第24話 ご要望とあらば
それから3日が経過した。あとちょっとでレギスリーさんとの勝負の日だった。
「これは……スラング的な意味合いなのよ。ことわざというか……ちょっと上級者向けね。なかなか見ない表現だから、覚える必要はないかもしれないわ」
「……なるほど……」
現在地は書庫。隣にはアルマさんが座っている。
「勉強熱心ねぇ……」アルマさんが頬杖をついて、「毎日毎日勉強勉強……成長速度も早いわ。とっても優秀なのね」
「……優秀、ではないですよ。アルマさんの教え方がうまいんです」
「社交辞令も得意みたいね」
社交辞令じゃないのだけれど。
実際にアルマさんの教え方はうまい。穏やかで理性的で、しっかりとゆっくりと教えてくれる。聞けば答えてくれるし、疑問も気づきも与えてくれる。
「もう、ほとんどの本が読めるんじゃない?」
「時間はかかりそうですけど……ある程度は読み解けそうです」簡単な文法と単語は理解した。「ありがとうございます。毎日……こうやって教えてくださって」
3日間の間、アルマさんはずっと私に言葉を教えてくれていた。ヒマなんですか?と聞きかけたが、あまりにも失礼なのでやめておいた。
おかげさまで私の勉強は捗っている。そろそろ1人でも書物を読み進めることができそうだ。まだ苦労はあるだろうけれど、これだけ推理の材料が出揃えば問題ない。
「勉強熱心なのは関心だけれど……」アルマさんは頬杖をついて、「あなた……2日後の勝負はどうしたの? 準備とか、しなくて良いの?」
「していますよ」
「……そう? ずっとこの書庫にいて、本を読んでいる気がするけれど……」
「そうですね……一日の大半は書庫にいます。歴史や地理を学ぶことも重要なので」
「……ふぅん……まぁ、あなたにはあなたのやり方があるのでしょう? 文句は言わないけれど……ちょっと不安ね」
私も不安である。だけれどオタオタしたところで意味がない。ドッシリと構えて知識をつけて、場合によっては逃げる準備を整えるだけである。
あと2日か……間に合えば良いが。まぁ間に合わなかったら逃げるだけだ。黒猫の師匠とアルマさんに対する書き置きを残して逃げよう。そして別の国にでも行こう。レギスリーさんに頼み込んで連れて行ってもらうのも良いかもしれない。
なんてことを考えていると、アルマさんが言う。
「勝負って良い響きよねぇ……」
「……そう、ですか?」
「そうよ。互いのすべてを賭けた真剣勝負……だからこそ人は真剣になるし、面白い勝負が生まれるの。自分でやるのが最高だけれど……最近はケンカを売ってくれる人が少なくなったからね」
敵を叩きのめし続けて、ついに相手すらいなくなったんだろうな。強者ゆえの孤独かもしれない。
アルマさんは私に微笑みかけて、
「あなたは私にケンカを売ってくれる?」
「……ご要望とあらば、噛み付いてみせますが……」
そもそも拒否権はない。私はこの人に逆らえない。
「いつか頼もうかしら」
「……できれば遠慮はしたいですけど……」
明らかにアルマさんは権力者だ。そんな人に噛み付いたら、私の人生が狂いかねない。もう狂っているけれど。
そう……アルマさんは権力者だ。そしてそれは半端な権力じゃない。おそらく……
「アルマさんって――」
私の言葉の途中で、
「アルマ様!」
書庫の扉が勢いよく開かれた。
「なに? 騒がしいわね……」アルマさんは私に軽く手を挙げる。話を遮ってごめんなさい、という意味だろう。「ここは書庫よ。あんまり大声出さないで」
「も、申し訳ありません……!」まだ声がデカい。「しかし緊急事態でして……!」
「……どうしたの?」
兵士さんはツバを飲み込んでから、
「レギスリー様が……! 行方不明とのことです……!」
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