条件づけと学習
第29話 プリンセス
衣食住を確保するというのは、結構難しいことだ。わかっていたつもりだけれど、異世界に来てようやく本当の意味がわかった。
現代日本では、多くの人に安定した衣食住が保証されている。蛇口をひねれば水が飲めるし、いろいろな保証や保険も存在している。もちろん生活が苦しい人が多いのも事実だが、世界的に見ればかなり恵まれているほうだろう。
かくいう私も……特に苦労もなく生活していた。そりゃお金はなかったし学費も稼がないといけなかったし、友達もいないしバイト先の店長はセクハラ野郎だったが、私は順風満帆に暮らしてきたほうだろう。
「でも……私には家もありました。食事もありましたし……学校も通えています。余裕はないですけど……とても恵まれていたと思います」
「ふぅん……」目の前の女性……アルマさんは頬杖をついて、「あなたの世界は……なかなか平和な世界なのね。この世界もかなり平和だと思うけれど、あなたの世界のほうが平和に聞こえるわ」
「そうですね。とくに日本は平和だったと思います」そこまで言って、私は少し首を傾げて見せる。「……この話、まだ続けますか? 私の身の上話が、なにかに必要なんですか?」
なぜかアルマさんが『あなたのことを聞かせてちょうだい』と言ってきたのだ。ペットである私に拒否権はないので、なんとなく話していたのだが……ちょっと恥ずかしくなってきた。
「必要よ」アルマさんは紅茶を一口飲んで、「あなたは元いた世界に戻りたいのでしょう? だったら、その世界の事を詳しく知らないと」
あなたが聞きたいだけなような……という言葉を飲み込んで、
「……わかりました……」そもそも拒否権がない。「とにかく……私は平凡な学生でした。かなり恵まれて育った人間です」
「恵まれてるっていうのは私みたいな人間のことを言うのよ」それはそうかもしれない。「でも……そうねぇ……多くの人間が学問を学ぶ機会があって、世界中の人とも繋がれて、情報もすぐに手に入れられる……そんな世界が存在するのね……」
勢い余ってスマホの話とかインターネットの話とか学校の話とか、そんなものもしてしまったのだ。アルマさんが聞き上手だったので、つい調子に乗ってしまった。
「とくに……なんだったかしら。テレビゲーム? それが面白そう。私もやってみたいわ。あなたの世界に行けたら教えてね」
「……私もあまり得意なわけじゃないんですが……」あまりゲームは触ってこなかった。「わかりました。師匠はゲームが好きなので……いろいろと聞いてみます」
私の心理学の師匠。あんな人でもしばらく会っていないと恋しくなってくる。毎日会うと会いたくない人だが、疎遠になるにはもったいない人だ。
会話が一段落して、私も紅茶を一口飲んでみる。アルマさんが用意してくれた紅茶だ。相変わらずこの人は自分で飲み物や食べ物を用意してくれる。
手伝うと言っても聞き入れてもらえないのだ。料理が趣味なようで、自分なりのやり方があるらしい。
さてお互いに紅茶を飲み終わって一息ついて、
「前々から気になっていたのですが……」
「なに?」
「アルマさんは……何者なんですか?」
私ばっかり情報を開示するのは嫌だ。せっかくだから相手の情報も引き出したい。そう思っての発言だった。
「私? 私はアルマ・ティミッド。ガイツハルスという国の王女よ。一応ね」
「王女様……」
なんとなくそんな気はしていた。けど実際に言われると緊張する……
やはり私は王女やお姫様、プリンセスというものに憧れているのだ。
絵本の中の王女様。豪華なドレスと白馬の王子。そんな世界に憧れがないと言えばウソになる。
「そんな緊張しなくて良いわよ。王女なんて名ばかりだもの」かなりの権力者に見えるけれど。「女の私に王位継承権はないのよ。なのに王族ということで気を使わないといけない……そんな厄介者なの」
……だから嫌われてるのか……兵士からやたらと評判が悪いと思ったが、そんな背景があるようだ。
しかし王位継承権ね……やっぱり王様というのは男じゃないといけないのだろうか。男女差別とか言うつもりはないが、アルマさんは十分に王の資質を持っている気がする。
というか男に王位継承権があるのなら、アルマさんの弟さんが次期国王なのか? あんなのが国王で大丈夫だろうか……?
「しかも……」アルマさんはなにか言いかけて、「……いえ、なんでもないわ。ごめんなさい」
なぜか謝られた。謝罪されるようなことはされていないのだけれど。
……ともあれ……アルマさんも苦労してるんだな。王女という立場にいて権力を持ちながら、それゆえに疎まれた。
権力者には権力者の悲哀があるんだな……私みたいに平凡に生きてきた人間には想像もできなかった。
……
……
しかしアルマさんが王女様か……
もしかして私……とんでもない人のペットになった?
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