~エピソード5~ ㉚ 三上恭介の人間模様。
-午前9時30分。-
棚倉と新島は寮の受付室にいた。
休日中なので、寮生の出入りは多くない。
三上や友人達も徹夜明けで寝ていたから棚倉は彼の部屋に入る余地がなかった。
2人がボーッとしていると、棚倉の携帯に1本の電話が入った。
「泰田ですけど、棚倉さん。急なお願いで申し訳ないです。実行委員チームの優勝のお祝いでコンパの会場にケーキを持ち込みたいのですが、それって、あの宴会場ではOKなんですか?」
棚倉は泰田の質問を聞いて少し考え込んだ。
『これは、宴会場で少し打ち合わせをしないといけない。駄目なら急遽、ケーキを作って貰わないと…。』
「泰田よ、ケーキを持ち込みたい気持ちは分かる。あれだけ三上が活躍したし、みんなのモチベーションもあるからな。今から宴会場で最終的な打ち合わせをするから来られるか?」
「棚倉さん、すみません。ケーキを買う件も含めて、午前中は母親に色々と頼まれていて動けません。その代わりに雪輪さんと溝口さんを打ち合わせに向かわせる形で大丈夫ですか?。もう2人に話をしてあるので…。」
棚倉は泰田の電話を聞いて、その準備の良さに『泰田も三上に感化されてきたのか?』と、思いつつも、その件は快諾だった。
実はそれが棚倉を寮から外に出す三上の策だった。
大抵、こういう大きな宴会などになると、当日にこういった急な用事やトラブルがついてまわる。
三上は棚倉や新島と共に寮の運営をしていて、こういう事案がよく起きることを知っていたし、棚倉の性格もよく分かっていた。
当然、その電話を聞いている新島もグルだ。
「先輩、俺も三上が起きてきたら、後で宴会場に向かいますよ。先に行って下さい。」
棚倉は少し不機嫌そうだった。
「新島よ、三上を頼む。なんだかアイツは相当に怒っているような気がしてならん。できれば、なだめてくれ…。」
新島は、しばらくしてから棚倉が外出したことを確認すると携帯で三上を呼び出した。
「おう、三上。先輩が出て行ったから、今がチャンスだぞ。お前の見込んだとおりだ。まったく…お前は恐ろしいよ。」
俺はその電話を受けて、良二や村上、宗崎に寮を出る準備をさせた。
当初より早く出たのは理由があった。
良二と宗崎を家に帰させてあげたかったからだ。
特に良二は荷物が多かったので、家に荷物を置きたかったのだ。
彼の家は電車で1時間かかるから、お昼過ぎの約束まで時間を考えるとあまり余裕がない。
良二を駅まで見送ると、俺と村上は宗崎と別れて駅前にある学生向けの安い定食屋で遅い朝飯を食べていた。
俺は、食事中に棚倉先輩を除く実行委員会幹部全員に一斉メールを送った。
---
三上です。
棚倉先輩に見つかることなく寮から出られました。
あとは打ち合わせ通りでお願いします。
---
それを見た一部のメンバーが『三上さん、どこにいるの?』と、書かれたメールが次々と届くが、俺は飯を食い終わるまでメールを保留にした。
村上がそれを見て率直な感想を漏らした。
「お前なぁ、マジでメールの着信が多くて困ってるだろ?。このまま居場所を返信したら、誰かが速攻で来るから、マジで飯を食った気にならないもんな…。」
「村上、そうなんだよ。まぁ、このドタバタも今日で最後だし、あとは1~2週間に1度のバレーボールの練習ぐらいになるから、ゆっくりしよう。俺は疲れたよ。この大芝居で人生の半分ぐらいのエネルギーを使いそうだからさ。」
村上は朝から焼肉定食を食べながら俺に向かって言った。
「マジにそう思うぞ。一昨日の打上げの食事会を見て思ったけどさ、三上が学部でも見たことないようなエネルギーを使っているのが分かるからさ。」
俺は野菜炒め定食を食べながら村上の話に応じる。
「そうだよ。あれだけの規模になると、高校時代の生徒会のような振る舞いをしないと全く駄目だから相当なエネルギーを使うんだ。ただ、高校時代と違って周りが優秀だから、俺は案を示して細かい仕事は優秀な人たちが自然とやってくれるから楽なんだけどね…」
村上と話していたら携帯から電話が鳴った。
『マナーモードにしておいて良かった。』
「三上くん、牧埜です。じつは仲村さんと天田くんと一緒に駅前に来てまして…。あそこの定食屋で村上さんとご飯を食べている姿が見えたので、私達も朝ご飯がまだなのでご一緒させて下さい。」
「牧埜、良いよ。このまま、どうやって時間を潰そうかと思っていたから…」
そうすると、牧埜と仲村さん、天田さんが一緒に店に入ってきて、各々が定食を頼み始めた。
村上はそれを見て、友人の三上が本当に哀れに思えてきた。
明日からは学部の友人だけで平和な日々が訪れるであろう。
朝飯を食べ終わると、今度は守さんのお母さんから電話があった。
「三上さん、どうせなら体育館に行って練習しない?。今日はキャンセルが出てちょうど空いたらしいの。今日は紗良ちゃんも一緒にやるらしいから、少しレクチャーも兼ねてよ…。それとお昼は打ち上げ会を兼ねて皆で食べよう!」
「守さんのお母さん、私服だけど良いですか?。シューズは借りられますけど…。ちなみに、ここに村上と牧埜、仲村さんに天田さんもいますから一緒に行きますけど。」
「ふふっ、和奏から話を聞いているから、そのあとは私もボウリング場で一緒に遊ぶわよ。」
『これは凄いことになった…』
俺は守さんのお母さんの電話の内容を、ここにいる皆に伝えると大賛成になった。
「どっちみちゲーセンとかカラオケで暇を潰すよりは、体を動かした方が良いよなぁ。」
仲村さんが皆の意見を代弁した。
結局は実行委員チームに逢隈さんを加えた形で、良二を除く、体育祭終了後の食事会に出たメンバーが体育館に勢揃いした。
宗崎は守さんから電話が入って急いできたので私服のままだった。
泰田さんのお母さんが逢隈さんに声をかけた。
「紗良ちゃん、少し運動が苦手なのは分かってるから、ゆっくりで良いからね。ここのメンバーは苦手でも笑う子なんて1人もいないから大丈夫よ。三上さんみたいになろうと思わなくて良いから、少しずつ怪我のないように体を慣らしていこうね☆。」
逢隈さんは、あの実行委員会のコンパの後に、泰田さんに『少しでもいいから運動音痴を解消したい』という相談を受けて、泰田さんのお母さんに相談したところ快諾にだったらしい。
「ところで、泰田さん。ケーキの件はどうなりました?」
俺はこの作戦の一環としての辻褄合わせが気になったので泰田さんに問いかけた。
「ふふっ、三上さん、雪輪さんから電話があって宴会場で手配してくれるそうよ。衛生上の問題があるから、食べ物を持ち込むのは、ちょっと駄目みたいね…。」
「そうそう、ケーキ代は、チームの監督とコーチが出すとことで決着がついたから大丈夫よ。」
そうしてお昼頃まで、軽めの練習が始まった。
逢隈さんは運動が苦手だったから、泰田さんのお母さんが手取り足取り教えている。
しばらく逢隈さんが心配で横目で見ていると、トスやレシーブの相手が牧埜になったようだ。
牧埜は俺のことをズッと見ていて、サーブや、レシーブやトスなど体の使い方とかも俺に聞きまくっていたから上達が早かった。
牧埜は泰田さんのお母さんと一緒に、懇切丁寧に一緒に教えている。
「ああ、これで良いんだ、俺も牧埜に教えた甲斐があったよ。」
宗崎は松裡さんとレシーブやトスの練習をしているし、村上は泰田さんとアタックの練習をしている。
俺は何時もの通り、守さんのお母さんの練習相手になっていた。
今日は俺がセッターで、守さんのお母さんは勿論、村上や泰田さんを含めて彼らにトスをあげまくっていた。
練習をしていると、お昼前に良二が体育館にやってきた。泰田さんが気を利かせて良二にも連絡をしてくれたらしい。
良二は練習を邪魔しない条件で、俺のことを見てニヤニヤしながら見学をしていた。
しばらく穏やかな練習が続いて、お昼時になると、例のビュッフェで昼飯になった。
そうすると守さんが真っ先に気まずそうに俺に話しかけた。
「あのさぁ…三上さん。実行委員会チームの決起コンパの時に、もしもお母さん達が抱きついたら奢ると言っておいて忘れていたのよ。今日はこの昼飯代とボーリング代と、この後のコンパも含めて泰田さんの家族と一緒に奢らせて。」
俺は焦って右手を横にふって断ると、守さんのお母さんと泰田さんのお母さんが、2人とも手を合わせて同じタイミングで同じ言葉を口にした。
「三上さん、遠慮しないで!!」
俺は観念して承諾した…。
食事中もメンバーと雑談を交えながら、ゆっくりと会話していると時間があっという間に流れた。
メンバーはこのままタクシーに分乗してボウリング場まで移動した。
俺は隣に座った良二に話しかけられた。
「いやぁ、お前の練習を見ていたがマジにスゲーんだなぁ。ほんとうに上手いから感心するぜ。」
「まぁ、1ヶ月ぐらいで、かなり成長したし、練習が身についてるし、簡単に捨ててしまうのも勿体ないから、体育祭終了後も週1ぐらいで体を動かすことにしたんだ。」
そんな軽い会話をしていたら、すぐにボウリング場についた。
『さて、ここからが本番だよな…』
各々がレーンに別れながら、ボウリングを楽しんでいた。
俺たちは学部の友人4人が同じレーンにいる形になった。
そんなに俺はボウリングは上手くない。ぜいぜい100程度を行ったり来たりのような感じだ。
ただ、今日はガーターも多いし、スコアは酷いほうだった。
無理もない。徹夜明けだし、俺は棚倉先輩と会った時になんて言葉をかけるのかをズッと考えていたからボウリングどころの騒ぎではなかった。
一緒のレーンでボウリングをしている3人は、それがよく分かっていたので、あえて黙っていた。
◇
-午後2時30分頃ー
棚倉と新島はコンパの細かい最終的な打ち合わせを終えて一旦、寮に戻った。
そのまま、宴会場で時間を潰しても良かったのだが棚倉には目的があった。
棚倉は寮に戻ると、ニヤリと笑って三上の部屋の入口に駆け込んだ。
…ノックをするが誰もいない。
隣の村上の部屋をノックしたが誰もいない。
三上が徹夜をした後は、出かけるなんてことは皆無だった。
しかも隣の部屋の村上もないし、学部の友人達も姿を消していた。
受付室に戻ると、棚倉は慌てて三上の携帯に電話をした。
『おかけになった電話は電波の届かないところにいるか電源が入っていないため…』
その様子を見ていた新島は心の中でニヤリと笑った。
『アイツの作戦が、ここまで上手くいくとは思わなかったぜ…』
棚倉の額から冷や汗が出ているのを新島は横目で見ながら平静さを保つが精一杯だった…。
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