~エピソード5~ ㉙ 打ち上げコンパ前夜の死闘。

 俺たちは寮に戻ると受付室に新島先輩がいた。


 先輩は俺の顔を見ると、笑顔になって口を開いた。

「おおっ、いよいよ主役のお出ましだね。先輩はコンパの打ち合わせで寮にいないよ。」


「新島先輩、それは安心しました。ところで、課題をやってる最中に棚倉先輩が押しかける懸念ですが…。」

 俺はそれが一番の心配だった。


 課題やレポートの類は寮の部屋に置いたままだったし、このまま棚倉先輩が押しかけてくるような事があれば、とても邪魔なので宗崎の家に再び行くのも気が引ける。


「高木さんが昨日、来ていたのは電話で知ってるだろ?。俺が今日は徹夜で課題をやると高木さんに言ったら、先輩がお前の部屋に押しかけたら、風邪を引いた時みたいに高木さんが阻止するから安心しろ。」


 先輩からそれを聞いた俺は頭を抱えた。


 だが、課題に集中しているところに棚倉先輩が押しかけてくるのは面倒なので、高木さんの配慮は複雑だが、ありがたくもあった。

「先輩、マジにえげつないですよ。まず、高木さんに勝てる相手なんて絶対にいないですから。」


 新島先輩と会話を終えると、4人は俺の部屋に入った。

 そして、俺が欠席した時の講義のノートを写しながら、講義の内容を3人から教えて貰った。


 それが終わると午後の1時を回っていた。

 キリが良いので昼飯を買いにコンビニに行こうとしたら、俺の部屋のドアをノックする音が聞こえた。


 ドアを開けると、松尾さんと高木さんがいた。


 松尾さんが俺を見るとニコッと笑った。

「三上くん、順調に進んでいるか?。今日は女房と高木さんが一緒に、三上君たち4人や寮のバイトの食事を作ったから、みんなで食堂にきてくれ。」


 俺は素直にお礼を言った。

 高木さんの作る料理は絶品だと評判になっていた。

「松尾さん、それに高木さんも、本当にありがとうございます。」


 高木さんは、かなり上機嫌になって笑顔になっていた。

「ふふっ、三上くんは本当に幸せ者よ。みんなから頼られていて、私もやりがいがあるわ。」



 そして、少し部屋を片付けて俺たちが食堂に行くと、食堂には大宮や竹田や新島先輩もいた。


「高木さんが作るナポリタンが絶品だよ。マジに美味しいわ。」

 新島先輩が美味そうに食べている。


 そして、食事をしながら、皆で会話をしていると昨日のバレーボールの話題になった。


 あの試合の録画を大宮や竹田も松尾さんと一緒に見ていた事を大宮や竹田から聞くと、大宮がニヤニヤしながら口を開いた。


「あれを体育館で見たかったよ。お前はマジにスゲーなぁ…。」

 大宮は高木さんが作ったナポリタンを食べながら、率直な感想を俺にぶつけた。


 俺は松尾さんの奥さんが作ったポテトサラダを食べながら大宮の質問に答えた。

「大宮。あれは土日になると極秘で練習をしていたんだ。練習のレベル的には中学や高校の本格的な部活と変わらないぐらいかな。」


 それを聞いて竹田がハッとして俺に問いかけた。

「そうか、お前が土日の夕方になると居ないことが多かったのは、その練習のせいか。新島さんや棚倉さんが土日の夜になると、お前を探していたこともあったぞ。」


 高木さんが笑顔になって、その話に乗ってきた。

 昨日、リアルに試合を見ていたから俺たちが優勝したのが嬉しそうな感じだ。


「ふふっ、練習の時に、あの監督さんの強く打ったボールを三上くんは怖じけず綺麗にレシーブしていたから、わたしも吃驚していたわ。それに、あの監督さんも相当に体幹が良さそうな人よ。」


「高木さん。あの監督は、高校時代に全国大会に出場した経験のある人ですから、メッチャ上手いですよ。高校時代の監督と少しソリが合わなくて交代要員だったらしいけど、その実力レベルでの交代要員なんて凄すぎますからね。」


「…あのハチャメチャな守の母さんは、そんなに凄い人だったんだ…。」

 新島先輩の顔が少し引きつっている。


「ちなみに、泰田さんのお母さんも補欠ですが、同じ高校の部員ですよ。」

 さらに先輩の顔が引きつるのが分かった。


「まっ、マジか…。あ、そうか、それでなければ、教授達に試合の解説なんて無理か…。」


 新島先輩はナポリタンを食べ終わると、ティッシュで口を拭いて水を飲むと言葉を続けた。


「去年の実行委員チームってさ、メッチャ弱かったモンだから、15点ぐらい点差があった時に、あの守のお母さんが出てきて、その点差を縮めて1セットだけ勝ってしまった伝説があるんだぜ…。」


 俺は新島先輩の話を聞いて苦笑いした。

「守さんのお母さんなら、あり得ますよ。マジに…。」


 そのあとも、バレーボールの話題がが続いて話が終わると、俺たちは部屋に戻って課題をひたすら続けた。


 全部で7つの課題があって、3つぐらい課題が片付いた頃だろうか…。

 既に夕方の5時を回っていた。


 『昼飯で時間を潰しすぎたなぁ…』


 部屋に戻った頃には午後2時を回っていたから、相当にスローペースだった。

 昨日からの疲れがあって少し眠気をこらえながら課題をやっていたから、なかなか進まなかったのだ。


 その時だった。


「棚倉ぁ~~、三上の課題を邪魔する奴は許さん!!」

 廊下から高木さんが怒っている恐ろしい声が聞こえた。


 それを遠巻きで見ていた新島先輩の話では、高木さんは、昼食後に松尾さんの奥さんと昼食の食器を片付けて洗った後に、受付室で棚倉先輩が寮から帰ってくるまで新島先輩と一緒に受付をやっていた。


 しばらくして、夕刻の5時頃に棚倉先輩が寮に戻ってきたのを確認すると、寮の掃除用具入れから長箒を持ってきて、俺の部屋の前の廊下で長箒を持ちながら仁王立ちになって立っていたらしい。


 効果はてきめんだった。

 棚倉先輩は高木さんの姿を目にすると、おびえて一目散に逃げたという…。



 その一方で、その声を耳にした俺以外の3人は顔を見合わせた。


 しばらくの沈黙があった後、良二が重い口を開いた。

「恭介さぁ、あの料理が上手な学生課の女性職員さんって、お前が言っていた通り、マジに怒ると怖いよなぁ…」


 俺は課題をやりながら良二に答えた。

「だから言っただろ、マジに怖いって。それよりも1時間だけ仮眠を取って良いか?。バチクソに眠いから課題が進まない。そろそろ3つめが終わるから1時間経ったら起こしてくれ…。」


 3人は俺が仮眠しているあいだ、村上の部屋に移動して少し遊んでいた。

 しばらくして誰かが村上の部屋をノックした。


 村上はそっとドアをあけると、目の前に高木さんがいたので、少しだけ怯えた。


「村上くん。三上くんが疲れて寝てるみたいだから、夕食は7時30分と伝えておいてね。あと君たちのぶんも頑張って夕飯を作るから、三上くんが起きたら頑張って課題を教えるのよ。」


 村上は少しだけ怯えながら、うなずくと高木はニコッと笑って言葉を続けた。


「そうそう、また、棚倉くんが邪魔しに来るようだったら夜の9時までは受付室にいるから私を呼んで…。ふふっ☆」


「はっ…はい…」

 その不気味な高木の笑いに、村上はしばらく震えが止まらなかった…。 


 俺は1時間後に目を覚ますと、ちょうど3人が俺の部屋に入ってきた。

 村上の顔が少しだけ青いのが気になった。


「村上、どうした、顔が青いぞ?」


「お前が寝ているときに、高木さんが俺の部屋に来て、夕食は7時半だからよろしく…と。それで、棚倉さんが邪魔をするようなら9時までなら受付室に高木さんがいるから呼べと言われたんだ。でもさぁ、あの不気味な笑い声が怖くて…。」


 村上はそれを思い出して少しだけ怯えている。


「ああ、了解。村上、お前が怒られる訳じゃないから気にするな。それを気にしていたら精神が持たねぇぞ。」


 俺はそうすると、4つめの課題を夕飯まで必死にやり始めた。

 村上は俺の課題をじっくりと教えているが、情けない顔をしている。


「三上さぁ、お前はマジに肝が据わりすぎているよ。高木さんに話しかけられても堂々としてるしさ、あのバチクソに怒ってる姿を見たら、棚倉さんであろうが怯えて逃げてしまうのが分かるぞ。」 


 村上は自分のノートに課題の解き方などのメモを見せながら俺に教えているが、まだ少し高木さんに対して動揺していた。


「村上。ありがとう。マジに俺がいない間に講義を真面目に聞いて頑張ったのが目に見えるよ。それと、高木さんはね、弱い人に対して何もしないさ。棚倉先輩とか新島先輩もそうだけどさ、あの人は強い人に怒るから、普通の人に怒りを向けることはない。高木さんは弱い人に対しては優しいよ。だから怯える必要はない。」


 それを聞いて村上は少しホッとした。

「三上、何故それが言い切れる?。お前は人を見る目が確かだから、安心するけどさ。」


「高木さんは、元々不良だけど、硬派なんだ。弱い奴には手を出さないよ。俺みたいに寮で権力を持ってるような力を持った奴にだけ厳しいんだよ。ある意味じゃそれは正当な報いなんだ。」


 そんなことを村上と話していると、4つ目の課題が終わって夕飯の時間になった。

 高木さんはオムライスにロールキャベツを作ってくれた。

 昼飯を共にした面々が再び食堂に集まって食事を始めた。


 俺はあえて新島先輩に聞いた。

「あれ?棚倉先輩は?」


 新島先輩が苦笑いしながらオムライスを一口、食べて俺のストレートな質問に答えた。


「先輩は、実行委員のメンバーとお詫びを兼ねながら飲みなおすらしい。三上の話を封印しながら上手くやると言っていたけど、少しはお前の話が出るだろうな…。それと泰田や牧埜たちは行かないと俺の携帯に連絡があったぞ。」


 それを聞いてきた高木さんが首をかしげながら新島先輩に疑問をぶつけた。

「新島くん、棚倉くんは何をやらかしたの?」


 新島先輩は高木さんに洗いざらい話した。


 棚倉先輩がコンパになると三上のことしか話さず、俺が嫌になっていること、そして昔と相変わらず、自分の指示にそぐわないと人の意見や気持ちを聞かずに強引に引っぱってしまうこと…。


 そして、今回、俺が外部委員になった経緯を知った実行委員の幹部達が、三上の心情を考えると来年は役員をやらない可能性を感じて危機感を持っていることを時間をかけて話した。


 高木さんが新島先輩の話を聞き終わると高木さんは長い溜息をついた。


「三上くんを実行委員にするときにね、棚倉くんが強引にやることが分かったので、荒巻さんと私が三上くんの憎まれ役になろうと思ったのよ。そうしないと棚倉くんの暴走が止まらずに、彼は有坂教授に直談判しようとまで考えていたのだから…。」


 俺はそれを聞いて頭がクラッとした。

「高木さん、申し訳ないけど、高木さんや荒巻さんから説得されたので、私も受けやすかったのです。高木さんや荒巻さんの助け船がなくて、棚倉先輩が私を環境的に追い込んでいたら死ぬほど嫌でした。」


 高木さんは俺の言葉を聞いて本当に嬉しそうに笑った。


「三上くんはね、キチンと筋を通せば分かる子なのよ。それをぜずに、周りから外堀を埋めるようなことを強引にやれば三上くんは怒るわよね。明日のコンパもそうよ。今から徹夜だろうけど、何も知らされずに疲れて寝ているところを叩き起こして強引に引きずり込めば誰だって怒るわ…」


「高木さん、だから私は棚倉先輩を分からせようとしています。これは先輩として、いや1人の友人として、分からせようとしてるのです。それに、次の寮幹部の後継者に棚倉先輩の被害者になって欲しくないのです。」


 俺は今の気持ちを懇々と高木さんに語ると、彼女は笑みをこぼした。


「ふふっ、そこが三上くんらしいのよ。多くの人から信頼を得て1人の友人の間違いを正そうなんてできないわ。それに三上くんも棚倉くんと同じで別の意味で切れ者よ。あなたは棚倉くんのような凄い頭のキレはないけど、あなたの努力や魅力、それと突拍子もないアイディアで、それを補っているわ…」


 今日の夕食がそんな会話で終わると、俺たちはすぐに風呂に入った。


 良二と宗崎はもちろん、ウチの寮の風呂に入るのは初めてだ。

 今回は松尾さんや高木さんの配慮で寮の宿泊許可と同時に入浴も許可されていたのだ。


 風呂から出ると、食堂の目の前で高木さんとバッタリ会った。


「私はこれで帰るけど、棚倉くんには三上くんの課題の邪魔をしないように電話をかけておいたわ。だから安心してね。明日のコンパは私と荒巻さんも行くわよ。棚倉くんが暴走した場合に私達が説得にあたるわ。ふふっ、でも、名目上は寮のコンパと同じ場所だから視察なのよね…。」


「高木さん、ありがとうございます。今からなんとか徹夜して頑張って終わらせますので…」


 ◇


 残り3つの課題を激しい眠気をこらえながら必死にこなした。

 1つの課題に対して1人が俺を教える体勢で、残りの2人は村上と俺のベッドで仮眠をする形になった。


 俺と村上は寮監室の休憩所からマットレスと薄いタオルケットを2つ借りて、床に敷いて俺が課題が終わった後の睡眠に備えた。


 そうして、全ての課題が終わったのは未明の3時であった。

 3人は全ての課題とレポートが終わると、控えめな拍手をした。


「みんな…マジにありがとう…。これで明日は9時に起きて作戦を開始だね。」

 俺の部屋に良二が泊まって、村上の部屋に宗崎が泊まった…。


 良二は寝る前に俺に真剣な顔をして問いかけた。


「恭介は、棚倉さんの無茶ぶりがあっても、マジに激怒しないで立場をわきまえて我慢してるよな?。お前はマジに偉いよ。だから副寮長とか体育祭の実行委員長代理なんて重役もしれっとできるのだろうけど…。」


 俺は良二の頭をポンと叩いて本音を吐いた。


「俺だって棚倉先輩に外堀を埋められたりしたら怒鳴りたいよ。現に体育祭の仕事を受けるときは怒ったけどね。ただ、少し思ったのは高校時代はちょいと地獄だったけど、大学に入ってからは、こうやって仕事すれば、それなりに見返りがくるからね。俺はそれがやり甲斐になりつつある。」


 良二は俺の両肩に手を乗せてニッコリ笑った。


「高校時代のことは、お前の家に行ったときにお袋さんから聞いたけど、お前は不良相手に怖じ気もせずにボコボコにされた後輩を守ったりして、スゲーんだなぁと、思ったわ。あの高木さんを怖がらないは、お前の環境もあるからだよな。」


「良二、その通りさ。俺は高校時代が地獄だったから修羅場を乗り越えている。アレは勘弁だったから必死に勉強して、この大学に入ったけどさ、俺なんか不良高校の中では勉強ができて秀才で浮いてたから、マトモに本音で話せる奴がいなかった。だから、ここは友人が沢山いて天国だよ。」


 俺はそう言うと、ベッドに入って携帯のメールを確認して寝ることにした。

 実行委員会幹部の面々から明日は楽しみにしているとメールが相次いで届いている。


「恭介やぁ、そのメールの数がお前が苦労したぶんの報いだよなぁ。女の子も沢山いるけど、あいにくお前の好みじゃないのは分かるぞ。」


 良二は俺の携帯に届いたメールを遠目から見ると、その数に少し驚いていた。


「俺の本音は、親父の跡継ぎの道は苦難が待ってるからさ、芯の強い子じゃないと、俺の嫁にはなれない。それに、体育祭実行委員みたいな仕事は、そういう意識を持っていると皆を引っ張っていけないんだよ。」


 彼は俺の言葉が自分の予想通りだったらしく、少しだけ笑った。


「ははっ、それだからこそ、三上様だよな。あの女子寮長なんか、お前のお袋に似ていると言って相手にせず、ちょっと可愛い小柄なあの子も普通に接して終わりにするし、バレーボールのチームの女の子も同様だし。お前に嫁ができるのか不安だよ。」


「良二、それでいいんだよ。俺は宗崎や村上にその子たちは譲るんだ。まぁ、あと卒業まで2年半以上あるし、こんな感じで難しい仕事を先輩達が押しつけてくるから、その間に俺の性格にあった子が見つかれば良いさ。俺は容姿や顔は関係ないから。」


「その辺がお前らしいよな。だからこそ、俺も村上も宗崎もお前についていくんだよ。」


「ありがとうな。良二。お前らがいて俺は嬉しいよ…」

 俺はそう言うと、ベッドに入ってすぐに寝てしまった…。


 三上恭介はこの数ヶ月後に、可憐で可愛いくて、芯の強い気立ての良い女の子と生涯を共にするのだが、そんなことは知る由もなかった…。

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