第26話 もちろん詭弁ですが
2日後の勝負からレギスリーさんが逃走した。それも彼にとって圧倒的に有利な戦い。
その戦いから逃げた理由はなにか……
「簡単ですよ。噂を流しました」
「……噂……?」
「はい。レギスリーさんの対戦相手は、レギスリーさんの秘密を知っている。だから勝負の舞台に上がるのだ……そういう噂です」
私がやったのはそれだけだ。
「……その、秘密っていうのは?」
「わかりません。そもそも私はレギスリーさんに会ったこともないですし、彼の能力を見たわけでもありません。調べるつもりもありませんでした」
「……またお得意のハッタリってわけね……」
お得意というわけじゃないけれど……まぁハッタリだ。というかハッタリでしかない。私はレギスリーさんの秘密なんて知らない。
アルマさんが言う。
「あなたは……その噂を流すように言いふらしてたのね」
「いいえ。逆ですよ」
「……?」
「その噂は他言無用だと言いました。絶対に秘密を漏らしてはならないと……そう言いました」
「……あなた……なにを言っているの? 言ってることがメチャクチャよ?」
それがそうでもない。たしかに広めたい噂を他言無用にするなんておかしい……そう思う人は多いだろう。
「今回私が利用したのは……カリギュラ効果、と言われるものです」
「カリギュラ効果……?」
「はい。絶対にやってはいけない、必ず他者に伝えてはならない……そう強く禁止されると、逆に行動したくなる。秘密を隠せと強要されると秘密をバラしたくなり、絶対にやってはいけないと言われるとやりたくなる。そういった心理現象のことです」
立入禁止の場所には入りたくなるし、校則は違反したくなる。強く禁止すれば逆効果になることがあるのだ。
私は言う。
「秘密を守ってください……そうお願いして秘密が守られるのなら、誰も苦労しません」
「……そうね……秘密は、どこかから漏れるものよね」
絶対にどこかから漏れる。気がつけば噂なんてものは蔓延している。
つまり、
「ですから私は、噂を流してはいけないと言って回りました。数人に伝えただけなんですが……その噂は巡り巡ってレギスリーさんの場所に行き着いた」
「……レギスリーさんはこう思ったわけね? このまま勝負したら秘密が暴かれる……そう思った」
「はい。どんな秘密なのかは不明ですが……逃げたということは、バレたくない秘密があったのでしょうね」心を読むというのはウソだったわけだ。「レギスリーさんとしては……別の国でショーを続ければ良い話なんです。わざわざ危険な橋を渡ってまで、ここで勝負をする必要はない」
秘密が暴かれるよりは圧倒的にマシだ。場合によっては罰される可能性もある。それくらいならバレる前に逃げれば良い。
しかし……一応フォローしておく。
「レギスリーさんのやり方がインチキだったかどうか……それは不明です。もしかしたら本当に心が読めたのかもしれないし、他の技能を使っていたのかもしれません。ですが少なくとも……」
「心は読めていなかった」そういうことだ。「だから逃げたんでしょうね。本当に心が読めるなら逃げる必要なんてないものね」
そのまま勝負して対戦相手を叩き潰せば良い話。しかし彼はそれをしなかった。
「でも、まだ疑問があるわ」
「なんでしょうか」
「どうしてあなたは……噂を流すなんて回りくどいことをしたの? 直接レギスリーさんに伝えればよかったんじゃないかしら」
アルマさんからすれば当然の疑問だ。
「それには2つ理由があります。1つは安全上の問題です」
「……安全?」
「はい。レギスリーさんの秘密を知っている……そう本人に宣言したら、口封じをされる可能性があります。そうなれば……なんの武力も持たない私は、あっさりと消されるでしょう」
アルマさんに頼んで警護をつけてもらうという案もあったけれど、そこまで頼りたくはなかった。
「もう1つの理由は?」
「ウィンザー効果、と言われるものを利用したかったからです」
「……相変わらず呪文みたいね……今度は何?」
知らない人からしたら呪文に聞こえるだろうな。私も最初はそうだった。
「本人からの情報よりも、第三者からの情報のほうが信用されやすい。そういった心理現象のことです」
「……第三者……」
「はい。『私はあなたの秘密を知っている』と伝えるよりも『あいつはあなたの秘密を知っているらしい』と伝えるほうが信憑性が増すのです。見ず知らずの第三者がウソを伝えるメリットは薄いですから」
そんなことをする理由がないのだ。口コミとかが信用されて伝わっていくのも、似たような現象が作用しているのだろう。
「ですので……レギスリーさんは噂を信じた。いえ……もしかしたら信じてはいなかったのかもしれません。ですが……この国で危険を冒す必要はありません」
だから別の場所に行った。それだけで危険が回避できるのなら安いものだろう。
最後に私は締めの言葉を発する。
「これが私の戦い方です。絶対に負けられない戦いは……戦いの場をぶっ壊す。勝負の前に、勝敗をつけられない状態にします。もちろん詭弁ですが……そこそこ役に立ちます」
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