第37話 怪しい女

 私とアルマ様は……まだ出会って数日だ。私が眠っていた期間を考えると、本当に短い時間しか接していない。


 そりゃその短い期間にいろいろあった。ある程度は気に入られる行動もしたとは思う。


 けれど……


「どうして……どうしてですか? レギスリーさんと対決させるところまではわかります。ですが……なぜ私に、大切な家族を任せようと……」


 クラージュ様とエルンスト様はアルマ様の家族だ。おそらくアルマ様は……かなり彼らのことを大切に思っている。


 そんな2人のことを、出会って数日の怪しい女に任せる? なぜそんなことをするのだろう。


「極端な話……私が詐欺師という可能性もあります。もしかしたら信頼を勝ち取って見せて、それから騙し討ちをするという可能性もあります。次期国王候補を暗殺しようとしている可能性だって、捨てきれないでしょう?」


 最初に暗殺者って勘違いされたのだから、そのイメージが残っていても不思議ではない。そして私が暗殺者じゃないという確証もない。


 そんな怪しい人物……私なら追放する。しかもこの世界にはないであろう怪しげな学問を提唱しているのだ。


 信頼される理由がわからない。見世物にするのならわかるのだけれど……大切な家族を預ける理由がわからない。


 その答えが欲しかったのだが……


「……なんでかしらね……」アルマ様にもわかっていないらしい。「……言われてみれば……そうね。あなた、怪しい女だものね」

「そう、ですね……」


 プンプン怪しい匂いがする女だ。


「……なのに私は、あなたのことをある程度信用していた」完璧に信用したわけじゃない。「……なんでかしら……」


 アルマ様はしばらく考え込んでから、言った。


「そうね。あなたを信用した最大の理由は……」なんだろう。レギスリーさんとの対決だろうか。「私の料理を、美味しいって言ってくれたから……かしらね」

「……ですが、それは……」

「ウソの可能性もあるわよね」そうだ。私の場合は本心だが……演技することも可能。「立場上ね……いろいろなウソを見てきたわ。苦手な料理を食べて『こんな美味しい料理は初めて』と言ったり、逆のことを言ってみたり……いろいろなウソを見てきた」


 国王の娘という立場上、ウソが飛び交う社交場にいたのだろう。


「あなたの涙は本物に見えた。ただ……それだけよ。根拠のない直感。理由がないといえば、ないわ」アルマさんは私に微笑みかけて、「そんな返答じゃあ不満?」

「……いえ……」


 人をを信じる、好きになる理由なんて大抵は直感だ。その後にいろいろと理由をつけていくだけ。自分の心を納得させるように考えるだけの話。


「まぁ安心してちょうだい。あなたが信頼できない人物だと思えば、すぐに切り捨てるから」そっちのほうが気が楽だ。「あなたもね。私のことが信用できないなら、さっさと逃げなさい。信頼できない相手と付き合うのは、お互いに苦痛でしょう?」

「……今のところ……私は苦痛を感じていませんよ」

「私もよ。これからも……そうありたいものね」私もそう思う。「じゃあ……私のかわいい弟を任せたわよ」

「……承知しました……」


 任されてしまった。しかもなんかアルマ様に信用されてしまっている様子。


 わかっている。まだこの信用は完璧なものじゃない。これから長い時間をかけて本物の信用を勝ち取らないといけない。あるいは……早いところ離れないといけない。


 ……どちらに転ぶにしても……


 とりあえずは目の前の問題を解決しよう。

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