第25話 そんなことはできません

「……行方不明……? レギスリーさんが?」

「はい……」兵士さんが汗をかいているところを見ると、さっきまで探し回っていたんだろうな。「探し回りましたが……レギスリー様とその御一行の姿が見えません……!」


 御一行……どれくらいの人数だったのだろう。


「目撃証言は?」

「それは……昨日の夜、レギスリー様とその御一行が荷物を持って町を出た……という証言があり……」

「……」アルマさんは一瞬だけ思考する様子を見せ、それからため息とともに、「逃げられた、ということかしら」

「も、申し訳ございません……!」

「あなたが謝ることじゃないわ。別に監視をしていたわけでもないし、拘束していたわけでもない。レギスリーさんはあくまで一般人だし、この国を去る権利は彼らにある」


 そのとおりだ。別にアルマさんたちが無理やり国に縛り付けていたわけではない。だからレギスリーさんには逃げる権利があった。


「報告ありがとう」アルマさんは微笑んで、「どうやらレギスリーさんは急用で国を出たみたいね。2日後の勝負は……なかったことになりそう。それらのことを兵士長に伝えてくれるかしら」

「はい……」

「その後のことは兵士長に任せるわ。問題があれば私にも報告してちょうだい」

「承知しました」


 そう言い残して、兵士さんは慌ただしく去っていった。本当にレギスリーさんが逃げたことだけを伝えに来たようだった。


 ともあれ勝負はお流れだ。良かった良かった。


「さて……」そんなんでアルマさんが納得するわけもない。「あなた……なにをしたの?」

「なんのことでしょうか?」

「とぼけないで」とぼけたいです。「勝負の2日前に突然相手が逃げ出す? しかもレギスリーさんからすれば有利な勝負でしょう? 勝てば名声も地位もお金も手に入る……逃げ出す要因がないわ」


 アルマさんは書庫の中を見回して、


「今、この書庫には私たちしかいない。誰かに聞かれる心配はないわ」

「……そうみたいですね……」


 アルマさんが書庫にいると、それを見た人々が逃げていくことが多い。だから人が少ない。集中できてありがたいが、ちょっと悪いことをしてしまった。逃げた人にも、アルマさんにも。


「あなたが……なにか仕掛けをしたのでしょう? レギスリーさんが逃げ出すように……そう誘導したのでしょう?」


 ごまかしたいけれど……アルマさんには説明したほうが良いだろうな。そうじゃないと彼女は納得できないだろう。


「はい」

「どうやって? レギスリーさんとしては……あのまま勝負をしたほうがメリットがあったでしょう? 勝てば多くのものを手に入れられた」


 ちょっとアルマさんは興奮しているようで、いつもより早口だった。


 そのままアルマさんは続ける。


「負けたって……そこまでデメリットはないわ。そりゃ評判は下がるでしょうけど……それは対戦相手が優秀だったってだけ。レギスリーさんにも、対戦相手であるあなたにも私のお墨付きがあるのだから……名声はそこまで落ち込まないでしょう」


 優勝者も準優勝者も、どちらも実力者であることに変わりはない。もちろん優勝者のほうが評価されるだろうが、準優勝者の実力が高いことはたしかだ。


「そのとおりです。レギスリーさんは負けたところで大きな実害は負わない」

「でしょう? だったら……」

「ですが……レギスリーさんにはがあったのですよ」

「……避けなければいけない事柄……?」

「はい……それは……です」


 それだけは絶対に避けないといけなかった。勝負で敗北するよりも避けるべき事柄だった。


「……トリックっていうのは……?」

「それはわかりませんよ。どうやって相手の心を読んでみせたのか……私にはわかりません」なにか言いたげなアルマさんに向かって、「私は探偵ではありません。マジシャンでもありませんし、相手のトリックを見破ったり推理したり……そんなことはできません」


 できるわけがない。私にできることは他の事柄だ。


「ふぅん……じゃあ、詳しく聞かせてもらいましょうか。あなたはどうやって……レギスリーさんを逃走させたの?」

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