第22話 絶対に負けられない勝負に挑むとしよう

 アルマさんの自室に戻って、傷の処置を受ける。


 ……このアルマさん……本当に何者なのだろう。料理も作れるし傷の手当てもできるし、さらにとんでもない権力者に見える。挙げ句変人だし……


「食事の用意をするわね」


 傷の手当てが終わって、アルマさんが立ち上がる。


「お手伝いします」


 いつまでもお世話になっている訳にはいかない。なのだけれど……


「いらないわ。私、料理は1人でしたいの。誰にも邪魔されたくないの」本心からの言葉に聞こえる。「あなたは……そうね。そっちの黒猫さんと遊んであげなさい」

「……そんなんで良いんですか?」

「ペット同士、仲良くしなさいってこと」そういえば私と黒猫さんの序列は同じだったな。「どうせなら名前でも決めてあげたら?」

「アルマさんにおまかせしますよ」

「そう? だったら考えておくわ」


 そう言い残して、アルマさんは扉を開けて部屋から出ていった。おそらく厨房とかキッチンとか……料理ができる場所に向かったのだろう。


 というわけで言いつけの通り、黒猫さんと遊んでみる。


 ずいぶんと懐いてくれたようで、背中を撫でても怒らないでくれた。しかし寝転んだまま起き上がったりはしなかったので、走り回る気分ではないようだ。


「……私……元の世界に帰れるのかな……」不安が大きくなってきた。「……師匠に会いたいな……」


 元の世界にいた頃は思ったことなんてなかった。むしろ明日も師匠に会うのかと思うと、面倒な気持ちのほうが大きかった。


 しかし数日でも会えないと不安になってくる。私というのは、なんと面倒な生き物なのだろう。彼氏とか作ったら本当に面倒くさい女になるんだろうな。


 ……5日後の勝負か……


「師匠なら、どうします……?」私は黒猫さんを撫でながら、「勝負なんて勝てる自信、ありません。パフォーマンスの勝負になったら勝ち目はないと思います」


 師匠ならどうするだろう。どうやって切り抜けるだろう。どうやって勝負に勝つのだろう。


 ……記憶を掘り起こしてみる。師匠と交わした会話の中にヒントを探してみる。


 



 いつもの研究室。いつもの服装にいつもの師匠。狭っ苦しくて独特の匂いがする部屋の中。


「もしもキミが絶対に負けられない勝負に挑むとしよう」師匠は白衣をなびかせて、「キミならどう対処する?」

「……負けられないなら、できる限り入念に準備をします。絶対に負けないように努力します」それから私は目をそらして、「あるいは……逃げます」

「誠実な答えだね」どこが誠実なのだろう。「勝負に対して、目の前の現実に対して誠実だ。それはキミの強みであり、弱みでもある」


 弱みでしかないと思うけれど。


 ともあれ私の選択は2つだ。全力で戦うか逃げるか。その二択しか思い浮かばない。


「先生なら……どうするんですか? 絶対に負けられない戦いをすることになったら……」

「キミと同じさ。やるなら全力でやるし、無理なら逃げる。どっちを選ぶにしても迷わないことだね」

「……なるほど……」

「うん。だけれど……私にはもう1つ選択肢がある」

「なんですか……?」

「――」

 

 

 ☆


 

 師匠の言う、もう一つの選択肢。


 当時の私にはよくわからない言葉だった。だけれど……今なら理解できると思う。


「……わかりましたよ……師匠。やってみます」


 この場にいない師匠に向けて発したつもりだったのだけれど……


「あら……変わった名前をつけたのね」


 いつの間にやら、アルマさんが戻ってきていた。

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