~エピソード6~ ⑤ 恭介の心が分かってきた陽葵ちゃん。~2~

 病室の外の廊下から足音が聞こえて入ってきたのは、有坂教授と浜井教授だった。


 俺はその姿を見てベッドから飛び起きて立ち上がった。

「有坂教授、浜井教授、わざわざ、お見舞いに来て頂いて恐縮です。」


 飛び起きた俺を有坂教授が両手で止めるように肩を押さえた。

「三上君、怪我をしていて一時的に意識がなかったのに無理をしないでくれ。学会の会合やその準備などがあって、こんな時間になってしまった…。」


「いえいえ、教授。大したことがないのに、ご心配をお掛けしてしまい申し訳ないです。」


 俺が恐縮していると浜井教授が少し笑みを浮かべて話しかけた。


「実行委員会での三上君の活躍が忘れられなくてね、金曜日の夕方になって棚倉君が私のところに来て大変な事になったと。うちの学部で君が噂になっていたから有坂君と一緒に来たのだよ。私たちは公務員の立場だから金品の享受ができないので、顔を見せるだけになってしまって申し訳ない。」


「教授、お気持ちだけでありがたいです。立ち話もなんですから、座って話しをしましょう。」

 俺がそう言うと、陽葵は息を合わせたように椅子を並べて冷蔵庫からお茶を取りだして2人の教授に配った。


 そして、陽葵もあわせて4人が囲むように椅子に座った。


「初めまして、わたしは経済学部1年の霧島陽葵といいます。」

 陽葵は少し緊張をしながら自己紹介をして深々とお辞儀をする。


 2人の教授も陽葵と自己紹介を含めた挨拶を交わすと、有坂教授が目を輝かせて俺の目を見て口を開いた。


「三上君。あのとき、本館に用事があって寄ろうとしたら、救急車とパトカーが止まっているから、なにごとかと、そばにいた女子寮長に尋ねてね。君は暴漢に襲われそうになった霧島さんを助けて怪我を負ったと聞いて吃驚したのだよ。」


『ああ、村上がメールで書いていた通りか…』

 俺はそれを聞いて苦笑いしながら恥ずかしいので、へりくだって謙遜をした。


「教授、皆さんにご迷惑とご心配をお掛けして申し訳ないです。こんな怪我をしなくても、霧島さんを上手く救う方法があったと思うのですが、なにぶん不器用で申し訳ないです。」


 陽葵はそれを聞いて、何か俺に言いたいのをグッとこらているようだ。

 有坂教授は俺の右肩を少しだけ強くポンと叩いて笑顔で言った。


「三上君。そんなに謙遜をするな。君はスタンガンを持った暴漢から女子学生を救った工学部の英雄だぞ。体を張って怪我をしてまで、こんなに可憐な女子学生を救ったのだよ。しばらくウチの学部は君の話で持ちきりになるぞ。」


 それを聞いた俺は来週から大学に行った後始末が面倒だと頭を抱えた。

 陽葵は俺と真逆で喜びを露わにしたような笑顔になっている。


「いやぁ、有坂君。とても良い教え子がいて羨ましいよ。体育祭の実行委員会で三上君は適材適所で委員を上手く振り分けて例年よりも早く開催準備や撤収作業を終わらせた上に、うちの学部の学生が三上君を慕っていたと聞く。あの高木さんが笑顔になって君の活躍を喜んでいたんだぞ…。」


 教授達に『そんなに褒められても恥ずかしくて困ります…』なんて言おうとした時だった。


「あら、有坂教授、それに浜井教授もお久しぶりです。三上くんのお見舞ですか?。私は彼に手続きで書類にサインをもらう用事があって来ただけだから大丈夫ですよ…。」


 高木さんの声だった。


 2人の教授は高木さんがきてギクッと怯えたような表情をしたが、彼女が穏やかそうな顔をしているのと、教授達も徐々に緊張がなくなっていった。


 そして有坂教授が高木さんと言葉を交わした。

「高木さん、お久しぶりです。さきほど三上君のお見舞に来たばかりなので、しばらく話をして帰りますよ。骨は折れているけど、彼は元気そうなので安心しました。」


 陽葵は椅子をもう1つ出して、高木さんを座らせて冷蔵庫からお茶を出して渡すと、浜井教授が気づいたように俺に言葉をかけた。


「三上君、大きな怪我をしたから、実行委員チームの面々が黙っていなかっただろ?。とくに泰田君や守君は黙っていなかったと思うが…?。」


「浜井教授、お昼頃に実行委員幹部と実行委員チームのメンバーがお見舞に来たばかりでした。怪我のことを心配していましたが、恐らく2月か3月頃に完治すると思いますので、そこまでは無理をせずに治療に専念したいと思っています。」


 浜井教授が深刻そうに俺の目を見た。


「無理をするのでないぞ。私の学生時代も…、そうそう、有坂君も同じだが部活で怪我をした部員が無理強いに練習をして悪化させた例はいくつもある。それに有坂君と体育祭が終わった直後に話をしたのだが、来年も三上君は外部委員をやって貰うと思うし、なんなら隣にいる霧島さんも一緒に外部委員になったらいい。それぐらい皆の期待が大きいのだよ。」


 そこで陽葵が万遍の笑みで教授達に答えた。

「教授。三上さんが周りから慕われていることを、彼の看病を通じてヒシヒシと感じています。わたしも忙しい彼を支える意味で一緒にやらせて下さい。」


 俺は陽葵の言葉に吃驚して口をポカンと開けた…。

 すかさず有坂教授が俺をじっと見て笑いがながら話しかけた。


「ははっ!。三上くん、来年度は専攻科でウチにくるだろう?。君は優秀だから、今年の実行委員のように来年もやることが決まっているし配慮をするよ。霧島さんもいるから、君も助かると思うしね。」


「浜井教授、ご配慮ありがとうございます。ただ、浜井教授がご存じか分かりませんが、実行委員長で寮長の新島さんが結核になって休学してしまったので、今は私が寮長をやっています。来年も相当に大変な状況になりそうです。」


 それを聞いた2人の教授が吃驚した。先に口を開いたのは浜井教授だった。

「新島君が結核になった話は学部の教授達から聞いて知っていたが、2年の君が寮長をやっているのかね?。君はやっぱり凄いな…」


 その後は、高木さんが助け船を出してくれた。寮長になった経緯やバレーボールの活躍などを語り合って、教授達は上機嫌で帰って行った…。


 高木さんは笑みを浮かべながらクリアファイルから書類を出すと、俺に問いかけた。

「三上くん、疲れたでしょ?。棚倉くんや三鷹さんが来なくても、色々な人が押しかけるから疲れるのも無理はないわ。ましてお世話になっている教授達がわざわざ来たのであれば、気も抜けないわよね…」


「高木さん、途中からお話に加わって助太刀をして頂いて助かりました。今日は、午前中から松尾さんや荒巻さんも来ていたし、実行委員会の面々が来ていたので、かなり気疲れをしましたよ。松尾さんや学生課の人たちなら気軽にお話できますが、特に教授達がきたのは吃驚でしたから…。」


「ふふっ、その通りだわ。私もこの手続きが終わったら、すぐに帰るから安心してね。明日から大学が始まるから、すぐに手続きしないと色々と面倒なのよね…。」


 俺は幾つかの書類にサインをすると、高木さんは思い出したかのように俺の目を見て口を開いた。

「三上くん、それに霧島さんにも関わるけど、今回からの寮長会議は異例の対応をとるわ。」


「高木さん、陽葵がオブザーバー的な役職で出席するほかに、なにか配慮を?」

 素朴な疑問をぶつけると、高木さんはうなずきながら答えた。


「まずは、三上くんが怪我で不在でかつ、男子寮の幹部が不足する緊急事態が発生しているから特例で諸岡くんが寮長会議に出席する手続きを寮の申請を通さずに、学生課の内部処理で実行しようとしているわ。そのことは松尾さんや諸岡くんにも伝えられているのよ。」


「高木さん、それは諸岡のためにもなるし、私はホッとしているところです。学生課の内部処理で片付ける意図は安易な前例を作らない為でしょうから。ただ、それだけではないですよね?」


「ふふっ、さすがは三上くんね。察しがいいわ。霧島さんのオブザーバー的な役職と、次期女子副寮長候補の白井さんが出席する手続きを内部処理するのも異例中の異例よ…」


 その高木さんの言葉に陽葵が驚いた。

「えぇ~~~!!、あの白井さんが副寮長候補ですか?。彼女は少し真面目じゃないから友人として心配です。白井さん、とても無理をしてないかしら…。」


 俺は陽葵の驚いた声など聞いたことがなかったから、よっぽど驚いたのだろう。

 高木さんは笑みを浮かべて陽葵に答えた。


「ふふっ、白井さんはね、少し前から三鷹さんや木下さんが気にかけていたのよ。少しサボる癖はあるけど、上手くおだてれば寮内をまとめられると2人は積極的に食事に誘ったりしていたのよ。」


 高木さんの話に陽葵は口をポカンと開けている。

「木下さんが三上くんが寮長になったことや霧島さんとの経緯を、白井さんに話した途端に、彼女の目の色が変わって、自分の部屋をまずキチンと片付けて積み上げていた課題を、同じ学部の先輩に助けられながら1日で全て終わりにしたらしいわ。」


 陽葵はそれを聞いて素っ頓狂な声をあげた。

「えぇぇぇっぇぇぇぇ~~~~!!!!。そんなことが!!!。ホントに信じられないわ!!。」


「陽葵、気持ちは分かるけど、俺も一部の人間から白い目で見られていて、それを思いっきり覆した人間だから、人は見かけによらないかもね。あることをキッカケにしてスイッチが入るって事ってあるからさ。来週も文化祭の件で寮長会議があるだろうから、白井さんに挨拶をするよ。陽葵がいるだろうから安心して話せそうだし。」


 俺の言葉に高木さんが陽葵の動揺を抑えるように、やさしく言葉をかけた。


「霧島さん。三上くんの言うとおりだわ。三上くんの場合は棚倉くんが優秀なことを見抜いて抜擢したけど、隠し球にされて能力を発揮できずに苦しんだのよ。そのぶん、三上くんが本領を発揮した時に三鷹さんや木下さん、橘さんに与えた影響は吃驚するほどだったけどね…。」


 少し落ち着きを取り戻した陽葵が高木さんの言葉に答えた。


「高木さん、大学に行って白井さんに会うのが楽しみだわ。彼女は講義中に携帯をいじっていたりするし、課題も真面目にやらないから補講になることが多かったのよ。そのせいで、わたしは三上さんと会えたけど…。」


 高木さんが陽葵の目をジッと見て口を開いた。


「霧島さん、だから人って分からないのよ。私だって高校の時はグレてどうしようもない子だったけど、そこから改心して立ち直って今があるのよ。霧島さんが、とてもよい彼氏を見つけたことで白井さんが触発されたのよ。さて、三上くんがちょっとお疲れ気味だし私はこれで帰るわ…。」


 高木さんは俺がサインした書類をまとめてクリアファイルに入れると、手を振りながら笑顔で病室を後にした…。


 そのあと、陽葵が疲れた表情を浮かべて俺に言った。


「わたしは恭介さんの気持ちが良く分かったわ。これだけ毎日のように色々な人と接して、これだけ驚くような話を聞かされると休む暇がないわ。それにさっきの話は情報量が多すぎるのよ。」


「陽葵、ようやく分かってくれて嬉しいよ。だってさ、寮にいるとマジにこんな感じだよ。体育祭の実行委員会だってそうだしね。友人の白井さんは真面目になったといえども、少し苦労すると思うよ。今までは穏やかに過ごせていたけど、生活リズムをつくるまで時間がかかると思うよ。」


 俺がそう言うと、陽葵は俺の右肩に体を寄せて少しもたれかかるようにして喋り始めた。


「高校や中学でもね、わたしはそんな意識なんてなかったわ。恭介さんはすごいのよ。だから、たまにボーッとしてる理由が分かるわ。何にも考えたくない時間を作らないと息が詰まるわよね…」


「陽葵、正解だよ。でも今はね、ここに可愛い女の子がいるから、ボーッとしなくても、そばにいるだけで癒やされる。愚痴や本音を聞いて貰える人がいるのが幸せなんだよ…」


 陽葵の頭をなでると彼女は俺の右腕を抱き寄せて俺に体を預けるようにもたれかかった。

『付き合った女の子が陽葵で良かった。他の子なら本音なんて語れなかっただろうし…』


 しばらくの間、俺は陽葵の頭をなでるのを止められなかった…。

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