第45話 頑張るか
「……長く話してすまなかったな」クラージュ様は頭を下げて、「今日のところはお開きにしよう。早く戻らないと、お前がアルマに怒られるだろう」
というわけなので、具体的な話し合いは明日以降に行われることになった。
私はクラージュ様の部屋を出て、
「……」小さく、しかし深く息を吐きだした。「……緊張した……」
こんなに長々と話したのは久しぶりだ。しかも、もしかしたら相手が殴ってくるかもしれないという緊張感があった。精神的にも体力的にも消耗した。
「……早く帰ろう……」
そうつぶやいて、歩き始める。早いところ帰らないとアルマ様に叱られてしまう。
あたりはすっかり夜だった。すでにお城の中は静かになっていて、人によっては就寝しているような時間だろう。
「……寒い……」上着でも借りてくればよかった。「今、秋くらいなのかな……」
昼間は寒くないが、夜は肌寒いと感じる。この世界の季節はどうなっているのだろう。日本と同じなのだろうか。それともまったく別の気候なのだろうか。
そんなことを考えながら歩いていると、
「……?」私は立ち止まって、「……書庫の電気、ついてる……」
2階の廊下を歩いていると、書庫が見えた。どうやら誰かが書庫にいるようで、まだ明かりがついていた。それとも消し忘れだろうか。
……
「もしかして……」
そう思って私は階段を降りた。そして書庫の前までたどり着く。
そして窓から書庫の中を覗き込むと、
「あ……」
書庫の中に子供が1人いた。まだまだ小さな子供だった。8歳くらいの……
その子は目尻に涙をためながら、ノートに文字を書き込んでいた。傍らには数冊の書物が積み上げられている。
どうやら勉強中らしい。しかし……あまり進捗はよくないようで、手が止まる場面が多かった。というか、ほとんど手は動いていなかった。
それでも、彼は書物に向かっていた。頻繁に涙を拭って、グスグスと泣きながら勉強を続けていた。
なんとも効率が悪そうだった。おそらく書物を書き写しているだけの、効果の低いであろう勉強だった。
だけれど……だけれど彼は勉強という行為をしていたのだ。きっととても怖くて、面倒くさい事柄のはずなのに。
……
ああ……彼は、ちゃんと努力しているのだ。やらなければならない。そう思って、自分なりに努力していたのだ。逃げてなんかいなかったのだ。
……しかし泣いている姿も絵になるなぁ……美少年というものは、なにをやっても絵になる。
エルンスト・ティミッド。次期国王クラージュ様の息子。話によると根性なしらしいが、どうやら誤った情報であるらしい。
……
だけれど……
「……とめるべきかな……」
夜更かししての勉強は効率が悪い。体にも精神的にも悪影響だろう。
とはいえ、その心意気も買いたい。なにより今の私が出て言っても萎縮させるだけかもしれない。
……
今日のところは見なかったことにしよう。まだ我々の間に信頼というものがないのだから、出ていったところで無意味だ。
エルンスト様がこうやって努力している……それが知れただけでも大収穫だ。
さて……
「……私も、頑張るか……」
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