第31話 泥棒猫
アルマさんがテーブルクロス引きを披露する直前だった。ちょっと振りかぶって、あと1秒もしないうちに成否が確定する瞬間だった。
その刹那に扉が開かれた。ノックもなく無造作に扉が開け放たれた。
「おいアルマ」現れたのは……アルマさんの弟さんだ。こないだ私を殴った人だ。「話がある」
「……なにかしら……」
「……? どうした? なにか落ち込んでいるようだが……」
「……なんでもないわ……」
テーブルクロス引きの披露を邪魔されて落ち込んでいるようだった。そりゃあのタイミングで邪魔が入れば落ち込むだろう。マジで奇跡的なタイミングだったもんな。
「……コホン……」アルマさんはわざとらしく咳払いをして、「……なにか、用?」
かなりテンションの低いアルマさんだった。見てるだけで悲しい。今度機会があればテーブルクロス引きが見たいと言ってみよう。きっと喜んでくれる。
「ふん……」弟さんはズカズカと室内に入ってきて、「テーブルクロスか……お前もようやく女らしくなってきたな。部屋の内装に気を使うとは」
「……ちょっと違うのだけれど……」だいぶ違うのだけれど。そもそも女らしいってなんだろう……「まぁ、いいわ……紅茶でも用意するわね……」
「いらん。お前の用意したものなど口にしたくない」
「毒なんて入れないのに……」
私は何度もアルマさんの紅茶や料理を頂いているが、毒が入っていたことはない。
アルマさんは私を見て、
「あなたは?」
「あ……では、いただきます……ありがとうございます」
……本来なら私が用意すべきなのだろうけど……手伝おうとすると怒られるのだ。ならば大人しくいただいておこう。
料理はともかく、紅茶なら室内で用意できるように準備されている。というわけでアルマさんが紅茶を入れ終わるのを待っていたのだが……
「お前が噂の女か……」いきなり話しかけられてドキッとしてしまう。まだ男性は苦手だ。「アルマなんかに気に入られて災難だったな」
……この感じ……向こうからすると初対面って感じだ。書庫の前で殴った女と私が同一人物だと思っていないのだろう。
「……災難だとは思っていません。むしろ幸運だったかと」
「ウソをつけ」ウソじゃないけれど。「あんな泥棒猫の子供だぞ? アルマがまともな人間なわけがあるまい」
泥棒猫の子供……?
……なるほど……
そもそも……まともな人間ってなんだろう。子供に対して暴力を振るうのがまともな人間なのだろうか。
「あなた……なにしに来たのよ」紅茶を持ってアルマさんが戻ってきて、「私のペットを口説きに来たの?」
「誰がこんな貧相なやつを相手にするか」
私がペットという共通認識はあるらしい。悲しいが、しょうがない。
そして弟さんはムチムチがお好みですか。そうですか。どうでもいい。
「久しぶりだっていうのにご挨拶ねぇ……」そういえば……最近会話をしていないと言っていたな。「そんな余裕のない男はモテないわよ?」
「お前みたいな薄気味悪い女よりはマシだ」……仲悪いのかなぁ……「まったくお前はいつもそうだな……今も黒猫なんか連れ込んで……」
「なかなか可愛いわよ?」
「その黒猫が不幸を呼び込んで、国が崩壊したらどうする?」
「それは面白そうね」
全然おもしろくない。けどアルマさんにとっては退屈が紛れる事柄でしかないのだろう。
「それで……要件は?」アルマさんは言う。「くだらない挑発をしに来ただけ? だったら帰ってちょうだい」
「そんなわけがないだろう」可能性はあったけれど。「……話というのはほかでもない。俺の息子のことだ」
息子さん……書庫から出てきた少年か。泣いている顔が印象に残っている。
その少年がどうしたのだろう?
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