は学生証が落ちたことに気付いていないから、急いでベッドから降りて学生証を拾ったときに、陽葵の誕生日が見えた。


『え??。俺が退院する金曜日じゃないか…』


「陽葵、学生証が落ちたよ。」


 陽葵に声をかけると、涙を溜めながら少し視線をそらして学生証を受け取った。


「ごめんね、恭介さんを見てしまうと帰れなくなってしまうわ。明日の夕方まで待ってね。寂しいけど、わたしは辛くないわ。だって、これから毎日のように恭介さんと会えるもの。だから…我慢しようね…。」


 そう陽葵は言うと、未練を断ち切るかのように走って病室を出た…。


 陽葵が去った姿をボーッと見送った俺は独り言を放った。

「このまま陽葵と一緒にいたかった…。」



 陽葵が帰った後、巡回にきた看護師さんが俺に声をかけた。

 俺の担当の看護師さんだったから、積極的に声をかけてくれたのだろう。


「彼女さんは明日から大学だから居なくなったのね。三上さんが少し寂しそうなのが分かるわよ。」


「本音を吐けば少し寂しいです。そういえば、看護師さん。ちょっと相談したいことがあって…。」


 俺がそう言うと、看護師さんはニッコリと笑った。

「三上さん、どうしたの?」


「彼女の誕生日が私が退院する金曜日だってことが、さっき分かって、何をプレゼントしたら良いのか分からなくて困ってます。一時退院とか一時外出はできないでしょうから、買いにいけないし…。」


 俺が看護師さんに尋ねたのは理由があった。


 三鷹先輩なんて聞いたら話が止まらないし、木下に聞いても三鷹先輩や棚倉先輩にバレたら面倒だ。


 実行委員チームの女性陣は彼氏がいないことに加えて、それを打ち明けるほど仲が良くない。


 俺はしがらみが少ない看護師さんに聞いたほうがマシだと思った。

 おおよそ20代半ばの看護師さんは、それを聞いて嬉しそうな笑顔をした。


「もう!!、三上さんったらぁ~。わたしの旦那とつきあった頃を思い出してしまったわ。うらやましいわぁ~、いいわよ。三上さんが暴漢をやっつけて彼女を守ったことに敬意を表して、先生にかけあってみるわ。明日のお昼頃、わたしと一緒に近くのショッピングセンターにあるアクセサリーショップに行きましょ!!。」


 この当時は、ネットショップなんて殆どなかったし、インターネットはダイヤル回線やISDNと呼ばれる特殊な回線で入ったりするから、希少な存在だったので、ネットショップで購入なんて無理だったし、携帯にネットを見る機能なんてなかった。


「え?、ほんとうにいいのですか?。本来なら、退院してから誕生日プレゼントを買ってあげるのは仕方ないと思ってましたし…。ところで予算的にどんな感じでしょうか、本当に全く分からないので…。」


 俺が困っているのをみて看護師さんはニヤつきが止まらなかった。


「そうよね、2万円前後ぐらいで良いかしら。今は11月だから誕生石はブルートパーズだわ。大丈夫よ、今日も彼女さんと談話ルームで食事をしている最中に会ったし、こういう場合はネックレスが妥当だと思うわ。」


「看護師さん、本当にありがとうございます。一時的な外出で看護師さんの付き添いだから許可が下りやすいかも知れませんよね。」


「三上さん、よく分かっているわ。三上さんが寮生で親も家族もいないから、急な所用で担当のわたしが付き添ったことにすれば先生も許可を出しやすいわ。実質はショッピングセンターは病院から歩いて10分程度で行けるから、1時間以内の外出で済むはずわ…。」


 それを聞いて、その喜びが顔に出ると、看護師さんがさらに笑顔になった。


 しかし、ふと見ると、話していた看護師さんの隣に、年配の看護師さんが立っているのを認めた。会話に夢中になっていたせいか、看護師さんも隣に年配の看護師さんがいたことに気付かなかったようだ。


 その年配の看護師が微笑みながら口を開いた。


「井森さん、三上さんの話を聞いたわよ。三上さんの件は地方新聞の記事の社会面の片隅に少しだけ載っていたし、地方のテレビ局のニュースでざっと報じられているのよ。だから、お見舞いに来る人が多いも納得よね…。」


 井森さんと呼ばれた看護師さんはベテラン看護師さんを見ると少しだけ怖じ気づいたようにも感じた。

「婦長、すみません。気付かずに患者と話し込んでいました…。」


「井森さん、私からも先生に話してみるわ。先生も三上さんのことを良く思っているし、久しぶりにやりがいのある仕事がきてモチベーションがあがったと仰っていたから、すぐに許可が下りると思うわ。わたしも、三上さんのような人を旦那にしたかったわ。体を張って暴漢から助けられたら惚れてしまうもの…。」


 婦長さんはそう言うと、俺の目をジッと見て言った。


「三上さんは彼女さんの誕生日に気付いて、女性に分からない所を素直に聞く姿勢は、あなたの謙虚さそのものよ。きっと彼女さんは、そういうところにも惚れたのよ。それに、普通の女の子は着替えから食事の世話まで熱心にやらないわよ。彼女さんには感心しちゃったわ。」


「ありがとうございます。私もそういう所に惚れているかも知れませんね…。本音で言うとシャワールームまで一緒だと恥ずかしいですけどね…。」


 俺が恥ずかしさを少しばかり抑えながら本音を吐くと井森さんがニヤニヤ笑った。


「三上さん、とても良いお嫁さんを貰ったわよ。女の勘だけど、絶対にくっついて離れないと思うわ。大切にしないとね…。」


 そう言うと、2人の看護師は病室を後にした…。


 しばらくして、俺はシャワーをあびて、なんとか自力で着替えると、携帯を持って談話ルームに行った。


 携帯を見ると宗崎から20分前に着信があったことに気付いた。

 俺は着信履歴を見て、すぐざま宗崎に電話をかけた。


「宗崎、すまん。シャワールームにいたから電話がかけられなかった。」

「少し心配したぞ。携帯でメールを打つよりも電話をかけたほうが早いと思って。」


「どうした?」


「明日の講義と課題だけど、今週は午後の2時ぐらいで全ての講義が終わるから、いつもの3人が課題を片付けて、木曜日まで夕刻から病院へ行く形で良いか?。三上が徹夜をしなくて済むだろうから。」


「マジに助かる。実行委員会で徹夜の悪夢があるから、退院する金曜日は寮に来て貰えば助かるし。」


「彼女さんも看病しに来ているようだから、邪魔にならないかと思ってさ。牧埜さんの話だと相当に綺麗な人だったと言っていたから、今から彼女さんに会うのに緊張しているよ。」


「そこは緊張しなくて大丈夫だよ。宗崎は、牧埜とその話をしたのか?。」


「牧埜さんから電話が掛かってきてさ、明日、村上や本橋と一緒に行くなら、三上さんの彼女さんが、とても可愛くて綺麗だから言葉を失うよ。なんて言われたんだ。」


「大丈夫だよ。俺の課題の為なら陽葵は嫌な顔なんてしないと思うよ。」

「そうか、分かった。明日から木曜日まで緊張しながら、病院へ行くよ。」


 そういって宗崎と電話を切ると今度は陽葵からメールが届いていた。


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 恭介さん。大好きです。

 早く会いたいわ。

 -----


 その短いメールが俺の心に突き刺さった。

 すぐさま自分も短いメールで返した。


 -----

 陽葵。ちょっと寂しくなってきた。

 俺も早く会いたい。大好きだよ。

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 そのメールを返信してしばらくすると、こんどは陽葵から電話がきた。


「どうしよ、恭介さんの声が聞きたくて電話をかけてしまったの…。」


「陽葵。大丈夫だよ。さっきまで学部の仲間と木曜日まで病院に来て貰って休んでいる間の講義のノートを写して貰ったり、課題やレポートを教えて貰えることになったから電話をかけていたんだ。」


「恭介さん、それは良いアイディアだわ。わたしも、タイミングが合えば、一緒にそこで課題をやってしまえば土日はゆっくりとできるわよね…。」


「休んでいる間は課題とレポートが溜まってしまうからね。邪魔かもしれないけど、陽葵は大丈夫か?」


「もちろん、そういうコトなら大丈夫よ。もしも恭介さんを見習って講義後に課題を終わらせていたら、友人とお話でもしているわ。」


 陽葵は、恭介や棚倉から聞かされた勉学の姿勢に凄く感心をしていた。


 入院当初からレポートや課題を片付けていたことや、土日はゆっくりしたいから学部の親しい友人と一緒に大学の講義室や図書室などに居残って課題を片付けたり、寮の部屋に友人達を呼んでいたことを聞かされていたからだ。


「ごめんね、声を聞きたいと言いながら、俺が真面目な話をしてしまって。」


「いいのよ、恭介さんらしいし、そういう真面目な姿勢を貫くあなたも好きよ…」


 陽葵はこの声を聞いて心が落ち着いた。

 浮ついた甘い言葉を掛けずに普段通りな恭介が大好きだった。


「もうすこし、気の利いた言葉をかけられば良かったんだけど…」


 俺は陽葵の誕生日の件はあえて伏せた。

 どこかでソッとサプライズで渡したかったからだ。


「構わないわ。声が聞けただけで安心したの。おやすみなさい。大好きよ。」

「陽葵、おやすみ。俺も大好きだよ…」


 陽葵と電話を切ると、俺も寝ることにした。


『今日は陽葵と本音で語り合えた。ほんとに充実した日だった…』


 病室に戻ってベッドに入ると相当に疲れていたから、すぐに眠りについた…。

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