第42話 オペラント条件づけ
「勉強に対する、恐怖か……」クラージュさんは小さな声で言ってから、「その恐怖を取り除いてやるには、どうしたら良いんだ?」
「消去、と呼ばれるものを行います」
クラージュ様は下を向いたまま、
「消去……?」
「はい。勉強をしても怖くないということを繰り返し学習してもらうのです。それには長い時間がかかりますが……必要な時間です」
「……勉強をしても怖くない……」
「そうです。勉強をしても叩かれない、怒られない。そう思うことが第一目標です。遠回りに聞こえるかもしれませんが……それが近道になります」
たしかに明日の勉強効率は落ちるかもしれない。だけれど……1年後の効率は変わっている。何より、勉強に対する恐怖がなくなるのだ。
「……その後はどうするんだ? 勉強に対する恐怖心が消えても、自発的に勉強をしてくれるとは限らないだろう?」
「オペラント条件づけを行います」
「……また呪文みたいだな……」
本当に
「オペラント条件づけは自発行動に対する条件づけです」道具的条件づけとも呼ばれる。「レスポンデント条件づけとオペラント条件づけの違いは……随意反応か不随意反応かということです」
「なにを言っているのかサッパリわからん」
「……申し訳ありません……」
ちょっと急ぎ足で解説してしまった。これは反省しなければ。
私は紅茶を一口飲もうとして、もう飲み終わっていることを思い出した。仕方がなく、そのまま続ける。できる限りゆっくりとした口調を心がけて、
「要約しますと……レスポンデント条件づけは無意識的な行動、オペラント条件づけは意識的な行動……ということです」さらに私は付け加える。「例えば唾液を分泌する、心臓の鼓動が早くなる。恐怖を感じる。これらの事柄は意識的に引き起こすことはできません。無意識的な反応です。それの反応に条件づけを行うのがレスポンデント条件づけです」
他にも尿意とか体温調節とか、人間の意識ではどうにもコントロールできないもの。これが不随意反応でありレスポンデント条件づけで扱うもの。
「逆にオペラント条件づけは意識的な行動に対して条件づけを行います」
「意識的な行動……?」
「はい。勉強をする、運動をする、トレーニングをする……目の前の相手と話す、走る、歩く……自発的に意識的にコントロールできる行動に対して条件づけをします。条件づけを行うことにより、それらの行動の頻度が上がるのです」
「……条件づけによって、毎日勉強をするようにもなる……?」
「はい」それが心理学の真骨頂。「行動の変容……それを学習と呼びます」
知識を身につけることだけが学習ではないのだ。机に向かって勉強することだけが学習じゃない。人間はいろいろことを学習するのだから。
……それにしても……なんだかクラージュ様が大人しくなったな。やっぱりショックが大きかったのだろうか……?
「その条件づけを行うには、どうしたら良いんだ? またベルでも鳴らすのか?」
「いえ……レスポンデント条件づけとは異なります」これがまたややこしいのだ。完璧に理解することは難しい。私も怪しい。「オペラント条件づけでは強化と弱化呼ばれるものを行います」
弱化のほうは罰と呼んだりもするし、なんなら弱化も強化と考えることもある。だけれど、今回はわかりやすく弱化と説明する。
「オペラント条件づけの有名な実験として、スキナーボックスというものがあります」スキナー箱とも呼ぶ。「その小さな箱の中には、レバーとエサが出てくる場所がありました。そして……中にはネズミが一匹」
「……」
「ネズミがレバーを押すと、エサが出ます。ですがもちろんネズミはそのことを知りません」説明したところで理解はされないだろう。「最初はネズミがレバーに近づいた時点でエサを与えます。それを繰り返すと、ネズミは『このあたりにいるとエサが出てくる』ということを学習します」
それも結構な時間がかかるのだけれど、今は割愛。
「次に、ネズミが偶然レバーを押したときにエサを出すようにします。それを何度も繰り返すとネズミは『レバーを押すとエサが出てくる』ということを学習するのです。結果としてネズミは……何度も何度もレバーを押すようになった」さらに補足していく。「犬のしつけや、ペットに芸を覚えさせるのにもオペラント条件づけが役に立ちます。『待て』という声が聞こえたら座る。そして座れば嬉しいことが起こる。それらを学習させることをしつけと呼びます」
非常に科学的なことなのだ。犬の頭の良さとかはあまり関係がない。
……
しかし説明するとなると、長くなってしまうな。
そろそろまとめに入ろうか。
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