第36話 達成目標を設定

 黒猫の師匠が「にゃー」と鳴いた。それだけで少し場の空気が明るくなるので、黒猫師匠がいてくれて助かった。


 ともあれ、私は説明を続ける。

 

「エルンスト様は現在、勉強という行為そのものに怯えていると思います。まずはその恐怖を取り除かないと、事態は解決しないかと」


 一時的なら解決できるかもしれない。たとえば監禁とかしたりしたら、一時的には勉強をするかもしれない。

 けどそれは無意味だ。さらに勉強への恐怖を増幅させる結果になるだろう。


 私は続ける。


「そして……一度学習したものは、そう簡単には払拭されません。程度と個人差が大きいですが……場合によっては長い年月をかけて解決していく事柄なのです」


 魔法のように急激に勉強が好きになる方法など存在しない。そんなものはまやかしだ。


 さらに私は言う。


「仮に勉強に対して恐怖を抱かなくなっても……それから習慣化し内容を理解するまでに長い時間がかかります。効果が実感できるようになるまでは……半年は見ていてください」


 それでも早いほうだろう。何年もやって効果が出ないなんてこともある。


 すぐに効果なんて出ない。そんな勉強法は存在しない。


「……半年……長いわねぇ。子供にとっては、とても長い」そうだ。だからこそ勉強が嫌いになる人が多い。「次の次の試験なら、ある程度効果は出るかもしれないってことね」

「可能性はありますが……」それはエルンスト様次第だ。「他にも問題は山積みですので……」

「なるほど。じゃあ――」


 アルマさんの言葉の途中で、部屋がノックされた。どうにも話の大切な部分で邪魔をされることが多い人だ。


「どうぞ。開いてるわ」


 鍵くらいかけたほうが良いと思うけれど。


「失礼いたします」扉を開けたのは兵士さんだった。「レギスリー様御一行の探索についてご相談が……」


 まだ探してたのか。まぁ……急に失踪したんだもんな。その原因は私にあるので、ちょっと申し訳ない。


「まだ探してたのね……お父様も諦めたら良いのに……」国王様の命令だったらしい。「お父様はなんて言ってるの?」

「見つかるまで帰ってくるな、と……」

「……親子共々、迷惑かけるわね……」ほんとそれな。「つまり……私にお父様を説得してほしいと」

「……申し訳ありません……そういうことになります」

「……クラージュは忙しそうだから、ヒマそうな私のところに来たってわけね」

「そういうことになります」


 そのストレートな言葉を聞いて、アルマさんが笑う。おそらく好みの返答だったのだろう。下手に恐れられるより、ちょっと失礼なくらいのほうがアルマさんの好みだ。


「わかったわ。すぐに行くから……ちょっと待ってて」

「承知しました。感謝いたします」


 一礼をして兵士は扉を締めた。なんだか……アルマさんと話し慣れている兵士さんのようだった。かなり仲が良さそうだ。


「じゃあ私、ちょっと行ってくるわね」アルマさんは立ち上がって、「エルくんとクラージュのことは……あなたに任せるわ。そうね……とりあえず半年はあなたに任せる」

「達成目標を設定していただけるとありがたいです」

「……そうね。じゃあ、かしら。さらに成績が上がって、親子の関係が良くなれば最高だわ」


 半年にしてはやることが多いな……


 しかし拒否権なんてないのだろう。やらないといけない。


「わかりました」

「毎日一度は経過を報告すること」なかなか慎重派だな。「クラージュには私の名前を出しなさい。そうすれば多少は大人しくなるわ」

「……承知しました……」


 クラージュ様か……何回か殴られるかもしれないな。


 そんな想いが表情に出ていたのか、アルマさんが言う。


「あなた自身が怖いと感じ始めたら、すぐに逃げていいわよ」

「……」そう言っていただけるのはありがたいけれど……「あの……1つ、質問をしても良いですか?」

「いいわよ。なに?」

「……どうしてアルマ様は……そこまで私のことを信用してくれるんですか……?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る