第27話 習慣は才能にも努力にも勝る

 それはきっと逃げることと同義なのだろう。戦いの場をぶっ壊すというはた迷惑な行為は、逃走と何ら変わりはない。


 相手を逃げさせること。勝負の場を破壊すること。それが師匠のやり方。今回はそれを真似させてもらった。


 ついでに補足しておく。


「ここまで成功したのは偶然ですよ。本当に運が良かったんです」

「……もしも……もしも作戦が成功しなかったら?」

「逃げてましたよ。勝負に勝てる可能性は限りなく低かったので」0に近かっただろう。「レギスリーさんの荷物に紛れて連れて行ってもらう……それくらいしか選択肢はありませんでした」

「……だから、こんなに毎日勉強していたのね」

「そうですね。逃げ出したあとに役に立つので」


 文字がある程度読める状況で逃げ出すのと、読めない状況で逃げ出すのと……かなり大きな差になるだろう。スタート地点が違えば戦略も異なるのだ。


 ここまで大きな書庫がある国が他にあるとは限らない。アルマさんみたいに教えてくれる人がいないかもしれない。そう考えると、とにかく文字の勉強はしたかったのだ。


 でも……


「勉強をした理由はそれだけではありませんよ」

「……なに?」

「読書が好きだからです」本心からの言葉だ。「学ぶことも好きです。学んだ知識でなにかを成し遂げることも好きです。それにもう習慣になってますから……やめるほうが難しいんです」

「……習慣……」

「はい。これも師匠の言葉ですが……『習慣は才能にも努力にも勝る』ということです」


 凡人が天才に勝とうとしたら、才能でも努力でも足りない。追いすがることができるとしたら、それは習慣だ。今は私もそう思っている。


 ……こうして思い返すと、私の思考ってのはかなり師匠に影響を受けている。だからこそ師匠って呼びたいのだけれど。


 ……早く元の世界に帰らないとな……そのためにはアルマさんを完全に味方にしないといけない。


「どうでしょう。これが私の戦い方です。お気に召してもらえましたか?」アルマさんの返答より先に、「アルマさんの最初の言葉は『つまらない勝負をしたら殺す』というものでした。もしも今回の勝負が面白かったならば……命は助けてもらえるとありがたいです」

「……そうね……とても、楽しませてもらったわ」心のなかでガッツポーズをしておく。「……なるほど。勝負の前に決着をつけてしまう……そんな方法があるのね」

「師匠から教わっただけですけど……」

「その師匠とやらにも会ってみたいわね」私も久しぶりに会ってみたい。「わかったわ」


 アルマさんは手を叩いて続ける。


「あなたの安全は私が保証しましょう。衣食住は私が提供する」その言葉を引き出せただけで今回の勝負は勝利だ。「それから……別の世界に行く方法も本気で探すわ」

「……それは……」ちょっと問題がある。「私の出した条件は『私が勝てば元の世界に戻る方法を本気で探してもらう』というものでした。私は勝ったわけではないので……」


 負けてもいないけれど勝ってもいない。とても面倒くさい状況だ。


「勝ったも同然でしょう?」考えようによっては負けたも同然だけれど。「それに……私が言ったのはということだけよ」

「……つまり?」

「私が師匠とやらに会ってみたいの。だから方法を探すわ」なるほど……そういう詭弁か。「あくまでも私のために探すのよ。その過程で……偶然あなたは元の世界に戻れるかもしれない。ただそれだけよ」

「……ありがとうございます」


 勝利の条件は満たしていないのに、私の要求を事実上受け入れてくれたのだ。ありがたいとしか言えないだろう。


「……」


 なんだかアルマさんが無言で考え込み始めてしまった。


 ……なにか気に触ることをしてしまっただろうか。心当たりが多いので不安だ。やっぱり勝負が見たかったのだろうか。そりゃ見たかっただろうな。勝負を一番楽しみにしていたのはアルマさんなんだから。


 ……どうしよう……理由をつけて逃げようか。トイレでも行こうか。いや、逃してくれるわけもない。それがアルマさんという人間だ。


 ちょっと気まずい沈黙だった。アルマさんが真剣に悩んでいるようで、なんだか私も黙り込んでしまった。


「ねぇ……」やがてゆっくりとアルマさんが言う。「これはあなたにとって専門外の質問かもしれないけれど……」

「質問は問題ありませんが……専門外なら、正解を導き出すのは難しいかと……」

「じゃあ、専門外だったら友人としてのあなたに答えてもらうわ」


 ……友人だと思われてるのか……


「なんでしょうか」

「私って、生きてると思う?」

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