~エピソード6~ ⑤ 恭介の心が分かってきた陽葵ちゃん。~1~

 霧島陽葵は昼食を買いに病院内のコンビニに入った。


 彼女はサンドイッチとサラダをカゴの中に入れると、美味しそうなシュークリーム見つけたが、今の体重を気にして少しだけ躊躇った。


 でも、思い切ってカゴの中に入れた。

『ふふっ、シュークリームは頑張ったご褒美なのよ♡』


 その場に陽葵が大好きすぎる彼氏がいたら、迷わずにこう言ったかも知れない。

『そのぐらい食べても平気だよ。俺は陽葵がどんな姿になっても可愛くてしかたがないし、歳を重ねても大好きだよ。』


 そんな陽葵が昼食を買い終えてエレベーターに乗って、恭介がいる病棟の階まで上がると、談話ルームに行って遅めの昼食をとった。


 彼女は、窓際の隅の席に座ると、サラダやサンドイッチを袋から取り出した。

 サラダを食べようとフォークを持ったら、患者のリハビリに付き添っている顔見知りの看護師に声をかけられた。


「あらっ、三上さんの彼女さん。こんなところでお昼ご飯?。彼氏とは順調?」

 看護師さんはニコッと笑っている。


 陽葵は作り笑顔で看護師さんに答えた。

「恭介さんがお世話になっています。それは、もちろん順調ですよ。」


 内心は看護師さん達のツッコミに精神的な疲れを募らせていた。


『恭介さんの気持ちが分かってきたわ。多すぎる交流関係に、少し干渉気味の先輩達、そして周りの熱い視線…。そうだわっ!恭介さんはそれで疲れているのね。』


 棚倉や三鷹が、ひっきりなしに病室に行こうとした点や、入院中も寮の仕事をさせようとする姿勢に、彼が高木さんを使ってパーソナルスペースを守ろうとした事を思いだした。


 彼女は食事をしながら思考を巡らせていた。

『わたしは、恭介さんの中に入っても嫌がられていないわ。それは恭介さんが自分を好きな証拠よ…』


 陽葵の推測は正しかった。


 彼女はノンオイルのドレッシングをサラダにかけると、フォークでレタスを食べながら、教育学部の体育祭実行委員会のバレーボールチームの面々が来たときの状況を考えていた。


『荒巻さんや松尾さんが来たときの恭介さんは普通だったわ。牧埜さんと仲村さん、泰田さんや松裡さんが来たときも普通だったわ。でも、バレーボールチーム全員が来てしまった時よね…。あれは流石にダメだわ』


 陽葵は、恭介がバレーボールチームの女子達と恋愛感情を抱かなかった理由を考えていた。

『そうよ、あの場で女性陣の誰かが、恭介さんが可哀想だからと日を改めたり、時間をずらさないとダメなのよ。全員が来てしまった時点で、彼女達は少し自分勝手な部分があったわよね…。』


 陽葵は泰田と電話の会話を聞いていた時に、泰田が自分の母親に『せめて時間を遅らせて欲しかった』『え?3人がすぐに行きたいと懇願してるの?』なんて会話を聞いてしまったのだ。


 最初の牧埜たち4人に関しては、事前に携帯にメールをするぐらいに恭介への配慮ができていた。

『そうよ、あとから来た女性陣が無理矢理に押しかけた時点で、恭介さんはあの女性達に振り向きもしないわよね。』


 牧埜や泰田達と守や泰田の母親たちの面会時間が重なってしまったのは、守や山埼、そして逢隈が、三上に早く会いたかった上に、陽葵を見たかった自分本意な動機で2人の母親を急かせてしまったのだ。


 ただ、2人の母親はそれに気付いていたが、三上に失礼だと思いつつも『これも人生の勉強の一つ』と捉えて、失恋するなら完膚なきまでに…なんて思考が同時に働いていた。


 その場で三上が怒ったとしても、2人の母親が責任をとってなだめる覚悟があった。


 それに、母親達は長い人生経験から、陽葵に出会う前から『三上さんの彼女は、絶対にウチの娘よりも凄いはず』と、最初から考えていたので、どう転んでも母親達が女性陣のケアをするつもりでいたのだ。


 そんな事など知る由もない陽葵は、サラダを食べ終えてサンドイッチを口にすると、さっきの過激なキスを思い出してしまった。


 顔が火照るのが分かって食事どころではなくなってきた。

『なんで、わたしはあんなに大胆になってしまうのかしら…』


 自分でも分からないぐらいに、大好きな彼の目の前だと暴走をしてしまうのだ。

 談話ルームの自販機で買った冷たい紅茶を飲みながら、その原因を考えていた。


『わたしは、恭介さんが気になっている女子が沢山いたから焦ってしまったのだわ。病院で大胆になってはダメよ。誰かに見られたら恭介さんも私も困るわ…。』


 最後のパンを食べてキスをしてしまった時、恭介はとても恥ずかしそうにしていた。


『そうよ、恭介さんの怪我が治ってデートまでは、激しいスキンシップはお預けよ。ふしだらに迫ったら恭介さん嫌われてしまうわ…。』


 陽葵は恭介との激しいスキンシップを自重しようと思うのだが、彼を目の前にしてしまうと、恭介を支えて守りたい気持ちが強くなってしまって、最後には彼への愛情を爆発させてしまう。


 そんなことを考えながら、デザートのシュークリームを食べていると恭介がやってくるのが見えた。


『しまった。考えごとをしていたから食事に時間をかけてしまったわ。これを見られてしまったら、病院食しか食べられない恭介さんに可哀想なことをしてしまうわ…』


 陽葵は慌てたが、時すでに遅しだった…。


 -----


 俺は陽葵が昼食を食べている間、喉が渇いたので冷蔵庫を開けてお茶を取り出そうとしたが、少し考えて冷蔵庫の扉を閉めた。


『参ったな、親父とお袋がお茶と水を箱買いしたお陰で飲み飽きたなぁ』


 ベッドから起き上がって財布を持つと、談話ルームにある自動販売機で何か飲み物を買うことにした。

 どのみち陽葵が食事をしているだろうから、話し相手になっても構わないと思ったのだ。


 談話ルームに入ると、窓際の隅のほうの席に陽葵が座ってシュークリームを食べていた。


 陽葵に近寄っていくと、俺の姿をみて陽葵はとても慌てた様子だった。

 俺が病院食以外は食べられないから、デザートを食べていたら妬まれるとでも思ったのかも知れない。


「きょっ、きょ、恭介さん…これは…そのぉ…。」


『慌てた陽葵も凄く可愛いなぁ。』

 俺のそんな感情は横隅に置いて、陽葵の頭を撫でながら優しく話しかけた。


「大丈夫だよ。俺は陽葵が何を食べようと構わないよ。そこでステーキを食べようが、豪華なケーキやパフェを食べたとしても文句なんて言わないよ。それよりも、美味しそうに食べている陽葵が可愛い。」


 陽葵の顔がみるみる朱く染まった。

 そして、俺が隣に座ると、陽葵は申し訳なさそうに、リスのようにシュークリームを端から少しずつ丁寧に食べ始めた。


 それを見て、なおさら俺は悶えた。

『マジに可愛すぎる!!』


 陽葵は顔を赤くしながらシュークリームを持って俺に問いかけた。

「恭介さんは、普段はたくさん食べると聞いていたから、すこし可哀想に思えてくるの。病院の食事だけで足りてるかが心配だわ…。」


「大丈夫だよ。仕送りが途絶えた土日になると、水と高カロリーのチョコレートだけで過ごすこともある。いまは、あまり運動もしてないし、動いていないから大丈夫だよ。」


 陽葵は、仕送りが途絶えて厳しい状況になった時に愛する人がサバイバル的な過ごし方をしていたことを聞いて凄く心配した。


 食べかけのシュークリームを袋に戻してテーブルに置くと、真剣な顔で俺を見つめた。

「恭介さん、仕送りが途絶えて何も買えない状態になったら言ってよね。土日ならわたしの家に来て欲しいし、普段の日ならお弁当を作るからね。お昼は一緒に何処かで食べようね♡。」


 俺は陽葵が本当に心配してくれるから嬉しくなって、頭をなでる力が少しだけ強くなってしまった。


「陽葵。それだけでマジに助かる。体育祭の実行委員をやっていた時に、その間だけ土日の食事をまるごと先輩に奢られていたから、仕送りが途絶えても専門書などの購入にお金が回せて助かっていたからさ…。」


 それを聞いた陽葵は安心したのか、シュークリームを急いで食べようとしているのが分かって、俺がすぐさま声をかけた。

「ゆっくり食べて良いよ。まだ、時間なんて沢山あるし、押しかけてくる人なんていないと思うし…」


 陽葵は少しだけ笑顔になると、少しだけ急いでシュークリームを食べ終えた。

「病室に戻ってゆっくりと2人で話したいわ。御見舞にくる人がいないことを祈りたい気分よ。」


「俺もそう願いたい。もうね、色々と人が来すぎて内心は嫌になっているんだ。陽葵はズッとそばにいてほしいけどね…。」


 2人が病室に戻ると、いつもの如くベッドの横の椅子に陽葵が座って真剣な表情で俺を見つめた。

「恭介さん。念のために確かめたい事があります。あの実行委員の女子学生で気になる人がいました?」


 俺は陽葵の問いに静かに首を振って微笑んだ。

 これはむしろ、陽葵と俺の仲を深めるのには良い問いかけだと考えたのだ。


「陽葵。それはね、とても良い問いかけだよ。これだけ女学生と交流があれば、そんな不安があってもおかしくないからさ…」


 陽葵は俺の言葉に目を開いて少し口を開いた。

「きょっ、恭介さん、あっさりと、そう言ってしまうあたりが凄いわ…」


 その言葉にうなずいて言葉を続けた。

「単刀直入に言うと、彼女達は全く好みではない。少し下心があるのと、たとえ俺が好かれていたとしても、俺がリーダーとして表向きに作り上げた姿にだけ惹かれているのが明らかだ。だからね、陽葵のように俺が疲れた姿とか、だらしない部分なんて見せたら蹴り飛ばされるだろうね…。」


 陽葵を好きになったのは、俺がどんな姿であろうと、陽葵なら嫌いにならずに、それを否定せずに自分をズッと愛してくれる予感があったからだ。


「恭介さん、それを聞いて安心したわ。わたしは彼女達と違うわ。こんな恭介さんも大好きなの。恭介さんは、とびきりに優しいから、周りに気を遣いすぎて疲れてしまうのよ。」


「そうかも知れないね。だからさ、生半可な状態で俺を好きになってしまう子がいたとしたら、俺は即座に蹴ってしまっただろうね…。」


 俺の言葉を聞いて陽葵はもの凄く安心したようだ。

 さきほどの真剣な表情から一変して今度は少し微笑んだ表情で俺を見ている。


「さっきね、ご飯を食べながら、色々な人から御見舞が来ていて恭介さんが疲れている理由を考えていたの。わたしも看護師さんから、わたし達が上手くいっているの?なんて言葉をかけられたけど、そろそろ、そういう言葉に疲れてきたから、恭介さんの気持ちが分かってきたのよ。」


「そうか…。俺の場合、棚倉先輩が相当に干渉してくる件とか、さっきの実行委員の面々を含めて面倒なことが沢山あったんだ。ただね、今までは面倒なことを無理矢理に押しつけられると前寮長が助けてくれたから、少しだけ自分の時間を作ることができたけど今は逆戻りかな…。」


 陽葵は、こんなに疲れている恭介を守って癒やしてあげられるのは自分しかいないと思った。

 そして、彼を支えて助けてあげるような使命感のようなものを持ちつつあった。


 それから、俺と陽葵は色々な雑談をした。


「陽葵。ギプスが取れてからになるけど、どこで初デートをしようか?。もう陽葵が好きすぎるから、とんでもなく変な場所でなければ何処でもいいよ?」


 陽葵は俺の頬をツンと突くと不敵な笑いを浮かべて言葉を開いた。

「恭介さん、両親からお祝いでテーマパークのチケットを2つ貰ったのよ。一緒に行きましょうね♡。」


 なんだか、あっさりと初デートの場所も決まって、あとは怪我を治すだけかと思うと、無理はできないし、陽葵の楽しみを奪うのは絶対に駄目だと悟った。


「たぶん、ギプスが取れるまで1ヶ月程度だと思うけど、そこまでは大学のキャンパスとか、休日にちょっとした買い物とかショッピングに出かけたりして、ゆっくりと2人で過ごそうか?。俺は誰にも干渉されることなく陽葵と2人っきりで過ごしたいんだ。」


 陽葵はそれを聞いて笑顔になった。

「恭介さん、それで十分よ。忙しそうだから、2人っきりになれるタイミングなんて普段の日なんか難しいかも知れないし…。」


 陽葵がそう言った矢先だった。

 病室の外の廊下から複数の足音が聞こえてきた…。

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